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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
1章 彼女は出会う
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04話 彼女と手紙

 その人の名前は、ハウエル・ラルフ・ヴォルティ・オルブライト、といった。多少名前が長めであることは否めないが、しかしいかにも位の高そうではある。彼は現国王であるリチャード、王妃であるオリヴィアとの間に生まれた、それはそれは高貴な王太子なのである。ハウエル殿下は幼い頃より勉学に励み、政務を体験してきたという。だから国王も王妃も彼を次の王として認めていたし、国王女ステラも兄を自慢としていたし、ライバルであるはずの第二王子アーウェルでさえも、兄を次期国王とするためのサポートをするほどに慕っていた。

 というのも、彼の努力は凄まじかったそうだ。何が彼をそうさせるのかは分からないが、まだ遊び盛りの年頃でも、そんな時間などほとんど無いほど、彼は日々自分を追い詰めていたという。


 そんな彼が、今、政務よりも気をとられている、この手紙。

 この手紙は、政務とは関係のないものであると気付いたのは、部屋に帰ってケペル語の本を広げながら、手紙の2行目を解読した後だった。


 「殿下には、まだ王宮の幹部でさえ知らない秘密がある・・・。」


 第三書庫を出た後、急ぎ足で宿所に戻った甲斐があってか、7時45分に食堂へとたどり着いたわたしは、何とか夕食を得ることが出来た。食堂のおかみさんが「もう残り物しかないんだけどねえ」と言っていたそれは、まるで残り物とは思えないほど美味しくて、思わずおかわりしてしまったほどだった。おかげで満腹になったわたしは、湯につかった後そのまま寝てしまいそうになった。しかしながら、そういう訳にはいかないのだ。なぜならこれは、王太子殿下から直々の命令なのだから。

 という訳で、何とか眠さをこらえながら手紙の解読を始めたのだが、何か国家に関わる大変な機密が隠されているのでは、と少しばかりわくわくしていた気持ちは、ある意味正解で、ある意味裏切られた。


 「ええと・・・、しんあいなる、おうたいし、でんか・・・・・・けっこん、の、もうしで、・・・の、へんじ・・・を、かく・・・?書きます、か。」


 とそこで、思わず「ええ!」と声をあげてしまった。なんとこの手紙には、王太子が結婚を申し出るほどの想い人からのもので、しかもその返事が書かれているのだ。それが分かった途端、思わず手紙から手を離した。それがあまりにも大事なものであることも分かってしまったからだ。


 「これはある意味国家機密だわ・・・。」


 それというのも、ミッドチェザリア国王太子殿下は、今年で18歳になった。この国の歴史でいえば、それくらいの年ならばすでに妃を迎えていてもおかしくはないし、現国王であるリチャード陛下はすでにその年で子を成していた。だからハウエル殿下は国王や王宮幹部から妃をとるよう催促されていただろうし、実際国民にも殿下が妃をとるためのパーティを開くといった情報もいくつか流れていた。

 そして殿下がそれらを全て、断っているということも。

 その理由として、まだ早いだとか、今は勉強に集中したいだとか、そういったものが噂として流れてはいたが、真相は誰にも知り得なかった。だけれどそれを、わたしは知ってしまった。殿下にはどうしても結婚したい人がいて、でもその人と結婚できる状況には無いということだ。もし結婚できる状況にあるのなら、手紙を通してやり取りなどしなくても良いはずである。


 「あなた、の・・・きもちは、とても・・・うれしい・・・うれしかった・・・です」

 「そんなに、ちいさい・・・ときから、わたしを・・・すき、でいた・・・とは、しりません、でした」


 そこには、彼への感謝の気持ちが記されてあった。それから、読み進めていく内に、彼女の正体も、どうしてこうした言語を使ったのかも、彼女の、返事も、分かってしまった。わたしが知るべきではない、全て。


 彼女は、隣国の王女だ。おそらくカツァートリア国の、ヘイリー王女である。ミッドチェザリア国とカツァートリア国はもともと、良好な関係を保っていた。ほんの数年前までは、お互いに足りないところを補い合うような、このふたつの国の間に争いなんてあり得ないだろうと誰もが考えるほど、平和な関係だった。実際数年前までは、1年に4回、両国の王宮で食事会が開かれていた。おそらく殿下と王女もそこで出会ったのだろう。

 ところが、数年前。カツァートリア国の王宮幹部のひとりが、ミッドチェザリア国で決して許されることのない、大きな罪を犯してしまった。

視察と称してミッドチェザリア国に来ていたその幹部は、カツァートリア国がその仕事のためにと与えた資金を、博打に手を出して全て失ってしまった。このままでは国に帰れない、そう思った彼は、あろうことかその賭け場に違法経営の疑いを着せることで、自分が騙されてお金を失ったように見せかけたのだ。カツァートリアはその幹部の言い分を信じてしまい、しかしミッドチェザリアはどうしてもそれを信じることは出来なかった。信じてしまったら、自国民を裏切ることになるのだから。何度も何度も自国を良くしようと、視察、調査、改善を行ってきたものに他国が横槍を入れる。それは温厚な国といわれるミッドチェリアにとっても、許すことは出来ないことだった。そしてそれはカツァートリアにとっても同じことだった。もし王宮に抱えている幹部が問題を起こしたとなれば、国として大問題となることは間違いなかった。たとえ、他国との関係は悪化したとしても、国内の環境を悪化させることは出来なかったのだ。

 そうしている内に、ミッドチェザリア国とカツァートリア国の関係は、どんどん冷めていった。争いこそ起きなかったものの、基本的な交流は現在絶たれているままだ。そしてそんな状況の中、殿下はカツァートリア国王女を妃にしようとしている。人の移動はもちろん、手紙のやり取りでさえ検査される状況の中、彼は王女に求婚したのだ。


 「‘あなたの手紙の内容も、わたしの手紙の内容も、決して人に知られてはいけません’」


 手紙には、そう記されていた。従者に隣国へと一旦手紙を運ばせてからミッドチェザリア国へ送る、と。国同士の書物の行き来については必ず検査官が存在する。それらに内容を読み取られることのないよう、わざとこの国には馴染みがない文字を使った。実際、それは単なる時間稼ぎであって、異国から知らない文字で手紙が届いた、という情報が入れば、王太子殿下直々に命を出してすぐに回収しに向かえば良いのである。

 これだけ分かっただけでも、わたしにはふたりの絆の強さが感じられた。よほどの覚悟と信頼が無ければ、きっとこんなことは出来ない。だからこそわたしは、このふたりは必ずこの苦しい状況を乗り越えるのだろうと、そう思った。


 ヘイリー王女からの答えを、解読するまでは。


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