44話 彼女と彼の熱
あなたが好きです
両手を握られながら、近い距離でまっすぐ目を合わせながら言われたその言葉。
今、この場所にわたしと彼以外はいない。告白は間違いなく自分に向けられているのだと嫌でも分かる。
こんな風に誰かに面と向かって好意を寄せられるのは初めてだった。
抱きしめられて、手を握られて、じりじりと焦げ付きそうな視線を向けられることは。
しばらく視線を外すことが出来ずに、何度もジャスパーさんの言葉を頭の中で反芻してみる。ようやく理解して、頭や顔に熱がのぼっていくのが分かった頃、慌てて彼の手を振り解いた。
少しだけ悲しそうな表情を見せた彼は、それでも距離を広げることなく、すぐに意志の強い瞳を再びこちらへ向けた。
「アリシアさん、」
「わたしには、」
あえて彼の言葉を遮ると、息を吐き出すように言葉を紡いだ。
「他に好きな人がいます。」
彼の目は見れなかった。
逃がさないようにと向けられた強い視線にも抗い、どうにか少しでも気まずさや申し訳なさを感じないようになんていう自分を守るための感情のままに、俯いたまま告げた。
ほんの少しだけ彼が身動ぎするのが分かった。思わず顔をあげると、先ほどよりも僅かに離れたところで、ジャスパーさんは穏やかに微笑んでいた。
「・・・分かっています。」
それから微笑みを少し崩して、一瞬だけ視線を下げた。
「あなたが誰かに恋をしていて、戸惑ったり、嫉妬をしたりしていることを。」
それは、まるで小さな子どもに絵本を読んで聞かせるような優しい声。
再び穏やかな表情を見せる彼から、どうしたって視線を外すことが出来ない。
「僕もあなたに恋をして、同じように感じてきたものですから。あなたを見ていれば分かります。」
そう言われて、頭がカッとなるのが分かった。
オスカー室長を想って胸が苦しくなったり、ノーラさんを見て嫌な感情を抱いたり。室長のことが好きだからこそ生まれる感情の変化や戸惑いを、彼はわたしに対して感じていたということだ。
恥ずかしくて、もどかしくて、そして少しだけ嬉しいと、素直にそう思う。
だけど、それでも。
あなたに対して抱く感情は、室長へのそれとはどうしたって違う
そう告げようとするよりも早く、彼が口を開く。
「待ってください、二度振られるのはさすがに少し応えます。
あなたに今告白しても、振り向いてもらえないことは承知の上です。」
「それ、なら・・・」
「それでも伝えずにはいられませんでした。他の誰かを想っているあなたを見ているのは、正直とても辛いのですから。」
ズキン、と胸が痛む。
わたしにもその気持ちが強く分かるから。
「あなたの想い人が、あなたに振り向いてくれる可能性はあるのですか。」
穏やかだった声色に、厳しさと重さが含まれた。
その問いかけに、先ほどとはまた違った痛みが走る。
まるで触れてほしくない傷に目を付けられて抉られるような。
「そしてあなたにその人を想い続ける覚悟も。」
「・・・・・・それは、」
「僕にはあります。あなたを想い続ける覚悟が。
今はその人のことを想っていても構いません。これから僕のことを好きになってくれれば、それで。」
だから、せめて胸に留めておいてください
僕はあなたのことを、強く想っているということを
いつの間にか、穏やかだった声も表情も、堅く真剣なものに変わっていた。
彼の決意にただただ圧されるばかりで言葉を紡ぐことも何か行動を起こすこともしない内に、ついには彼が「少し長居してしまいました。・・・また来ます」と書庫を出ていくまで、肩の力を抜くことさえ出来なかった。
彼が出ていってしばらくしてから、ふと息を吐いたと同時に、また扉が開く音が聞こえ、思わず身体を揺らした。
何か言い忘れがあったのだろうか、その人物がジャスパーさんだと思い、どんな顔で再び顔を合わせれば良いのだろうかと考える時間も与えられないままに、けれどその可能性や心配は無くなった。
すぐさまカツ、カツという、男性の靴からはとても発せられない音が聞こえたからだ。
思わず振り向いてその人物を視界に入れると、ジャスパーさんに対して抱く必要の無くなった心配を、今度は違う意味で抱かなければならないと覚悟した。
「ごめんなさいね、立ち聞きするつもりではなかったの。」
とても好意的に接することが出来るような相手では無い人が、そこにはいたからである。