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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
7章 彼女は守る
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<彼の事情>

 物心ついた頃から、俺の周りにはたくさんの人間がいた。

 幼いながらにも自分が金持ちの貴族の家に生まれたことは分かっていた。何一つ苦労することもなく育てられ、あまり頼りにならないが人が良くて物事を深く考えられる兄フレッドと、幼馴染で活発なノーラ、そしていつも微笑みを絶やさないニーナとともにいられることが当然のことだと、そのときは思っていた。


 年を取るにつれて、知識が増えていくにつれて、漠然とブラックストーンを継いでいくのは自分だと思っていた。フレッドはどうやら次の当主の座には興味が無いようだったし、父もやりたい方が跡を継げば良いと言っていたからだ。

 当然のように与えられた幸福を、今度は自分が周りの人々、領地に住む人々に与えていける立場になれたら、そんな風に考えていた。


 その過程の中で幼いながらに未来を想像しては、それを実現させたいと、そう思っていた。そしてその想像のなかには、いつか自分の隣に寄り添う人物がニーナであったら良いという願望が生まれていた。そこで初めて、自分が彼女を特別に想っているということに気付いた。


 それでも、ニーナの気持ちが俺へは向いていないということも分かっていた。どうしてか人の感情を読み取る力がいささか強いらしく、そのときばかりはそれを恨みもしたが、彼女が幸せならばそれでも良いと、そうも思っていた。

 とにかく自分は、周りを幸せにするために勉強をすれば良いのだ、と、そう思っていたのに―――



 『良いのですか、フレッド様ではなく、オスカー様に跡を継がせるだなんて・・・』

 『構わん。あれはどちらもわしの息子だ。』

 『しかし、オスカー様はあなたの子どもでは・・・』

 『黙れ!それ以上言えば、おまえでも許さんぞ!』



 父にしては荒い声が、自分の耳には嫌に残った。

 相手はおそらく父の執事であろう彼の言葉は、より一層強く頭に残ってはがれなくなってしまった。


 そこでようやく、馬鹿な自分のもっていて当たり前だと思っていた幸福は、全て造られたものだと知った。


 一気にやる気をなくしてしまった俺を見て、おおよそたくさんの人はどうやら心配しているらしかった。子どもではなかったが、大人でもなかった自分はその人たちとどうやって距離を取っていいのかも分からずに、特に父や母、フレッドに対してもどこかよそよそしく振舞うことしか出来なかった。


 そんなとき、ニーナとフレッドの結婚が決まった。

 自然と祝福することは出来た。というよりも、フレッドへの嫉妬やニーナへの恋心なんてものはとうの昔にどうでも良いものとなっていたのかもしれない。自分がこの家にいるべきなのか、そしてこの家を継ぐべき人間ではないと分かった以上これからどうしていけば良いのかについてしか考えられなくなっていたから。

 そんな状態の俺に、どうやら父や母、聡いノーラは俺がニーナとフレッドの結婚で落ち込んでいたのだと思ったらしい、彼らにとっては最善の案だと思ったのであろう、ニーナの代わりにノーラを、と、婚約者をあてがった。


 父や母の俺への愛情は、フレッドへのそれと大差ないことは分かっていた。養子だから本当の息子だからといって区別するような人たちじゃない。だからこのまま努力すればきっと父は俺を跡継ぎだと認めてくれるだろう。そうして俺の未来にはこの地を守る領主として、大切な人々に囲まれるなんていうこれ以上ないほどの幸せがあるのだ。


 でも、それを受け入れる資格が、自分にはあるのだろうか。

 この家の跡継ぎではないとしたら自分につかめる未来が、他にもあるのではないだろうか。



 このときの俺は、絶望というよりもむしろ真逆の、かすかな希望さえも感じていたのだ。



 しかしこれからの話を父にすれば、どうやら俺が養子だという事実からこの家に留まることを躊躇っていると思っているらしかった。どれだけ将来の希望を事細かに語ってみても、一向に首を縦に振ってはもらえない。

 だから、あえて酷いことを告げた。たくさんの幸せを与えてくれたこの家に、これからもたくさん幸せが降り注ぐように、と心の中では強く思いながら。



 『俺があなたたちの本当の子どもではないと分かっている。そうと分かっているのにこんなところにいつまでも留まっていられない。いい加減、うんざりしている』



 父と母の目を、見られなかった。

 どれだけ酷いことを言っているかは自分がよく分かっていた。

 ようやく言葉を紡いだあと、まず初めに受けたのは頬への強い衝撃だった。


 殴られたのだと、分かった。

 父が拳を振り上げ、そして自分の身体が僅かによろめく。それを見て母が少しだけ悲鳴をあげた。そしてそのまま泣き崩れる。

 父は何も言わなかった。ただ苦しげに、悲しげに顔を歪め、そして俺が家から出ていくのをただただ見ていた。


 家を出てからも気丈に振舞っていた自分は、遠く離れた都市まで来て、ようやく崩れ落ちた。みるみる内に溢れる涙と、ひたすらに痛みを残す頬、そしてずっと握り締めていた手のひらから零れる血、そのどれもが何てことはなかった。今すぐ心臓を取り出してどこかへ埋めてしまいたいくらいに、そこが悲鳴をあげていた。











