47話 彼女と彼女の弱さ
「・・・苦しい?」
ふいに隣から投げかけられた優しい問いに顔を向けると、どこか心配そうにマーティンさんがこちらを見ていた。
ノーラさんが出ていったすぐあとに室長も出ていき、統括室にはわたしとマーティンさんしか残っていなかった。
きっと彼にはお見通しなのだろうから、話してしまっても構わないだろうと、口を開く。
「マーティンさんは全て分かっているのですね。」
自分がいやになって、涙すら流そうとしていることにも腹が立って、何とか食い止めようと思うけれど、なかなか上手くいかずに目の縁にどんどん涙がたまっていく。
「・・・嫉妬です。あの人が、ノーラさんが羨ましいって、そう思ってました。」
「でもそれは、当然のことだと思うけど?」
どこまでも優しいその声に、とうとう涙がこぼれてしまった。
マーティンさんはそれを見て見ぬフリをして、視線を遠くへやった。その心遣いがとても嬉しくて、すぐに涙を拭う。
「・・・それだけじゃないんです。」
「というと?」
「・・・嬉しい、って」
「うん?」
「嬉しい、って思いました。ノーラさんが室長にきっぱりと断られるのを聞いて、嬉しいと感じたんです。汚くて、醜い感情です。」
自分には再び室長に想いを告げる勇気も無いくせに、何度も何度もぶつかるノーラさんを見てかってに羨ましいと思い、そして断られる様子を見て、かってに喜ぶ、浅ましい自分。
マーティンさんもこんな汚い考えをもったわたしに引いてしまったのだろう、そのまま口を開かずにいる。
それにも関わらず甘えたことを口走るわたしの言葉は、止まらない。
「恋なんてしなければよかったと、そう思いました。」
そう言うと、視線を逸らしていたマーティンさんは、ゆっくりとこちらへ向き直った。そこには先ほどまでの優しい視線は無かった。
「そう思うことはおかしいことじゃないよ。
誰にでもある感情で、そんなに辛い想いをしなければならないほど、君がオスカーを好きになったって、ただそれだけのことだろう?」
誰もがこんな感情をもっているというならば、どうやったら無くなるのかも誰かが教えてほしい。それにこんな感情を抱くほど強い想いを持っていたとしても、彼が、オスカー室長がこちらを振り向いてくれる可能性なんて、
「諦めないでほしい。」
強い、言葉だった。
まるで「やめてしまいたい」と言ってしまいそうなわたしの心を見透かしたかのように、マーティンさんは強い眼差しを向けた。
「あいつには言葉足らずなところもあるし、気持ちが伝わりにくいところもある。
アリシアちゃんが辛い想いをしているのも分かってる。でも、君は辛いからって諦めてしまうような弱い人間だったのかい?」
それは、マーティンさんから聞く、初めての厳しい問いかけだった。
そうだ。わたしは諦めないと確かに誓った。伝わらなくても、報われなくても、室長を好きになった気持ちを大切にしたいと思った。彼にわかってもらうこともしないで、かってに落ち込んで嫌になってしまっていた。
「どうか、諦めないで。」
汚い感情を無くす方法なんて無い。うまく付き合っていくしかない。それ以上に自分を強く持つしかない。
諦めなければ、いつか、そんな期待をもっていくしかない。それがどんなに小さなものだとしても。大切にすると決めたから。
小さく頷く。
言葉で表さなくても伝わるように、もう二度と、諦めたりしないと。