40話 彼女と手のひら
「と、いうことで、本当に申し訳ありませんでした。」
お見合いの内容と結果を話し終わって、深く頭を下げた。しばらくして頭を上げたその目の前にいる人は、ステラ王女殿下である。どんな表情をしているだろうと窺えば、怒っているでもなく、悲しんでいるでもなく、とても穏やかな様子である。
「そう。」
「あの・・・、怒っていないんですか?」
尋ねると、ステラさまは微笑みすら浮かべて、
「だってあなた、もっと魅力的になったもの。」
そう答えてみせた。
魅力的と、確かに彼女は言ったけれど、自分では何がどうそうなったのか全く分からない。そのためにしばらく沈黙していると、ステラさまは少し寂しそうに目を伏せた後、
「恋を、しているのね?」
と、そう言った。
どうしてそれを、と、そう尋ねたかったけれど、何だか恥ずかしさを感じてしまって、だけれどそれは事実だからと、素直に首を縦に振った。
それを見届けた彼女はまた、「そう」と頷いてから、「本当にお疲れ様。今日はもういいから、ゆっくり休んで。」と、部屋を出るのを見送ってくれた。
そうして報告を終えたところで、ようやく疲れがどっと出てきた。いろいろなことが初めての体験だったのだから当たり前かもしれないけれど、一番自分自身にとって衝撃だったのは、やはり室長への恋心に気付いてしまったことのように思う。本人を目の前にしただけで、あんなに胸が高鳴ったり、身体が動かなくなったり、頭が熱くなったらいするものだとは、今まで知らなかった。だけど不思議と、それを苦しいと感じない。こういうものが恋なのだと分かったことが、単純に嬉しい。
そんなことを考えながら、帰宅する前にもう一度今回の件で迷惑をかけてしまったことへの謝罪と感謝を伝えようと、人事統括室へと向かう。
扉を開くと、そこにはマーティンさんの姿はなく、オスカー室長がひとり書類と向き合っていた。
「あの、今日はこれで失礼します。」
「ああ。」
まだ外は明るいけれど、ちょうど室長の向こうにある窓から光が差し込んで、彼の顔に影がかかって表情が見えない。だから表情が窺えなくて丁度良いと思いながら、言いたいことを言ってしまうことにする。
「今回のことですが、勉強を見てもらったり何かとご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。それと、ありがとう御座いました。」
そう捲くし立てるように、だけど言っていることは本当だから、ちゃんと気持ちが伝わるようにはっきりと言った。続けてお礼をして、反応を待つ。
けれど室長からは何も発せられることもなく、代わりに椅子を引く音がした。コツ、コツ、と足音がしたと思えば、顔を上げたその先にはすぐ近くに室長が立っていた。
先ほどまでは影で見えなかった表情が、今度は近すぎて見ることが出来ない。しかもその距離の近さに、緊張で身体が強張ってしまう。
「あ、あの・・・」
あまりの居たたまれなさに口を開けば、室長は高い位置にある頭を少し傾けて、こちらの様子を窺っているようだった。
「泣いてないのか。」
「・・・え?」
「てっきりまた自己嫌悪に陥っているのかと。」
「そ、そんなことありません。」
「おい、声が震えてるぞ。無理するな。」
そうさせている原因は、決して破談となった見合い話ではなくて、あなたなのだけれど。しかしそう言うわけにもいかず、何と言い訳しようかと考えをめぐらせる。
「一度振られたくらいでめそめそするな。いい男は他にいくらでもいる。」
まだわたしが傷ついていると思い込んだまま、普段の彼らしくもなく励ましの言葉をくれる。それだけで、もうどうしようもないほど好きだと思ってしまう。そして、それが溢れてしまいそうになる。
だから少しでも距離をおこうと、足を引こうとした、その瞬間。
頭の上に、ふと感じる温かい手のひら。そのままポン、ポンと2回やさしく落とされ、そのまま髪をかき乱される。
それが室長の手だったとしっかり認識したときには、もうその手はわたしの頭から離れていて、元いたデスクへと戻ろうとしていた。
ああ、もうだめだと、そう思った。頭の中が真っ白で、何も考えられなくなった。
「・・・・・・です。」
「・・・なんだ?」
わたしは、この人のことが
「好きです。」