<彼女と彼の結末>
オスカーの婚約者がわたしだと告げられたときは、本当に嬉しかった。
そこに彼の気持ちがついてきていないことは分かっていても、いつかわたしの方を向いてくれればそれで良いと、そう思っていた。
幼い頃から一緒に育ってきたわたしとニーナとオスカーと、そしてオスカーの兄、フレッドは、まるで兄弟のように互いのことを大切に思ってきた。でもそれも思春期を迎えてしまえばその中で恋が生まれてしまうことは普通のことだ。
昔からニーナとフレッドは似たもの同士、そしてわたしとオスカーは似たもの同士ね、と母や父に言われてきたものだ。ニーナとフレッドはふわふわしていてまったりしている性格で、常に穏やかな遊びを好んでいたし、考えることや言うこともそっくりだった。わたしとオスカーは食べるものや読みたい本も同じだったし、その時遊びたいことも同じだった。だからかもしれない。
ふたり揃って、報われない恋をしてしまったのは。
わたしは、はっきりとしていて、人の良いところをすぐに見つけてしまうオスカーのことを好きになった。でもオスカーは、わたしではなくてそっくりの外見をもつニーナのことを好きになった。
それでもニーナもフレッドも、わたしとオスカーの中に生まれた気持ちの変化には気付かない。ふたりの似たもの同士なところは、鈍さという面も含んでいたようだった。
「オスカー、ニーナのこと、好きでしょう。」
思春期を迎えて、わたしはふとそんなことを聞いてみた。
そのときの彼の様子は、今までのような冷静なものではなかった。
どうしてそんなに慌てているの。どうしてそんなに顔を赤くするの。どうして顔を逸らしてしまうの。
それではまるで、わたしの問いかけに全身で肯定しているようなものだった。
分かってはいた彼の気持ちは、わたしにより一層の絶望と痛みを与えた。
それでも、変化はあった。
ニーナとフレッドがお互い惹かれ合って、結婚を決意したということだった。
おそらく随分前からその兆候があって、わたしよりも人の感情の機微に聡いオスカーはそれに気付いていたのだと思う。だからこそ、彼はニーナにもフレッドにも、そしてわたしにも口を割ることがなかったのだ。
「おめでとう。幸せになってくれ。」
ふたりにそんな風に告げるオスカーのことは、見ていられなかった。
いや、違う。
ニーナが他の誰かの元へ嫁いていく姿に胸を痛める彼の姿を、わたしが見たくなかったのだ。
でも、わたしは決めた。
彼を必ず幸せにしてみせると。想いの長さはわたしのそれだって同じである。報われることのなかった期間さえも。だからこそ、彼がどれだけ苦しい想いをもっていたかが分かるわたしこそ、その分愛を捧げて彼を幸せにするのだ。
それなのに。
彼は遠くへ行くことを選んだ。この町からは遠く離れた、王宮へ。
わたしがいるのに。わたしがいつでも彼を支えていけるのに、彼はニーナとフレッドから遠ざかるように、そして婚約者に選ばれたわたしを遠ざけるように、わたしたちの元から去ってしまった。
「あなたのこと、諦められないわ、わたし。」
これで彼に届かないのならば、最後にしようとそう思った。
王宮から逃げ出したあと、走って彼が追いかけてきてくれたとき、頭に浮かんだ僅かな可能性に縋りたかった。
夜の広場にいるのはわたしと彼だけ。
ここで想いの丈を全て伝えてしまいたかった。
「ずっと、ずーっと好きだったのよ、あなたも分かっているでしょう。」
オスカーがニーナを好きだと言うから、ほんの少しでもわたしを見てもらえるように、彼女の真似をしたりしたこと。彼女よりも彼に近づくために、いつでも傍にいたこと。
お願いだから、無かったことにしないで。
「お前の気持ちは、分かった。」
ああ、
「それでも、お前の気持ちには応えられない。」
どこかで覚悟していた言葉に、やっぱり、とそう思う。
悔しくて、苦しくて、どうして伝わらないのかと腹が立って、でもどこかで、納得している自分がいる。
「・・・まだ、ニーナのことが好きだから・・・?」
そうだと言われても、違うと言われても、きっと同じことだ。
でも聞かずにはいられなかった。ずっと胸につかえたままの疑問だったから。
「それは違う。確かにあいつは特別な存在だったが、今は一人の友人として、いや、大切な家族として思ってる。お前と一緒だ。」
そうか。わたしは、彼とこんなにも近い距離にいたのだ。
彼とともに行動していたことも、同じことをしていたのも、わたしと彼が恋人になるためのものではなかった。いつの間にか、家族として何も疑うことのないくらいの絆を作ってしまっていたのだ。
だから、納得できた。わたしは彼に振られたけれど、振られたのではない。彼にとってわたしは、家族というかけがえのない存在となれたのだから。
「・・・そう。
でも、それなら、どうして家に帰ってこないの?」
それが一番の疑問だった。
ニーナがいるから、フレッドがいるから、そしてわたしがいるから彼は家に帰ってこないのではないかと、ずっとそう思っていた。
「俺が家に帰らないのはお前の所為でも兄の嫁の所為でもない。俺自身の問題だ。」
「・・・それを一緒に抱えてあげられるのは、わたしではないのね・・・?」
そう告げながら、どう考えても彼にとって家族の枠に収まっていないだろう一人の顔を思い浮かべる。
「・・・ああ。」
わたしが適わなかったこの男に、誰も支えてあげられないこの男が抱える痛みに、どうかあなただけは力になってほしい。そんな思いを抱えて、わたしはついに、重い重い気持ちを捨てて、穏やかに笑った。




