<彼女からの手紙>
親愛なる、王太子殿下
この度は、このような情勢の中、手紙を下さり、有難う御座います。
わたしも、あなたのように手紙を使って、結婚の申し出のお返事を書かせて頂きます。
この手紙は、あなたにとって難解な文字でしかないでしょう。あなたの国では、ケペル語は全くといっていい程認識が無く、知識も薄いのですから。しかしそれはわたしの国でも同じこと。現にこの手紙も、何十冊もの本や辞書を使って書いているのですから。
今日でこれを書き始めて3日目になります。
あなたにとって、この手紙は早急に必要なものだというのは分かっています。
それでも、このような文字を使って書かなければならないというのは、あなたにはお分かりになるでしょう。
決して、誰にも知られてはいけないのですから。あなたの手紙の内容も、わたしの手紙の内容も、決して。
あなたの国と、わたしの国との関係が、これほどまでに悪化するとは、夢にも思っていませんでした。きっとそれは、あなたも同じでしょう。
もしあなたがわたしに求婚したという話が誰の耳にでも届いてしまえば、あなたはあなたの国に、激しく弾圧されることでしょう。
ですから、わたしはこの手紙をどうしても人に知られることのないよう、一度国外へ出します。そうして、その国から改めてあなたの国に送ります。きっと頭の良いあなたなら、不可解な文字の手紙の存在を知った途端に、わたしだと分かるでしょうね。
あなたの優秀な部下は、きちんとあなたの国に帰れたでしょうか。彼がわたしの最も信頼する侍女に手紙を預けたのには、驚きました。そして感嘆しました。さすが、あなたの部下だと。
けれどわたしにとって、信頼できるのは全て侍女や女官ばかり。小さい頃から、男性との関わりは家族やあなたたち以外にはあまり無かったものですから。だから、彼女たちに国境をかいくぐってとは言えませんでした、どうしても。これはわたしが慈悲深いのでなく、信頼の厚さの問題なのかもしれませんね。
この手紙によって、誰ひとりとして被害を受けることがないよう、祈っています。
あなたの手紙を読んで、わたしは思わず驚いてしまいました。
なぜならあなたの気持ちが、初めて会ったあのような幼い頃からのものだとは知らなかったのですから。あなたの気持ちは、とても嬉しかったです。
あなたがわたしに対してくださった言葉の全てが、わたしにとっては宝物です。
ほんとうに有難う御座います。
だけれどわたしは、あなたの求婚を受け入れるわけにはいかないのです。
なぜなら、わたしにも、あなたと同じように、焦がれている存在があるからです。
未来では、わたしとその人はきっと、結ばれることはないでしょう。それほどまでに、わたしの恋は叶わないものなのです。
それでもわたしは、例え国のためにどこか遠くへ嫁ぐことになっても、その人のことを想い続けると思うのです。
そしてその気持ちをもったまま、わたしを真剣に想ってくださるあなたとは、あなたとだけは、結ばれてはいけないと思いました。
どうかわたしの我侭を、あなたが聞き入れてくださることを、願っています。
謝ることは、いたしません。
それがあなたにとって、何の意味にもならないと分かっているから。
どうかあなたが王の称号を得たときに、再びわたしたちの国々が良き友人となれるよう、祈っています。
Hより愛を込めて