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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
6章 彼女は想う
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43話 彼女と彼の焦り




 「そんなもの、親同士が勝手に言っていることだ。」

 「だからって無視するっていうの?」

 「その通りだ。俺には関係ない。」


 そう言って自分の椅子に腰を下ろしたオスカー室長は、その言葉通り本当にどうでも良さそうな表情を浮かべている。その様子を見て少しだけその綺麗な顔に哀しみを浮かべたノーラさんは、それでも引くことなく室長に食いついている。

 どうやら長くなりそうだと思い、隣に立つマーティンさんに挨拶を済ませて、第三書庫へ向かう旨を伝え、人事統括室を後にする。

 扉に手をかける前に一度だけ彼の方を向けば、思い込みかもしれないけれど、ほんの僅かだけ視線がかち合ったような気がして、けれど口を開くことも出来ずにすぐに顔を背けてしまった。そのまま彼から声がかけられることもなかったので、振り返ることをせずに部屋を出た。

 会話を出来なかったことは残念と思うべきなのかもしれないが、この状況ではそれすらも有難いと思わざるを得なかった。やはりいつも通りということを心がけていても、あんな告白をしてしまった後の会話なんて、気まずいことこの上ない。


 それでもやっぱり、気になる。オスカーさんの横に立つにふさわしい、ノーラさんという女性のことが。


 「・・・あんな風になれたらなあ・・・。」


 思わず口から零れてしまった声は、誰もいない書庫にぽつりと響いた。

 正直な言葉だったけれど、だからこそ悲しくなった。今朝のことを反芻しては、ため息が出てしまうことにも気付いていた。

 嫉妬。羨望。そんな感情がずっと胸の中をうろうろしている。楽になりたくて、自分が彼女に対抗出来るところは無いかと探ってみたけれど、どうしても見つけられなくて、そしてそんな自分にも嫌気が差してしまう。

 恋をするっていうことは、ドキドキするとか、キラキラするとか、そんな綺麗なことばかりじゃないのだと、寧ろ自分の汚い部分やドロドロした感情を否応なしに思い知らされるものなのだと、初めて知った。


 そんなことを考えながら幾度目かのため息をついたとき、軽くノックの音がした後、ジャスパーさんが第三書庫に姿を現した。


 「何か悩み事でも?」


 丁度休憩中なのだろう、仕事の話をする様子の無い彼は、わたしが作業をしている机の端にある椅子に腰掛けた。

 相談に乗ってくれるのだろうか、何処と無く心配そうな表情を浮かべるジャスパーさんに、何処まで話すか、そもそもこんなプライベートなことを話すべきなのかも迷いつつも、それでも口を開く。


 「・・・人をうらやましいって思ったり、嫉妬することって、ありますか?」


 なんだか変なことを質問してしまったかもしれない。わたしの問いかけに、ジャスパーさんは少しだけ驚いたような顔をして、それでもすぐに真剣な眼差しを浮かべた。それはまるで、質問の真意を見極めようとしているみたいで、持っていた本に視線を移すことで、彼の目を避けた。


 「・・・そうですね、僕はしょっちゅうありますよ。」

 「そんな時、どうやって自分を納得させたら良いですか?」

 「僕は、納得させたら駄目だと、そう思ってます。その誰かを超えるためにどう努力するかを考えます。」


 そう言ったジャスパーさんの目は、優しくて、穏やかだったけれど、でも鋭い何かを感じて、それから逸らすことが出来ない。


 「・・・嫉妬、してるんですか?」

 「え・・・?」

 「そんな風に聞いてくるってことは、そうなのかと。」

 「・・・・・・。」


 益々険しくなっているような彼の表情に驚く。そのまま応えずに沈黙を続けていると、彼が痺れを切らしたように席を立った。いつも穏やかなジャスパーさんが、少し焦ったように動くのを感じて、今日の彼はなんだかいつもとは違うと、そう思った。


 そのとき、一気に視界が真っ暗になった。


 背中に感じる腕と、目の前にある服、そしてすぐ傍にあるジャスパーさんの顔で、今わたしは彼に抱きしめられているのだと理解する。

 それでもどうしてそんな状況になっているのかは分からず、声を出すことも体を動かすことも叶わない。


 「・・・誰のせいで、嫉妬しているんですか・・・?」


 ただ耳元に落とされる呟きに全神経が集中する。

 次第に強くなっていく腕の力と反して、その声は弱々しくて、表情が見えない分、余計に彼の持つ感情が切なさと辛さを交えているみたいだと感じられる。


 「・・・僕が入る隙は、もうありませんか?」


 ひとつひとつの言葉を、ゆっくりと頭に入れていく。

 ようやく彼の行動の理由に対する一つの可能性を浮かべたと同時に、暗かった視界が開け、体が自由を取り戻した。それでも彼の両手はわたしのそれを握っていて、彼との距離も依然として近いまま。どんどん一つの答えに近づいていくこの状態に、いよいよわたしの心臓はうるさく鳴り始めた。

 そして、次の瞬間、




 「あなたが好きです、アリシアさん。」




 そんな言葉が、聞こえた。



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