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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
7章 彼女は守る
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50話 彼女と心配

この章に限り、人の命を軽んじたり、少しばかり残酷な表現が出てくる可能性があります。

苦手な方はご注意ください。

 もしかしたら、もうここには帰ってこないかもしれない



 頭の中でたった今言われた言葉を繰り返す。一瞬で理解できるはずの言葉は、まるで初めて聞く言語のように全く難しいもののように思えた。


 「・・・今、なんて・・・」


 ついには聞き返してしまう。どこかで彼に言い間違いは無かったのか、自分の耳がおかしくなってしまったのではないかと、彼の次の言葉に期待を抱きながら。

 すると、統括室の真ん中に立ち尽くしたままだったわたしに目配せをして、「まだ始業時間まで少しあるから」と、ソファへと座るように言った。


 「オスカーは今、彼の実家に帰省してるんだ。」


 先ほどとは違う言葉を言われ、再び混乱する。

 いやしかし、実家に帰るのがそれほど大問題とも思えないし、なぜそれで二度と帰らないかもしれないなんて予想が立てられるのかも分からない。続きを視線で促すと、マーティンさんは迷っているような表情そのままに口を開いた。


 「あいつは家族、とくに父親とあまりうまくいっているようではなくて・・・」


 と、そこで言いよどんだ彼はしばし沈黙した。

 おそらくオスカー室長の個人的な事情をわたしに話すべきかどうか迷っているように見える。単純に、知りたいと思う。しかしわたしが知るべきことかと言われると、室長にとったらそれはイエスではないとも思う。だからこそマーティンさんの決断を待った。

 しばらく口を閉ざしていたマーティンさんは、表情を引き締めてこちらへ向き直った。ああ、決めたのだと、そう感じた。



 「オスカーはね、養子なんだ。」


 これはあいつの問題だから、決して口外はしないでくれるかい、と付け加えて彼は短く言った。

 驚きはするが、それは特別珍しいことでもないように思えた。養子になって良い扱いをされなかったという話も聞くには聞くが、少なくとも王宮である程度の地位をもっている彼が家で虐げられているとは思えなかった。

 そんなことを考えながらどう反応するべきかを探っていると、特にそれを待たないままマーティンさんは言葉を続けた。


 「あいつはブラックストーンの家を継ぐつもりだったけど、自分が養子だと分かって身を引いたんだ。多分、その辺りの事情から両親との確執が生まれたんだと思う。」


 わたしには知ることの出来ない事情だった。

 いくらこんなことがあった、あんなことがあった、と聞かされても、そのときオスカー室長がどんなことを思って、どんな哀しみや苦しみを持っていたのかまでを知ることは出来ない。そう思った途端にもどかしい気持ちが襲う。


 「・・・では、なぜ今回帰省することにしたんでしょうか。」

 「それについては俺も驚いたよ。今まで頑なに家のことは話さなかったし。・・・でも酔っ払った勢いで俺に話したことは覚えているようだったから、今回話してくれたんだけれどね。」


 オスカーの家族が、危ないかもしれないと、そう言ったんだ


 その言葉が指すものを、わたしは知ることが出来ない。

 それでも、彼が頑なに話そうとせず頑なに帰ろうとしなかったその家、家族の元へ向かったということは、そこにあるのは並大抵の問題ではないのだろうと、それだけはぼんやりと理解できた。


 「あいつは何か覚悟をしたような表情でそう言ったから、俺も心配になってね。・・・でもそれを見透かしたように、『心配するな』と言われたよ。そして、『他のやつのことを頼む』ともね。」

 「・・・わたしたちは、関わらなくて良いと、そういうことですか。」

 「オスカーはそう思っているだろうね。全く、何でもひとりで背負うやつだから。」


 向かいのソファで僅かに微笑んだマーティンさんは、いつも通りに見える。それでも、やはりいつもよりも硬い表情と、いつもよりも重い声に、この人もどうしようもなく彼のことを心配しているのだと感じる。


 「とにかく、オスカーから連絡が来るまでは、心配することしか出来ないんだ。・・・ああ、やっぱりアリシアちゃんには話さないほうが良かったかもしれないね。ごめんね、あまり気にしないようにして、仕事へ行ってくれるかい?」


 そう言われてから、どれだけ自分が衝撃を受けているのかに気付いた。

 先ほどから身動きひとつ出来ないくらいに。


 何とか立ち上がり、一礼をして統括室を出て行く。しばらくその扉に寄りかかったまま、身動き出来ずにいた。

 室長のことを何にも分かっていなかったことは仕方がないと思う。知ろうとしていなかったのも事実、きっと知ってほしくなかっただろうということもおそらく本当だ。しかしながら、彼がおそらく負の感情を抱いている今このときに、何の力にもなれずただ衝撃を受けているだけの自分がいやになる。

 彼にとってたいした存在でもないくせにそんなことを考えても仕方はないのに、それでも彼の助けになりたかった。



 今、あの人は、 どんな思いでいるのだろうか




 考えても考えても、わたしに分かるはずが無かった。

 扉に寄りかかっていた背中をそこから引き剥がし、重い足を引きずって書庫へ向かおうとした、そのとき、

 遠くから、おそらく事務職の男性が手に何か紙のようなものを持ったまま駆けてきて、物凄い勢いでわたしの横をすり抜け、統括室へと飛び込んだ。

 何事かと視線をそこへやれば、扉越しにも彼の大きな声が聞こえてきた。



 「オスカー・ブラックストーン室長から、無期限休暇の申請がなされました!!」



 その声に、もうここへは戻ってこないかもしれない、というマーティンさんの言葉が再び頭の中で鳴り響き始めた。


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