55話 彼女の役割
考えるよりも早く、わたしは彼らの前へと足を踏み出した。
「これが、証拠です!」
そうしてかざしたのは、タオさんから預かってきた手帳である。
一気にこちらへと視線が集まるのが分かる。
一番感じるのは、信じられないといった様子で目を丸くしているオスカー室長のそれだ。
何か言いたげに口を動かしてはいるが、言葉にはならないほど驚いているようだ。
だけどそれを気にしている暇はない。
「これが証拠です!
この、オスカー・ブラックストーン、いえ、オスカー・クオレトールを育て、何十年も彼の家で働いていた方の日記です!」
そう言って中身を開いてみせる。
そうすると、怪訝な表情でこちらを眺めていたシュタイン家当主がより一層目を細め、少しだけこちらへ近づく。
「お前、何者だ?」
「やめろ、こいつは関係ない!」
問いかけにすかさず室長が声を張り上げる。
しかしそれに構うことなくわたしは答えた。
「わたしは彼の部下です。でも、あなたたちが過去にしてきたことも、今何をしようとしているのかも知っています。」
「・・・ほお、ずいぶん勇敢なお嬢さんだ。
だがね、そんなもの文字ではない。ただの落書きではないか。」
「いいえ、これはアビルタという国の言葉です。」
事実を告げると、シュタイン家当主は僅かに片方の眉を上げた。
その国の文字は分からなくても、国名を聞いたことはあったのか、こちらへ耳を傾ける。
「この国にもアビルタの言葉が分かる人間が百人はいるはずです。
彼らにこれを翻訳させてみれば、あなたたちの罪は必ず暴かれます。」
震える声を抑えるので精一杯だった。
室長のわたしを制止する声が何度も聞こえたが、もう聞こえないふりにも慣れた。
というかそれよりも、目の前から来る見えない圧力に正気を保つことで必死だったのだ。
「・・・小娘、お前はこれが読めたのか?」
「・・・・・・はい。」
「では、本当に全て知ってしまったということか。」
「おい!、」
「はい。」
「では、お前も生かしておくわけにはいかん。」
それは、いくらか予想できることだった。
このタイミングで登場して証拠をかざしても、きっとわたしは何の役にも立たずに殺されるであろう。それは分かっていた。
でも目の前で大切な人が死んでいくのを見ることに耐えられなかったのだから、もうどうしようもない。
ただただ震える身体で何とかその場に立ったまま、わたしの周りにも大勢のシュタイン家の者が集まってくるのを黙って見ていた。
「やめろ!!こいつは関係ないだろう!」
そこで呆然とした表情をしていた室長が、鋭い声をあげた。
それと同時にわたしの前に立ちはだかり、まるでシュタイン当主から守るかのように腕を広げる。その姿に、涙が出そうになった。わたしが彼を守りたかったのに、こうして守られてしまう自分の非力さ、そして少しでも彼にとって自分が大切な存在であると分かったことの喜び。
もう、それだけで幸せだった。
「ふたり揃って、ここで死んでもらう。」
無情にもそんな言葉がふりかかり、それとともに室長は体つきの良いシュタインの男たちに取り押さえられる。
次第に引き離されていく室長を見ながら、
「わたしを先に殺してください。」
と、何とか言葉を紡いだ。
それを聞いたシュタイン家はにやにやとした表情により一層皺を刻み、室長はおおよそ悲鳴のような声で「やめろ!!」と叫び続けた。
シュタイン家当主が男たちに何かを合図したことによって、すぐにわたしも男たちに抑えられ、身動きが取れなくなる。
それを見た室長はいよいよ男たちに殴ってかかり、それでもあれだけ大勢の男たちに適うはずもなく、逆に拳を受けて地面へと張り付かされてしまう。
どうかわたしに、この大切な人が救えますように
その姿を見ながら、わたしは最後の自分の役割を果たすべく、目を瞑った。