 それから、ブッラクストーンへは一度も帰っていない。

 幸い知識と人を見極める能力だけはあったために、王宮での仕事を得られることが出来た。もしかしたらブラックストーンという名前が少しは力になったのかもしれない。そこでまた心臓に亀裂が走る。

 それでも。自分にはもうあそこに帰る資格なんてない。

 ここで自分を試し、自分のために生きていくしかないのだ。


 王宮に来たばかりの頃は、そんなことばかり考えていた。

 それでも時が経てば、能力が認められて統括室室長という役職を与えられるに至ったし、マーティンや統括室のメンバーに助けられ、支えられ、それなりに楽しいと思える毎日を送っていた。最近ではまたひとり生意気な部下が出来て、ますますこれからの王宮での仕事に魅力を感じていた、そんなときだった。


 ノーラからブラックストーン家の異変を聞かされたのは。


 幼い頃からブラックストーン家とシュタイン家のことは聞かされなくても分かっていた。どちらも上流貴族で、すぐ隣の領地をもつもの同士、最初は仲良くしてはいたものの、最近になって成り上がったシュタイン家の信頼は薄く、シュタイン領の人々がブラックストーン領へと移住してくることは珍しいことではなかった。そのためにシュタイン家がブラックストーン家を目の敵にしているということだ。


 今回、父や兄に変化があったのならば、それはきっとシュタイン家の仕業であろうと、ぼんやりそう思った。そういえば最近になってブラックストーンが遠方の財力ある貴族と手を結んだと聞いたが、おそらくシュタインはその貴族に目をつけていたのにも関わらずあっさりと取られてしまったことに嫉妬でもしたのだろう。

 もしかしたら、体調不良や事故に見せかけて本格的にブラックストーンに危害を加えるつもりなのかもしれない。

 その可能性に、ひどく胸が痛み、頭を殴られたような衝撃にめまいを覚えた。

 あの家に帰るつもりはなかった。あの家族に再び会うことは許されないと分かっていた。それでも、彼らを救うために自分に出来ることがあるのならばと、連休を良いことにブラックストーンへと戻る決意をした。



 ブラックストーン家に戻ると、大半の使用人は物珍しい視線を寄越した。父とフレッドはどうやら表に出られるような状態ではないという。それを聞いてひどく怒りを覚えたがそれを抑えつつ、最近のこの家で起きたことを使用人たちに聞き、そしてシュタイン家についての情報も知っている限り吐かせる。ブラックストーン領に移住してきた元シュタイン領の住民たちや、今もシュタイン領に住む人々にも話を聞いた。


 そこで得られた情報は、はっきり言えばとても役に立つものばかりだった。

 そして、出来れば、絶対に知りたくなかった事実だった。


 まずブラックストーンへ危害を加えているのは、シュタイン家で間違いないということだった。しかしシュタイン自らが手を下しているのではなく、あくまで雇った悪人たちを使っているということだ。


 それから、もうひとつ。

 ブラックストーンと昔良好な関係にあった、中流貴族の家、クオレトール家がシュタイン家によって火をつけられ、ほとんどの人間がそれによって亡くなってしまったという事実。

 それが起こったのは、俺が生まれたほんの2ヵ月後のことだった。

 当時クオレトールでは男の跡継ぎが生まれたばかりで、ブラックストーンと手を結ぶことは確実とされていたのだという。




 そこで俺は、確信した。

 自分の本当の生家はクオレトール、そして本当の家族や家を奪ったのは他でもない、シュタイン家なのだと。




 「・・・オスカー・・・?」


 その可能性に辿りついたのは、ブラックストーン家の書斎の中であった。いくつもの本や町の人から得た情報をメモした紙の束、それを見て激しい憎悪の表情を浮かべる俺に、心配そうに声をかけてきたのはノーラだった。


 「・・・あの、どうしたの?いきなり帰ってきて、あなた、ひどい顔してるわよ、一体何を・・・」

 「誰にも言うな。俺が何をしようと、決して誰にも。」


 そう、誰にも知られてはいけない。誰にも危害が及ぶことはあってはならないのだ。

 もうその時点で、自分がシュタイン家をどうにかして滅ぼせないかという、激しい感情が生まれていた。

 このブラックストーンを、そして本当の家族であるクオレトールを傷つけたやつらを、どうにかして。

 そして、守りたい。今度は大切な家族を、この手で。


 ひどく汚れた覚悟と決意を感じ取ったのか、ノーラは何も言わずに出ていった。

 ひとり目を瞑り、考える。


 もう、遠く離れた王宮にいる、二度と会えないかもしれない人々のことを。




 たくさんの人が頭の中を巡り、そして一番最後に浮かんだのは、なんということか、あの生意気な部下だった。



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