39話 彼女と自覚
「じゃあホセさん、お元気で。」
「アリシアさんも。これからは友人として、どうかよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。」
そう言って深く頭を下げたホセさんに、わたしも倣う。彼とのお見合いは、結果的に成功でも失敗でも無いけれど、わたしにとってはすごく良い機会になったと思う。たくさんのことを話してくれた彼に握手と精一杯の感謝の気持ちを伝えて、街を見学したいという彼が王宮を発つのを見送った。
彼と話して、頭の中がすっきりした気がする。とても大切なことに、気付いたから。認めたくないという気持ちはあるけれど、でも逆らえないだけの気持ちもあるのだから。
さて、気付いたは良いものの、これからはどうすれば良いのだろうか。やはり好きだからといって、すぐに伝えてしまうのは迷惑なのだろうか。相手は同じ職場で働く人間でもあるし、仕事も中途半端なままに恋に浮かれているだなんて絶対に思われたくない。
そこまで考えて、やはりこの気持ちは胸にしまっておくほうが良いのではないかと思えた。ちゃんと一人前になったら、いつか。
「アリシアさん」
ぐるぐる考えを巡らせていると、後方から声がして振り向く。するとそこに立っていたのはジャスパーさんだった。今日は仕事は休みのはずだけれど、室長やマーティンさん、それから書庫整理の人たちは休日出勤することも稀ではない。きっと今も仕事の合間なのだろう、少し疲れた様子をしていた。
「うまくいきましたか?」
「え?」
「・・・お見合い、終わったようなので。」
そう言う彼の声は小さく、そして少しか弱い印象をもっている。どこか目線も合っていないようで、何かを怖がっているようにも見えた。
「ええ、終わりました。結婚相手ではなく、友人が出来ました。結婚相手については、しばらくは見送りたいと思います。」
「じゃあ今回は、縁談は進めないと?」
その問いかけに肯定すると、彼は深く息を吐いた。脱力していくようにうずくまり、何かを呟いた。何と言ったのかは聞き取れなかったものの、しばらくして立ち上がったジャスパーさんは、「よかった」と、微笑んでみせた。それでもすぐに表情を引き締めて、
「でも油断大敵ですよね。」
なんて言うものだから、その真意が分からず首をかしげる。しかしとうとうその意味を教えてもらえることはなく、「早く報告に行かないと」と彼に急かされ、わたしは人事統括室へと足を運んだ。
そして扉を開いて、すぐに気付かなければ良かったと、そう思った。そこに彼がいるということは分かりきっていたことだけれど、視界に入ってしまうとまるで体が固まったかのように動かなくなってしまう。それどころか熱をもったように熱い気がする。声の出し方も忘れてしまったのだろうか、口が開いてくれることもない。しかしそうしている内にこちらに気付いたマーティンさんが声をかけてくれた。それにはっとして、気を引き締めて室長の前のデスクまで足を進めた。
「・・・結果は。」
椅子に腰かけ、足を組んで、書類から目を離すことなく興味なさげな質問にどこかチクリと胸を痛めながら、いつも通りを心がけて口を開いた。
「滞りなく終了しました。」
「それは結果とは言わない。」
「今回のお話は、無かったことになりました。」
そう言うと、書類の文章を追っていた視線の動きが、止まった。一旦書類をデスクに置き、改まってこちらを見られてしまうと、やはり気を張っていても心臓が動き出してしまう。
何を言われるのか、嫌味やダメ出しを言われるのだろうかと身構えるが、室長は「そうか」とどこか申し訳なさそうに返した。
「もう殿下にも情報はいっているとは思うが、やはりそれでも報告はしなければならないだろう。」
「はい。これから行ってきます。」
「・・・俺から報告しても構わないが。」
「え?どうしてですか?」
「どうしてって、・・・君・・・ふ、」
そこまで言って、それでも彼は続きを言わなかった。何をそんなに気まずそうにする必要があるのかと疑問に思うが、「いや、いい。早く着替えて自分で行け」と言われ、素直にそれに従うことにした。
部屋を出ると、肩の力が一気に抜けるのが分かった。これほどまで緊張していたのかと自分自身に驚きつつ、それでもこの様子ならこれからも上司と部下としてやっていけそうな気がした。
オスカー室長を好きという気持ちは、きっと伝えてはいけないだろうから