48話 彼女と彼女の本気
ようやく涙がおさまりつつあるところで、諦めないと再び誓ったわたしを見て、マーティンさんは「さてと」と、腰を上げた。
「どこか行くんですか?」
「うん、少しオスカーとノーラさんが心配だからね。警備の人に伝えるくらいはしておこうかと。」
そうだ。自分のことばかりでいっぱいいっぱいになっていたが、そもそもオスカー室長がノーラさんを追いかけていったのは通り魔がいるかもしれないという話からだった。もしかしたらその通り、ふたりに危険が迫っているかもしれないのだ。
「それなら、わたしが警備の人に伝えてきます!」
「アリシアちゃんが?」
「ええ、警備の人に事情を話して、ふたりを探してきます。だからマーティンさんは、万が一のときのために、警備や軍の方の力添えが必要だと、上の方にお伝え頂ければ。」
急に元気になったわたしに驚いたような顔を見せたマーティンさんは、普段通りの穏やかな表情を見せて、「わかった。でも気をつけるように」と言い、ともに統括室を出たのち、別々の方向へと別れた。
向かった先は、門番にいた警備の人たちの元だった。彼らならばふたりがどの方向へ向かったのか覚えているだろうと思ったし、警備室へ訪れるよりもそのほうが早かったからだ。
幸運なことに、この時間帯の警備はローランドさんだった。
これ幸いと彼に事情を話したところ、
「ああ、そういえば泣きながら歩いていく女性と、そのあとにものすごい剣幕で走っていくオスカー室長を見た。」
と、ふたりのことを覚えているようだった。ならばと、すぐにでもふたりの元へ駆けつけようと声をかけようとすると、
「しかしメラーズ殿、通り魔の心配は無い。」
と、背の高い彼が張りのある声ではっきりと告げた。
一体どういうことかと首をかしげてみれば、再び彼は口を開いた。
「今日の夕方のことだが、非番だった軍の者が街で通り魔を捕まえたという話を警備室で聞いた。まだ取調べ中だが、噂の通り魔で間違いないということだ。つい先ほどのことで王宮内各所には伝わっていないだろうが、確かな話だ。」
だから安心しろ、という声に、一気に肩の力が抜けるのが分かった。
しかし、少なくとも通り魔に襲われる危険は無いと分かったのは良かったが、わたしとマーティンさんが話していたのは決して短い時間ではなかったのに、室長とノーラさんが帰ってこないということが気にかかる。それを告げると、
「もしかしたら、別のトラブルに巻き込まれている可能性もある。」
そう少し声を硬くしたローランドさんは、ともに門番をしていたもう一人の警備に軽く声をかけ、「少し見回って来る」と言った。
「わたしも連れていってください!」
と言うと、そう言うのが分かっていたかのように戸惑うことも拒むこともなく、彼は小さく頷いてくれた。
走ることはせず、それでも急ぎ足でふたりが去っていった方向へと歩みを進める。背の高いローランドさんならばもっと早く進めるであろうに、わたしの速さに合わせて歩いてくれているのがとても有難い。だからこそ少しでも早く、と足を動かす。
そろそろ息が上がってきて、わき腹に痛みを感じる頃、ようやく見覚えのあるふたりの姿を視界に入れることが出来た。ローランドさんを見上げると、彼も認識して頷いた。
ふたりは王宮から少し離れたところにある広場にいた。さまざまな模様がタイルで作られたその広場には大きな噴水もあり、よく人々の待ち合わせ場所とされているが、日の暮れた今はどうやら他の人はいないらしく、ふたりの姿しか見られない。
早く近づいて、通り魔が捕まった事実、夜が深いことから、今日は停戦にして帰りましょうと伝えてしまおうと、足を踏み出す。
しかし、ふたりの間に流れるただならぬ空気に、思わず広場を囲む茂みに身を潜めた。
一瞬だけ不思議そうにこちらを見ていたローランドさんも、何かを悟ってくれたのか一緒になって少し窮屈そうに身を屈めてくれた。
こうやって覗き見をすることは決して褒められた行動ではないと分かっていた。
でも、今彼らの間を割っていくことは出来なかったし、このまま帰ることも出来そうになかった。ああ、それでもやっぱりこんなことは良くないと思って顔をあげようとした。そのとき、
「好きなのよ、あなたのことが。」
夜のしんとした空気に、彼女の声はとても美しく響く。
決して近い距離ではないのに、どうしても聞こえてしまう言葉。
その言葉の力強さに、分かってしまうのだ。
きっと彼女は、最大の、そして最後の覚悟をもって告白しているのだと。




