37話 彼女と決戦の日
ついに、来てしまった。
アイレア国のホセ・タリヌスさんとのお見合いをする日が。
朝早くにステラさまの部屋へ行くように彼女の侍女から告げられ、あまり食欲も無いままに朝食を済ませて、さっそくその言葉に従った。
まだ早朝だというのに、ステラさまは相変わらず綺麗で、眠そうな雰囲気など全く見せない。髪の一筋まで美しくまとめられたその姿に、身の程も考えずにたじろいでしまう。やはり自分は見合いだなんて煌びやかな場にふさわしくないのではないかと、今更怖気付いてしまう。
そんなわたしの様子を知ってか知らずか、ステラさまはにっこりと笑って、あいさつを済ませた後に「いよいよね」と口を開いた。
「あと2時間後には先方が見えるわ。それまでに、外側から自信をつけましょう。」
そんな風に微笑むステラさまに若干不安を覚えながらも、すぐに彼女の侍女が更衣室へと案内を始める。
それからは、あっという間だった。
みるみる内に自分の外見が変わっていく様子というものは、あまり慣れるものではない。以前ステラさまの誕生パーティに参加した際も彼女が用意してくれた人々によって化粧や着替えをしてもらったけれど、今回はそれにも増して気合が入っているように思える。単純に周りにいる人数も多いし、服や化粧品の数もかなり増えているようだった。それに呆気を取られているとすでに顔の表面が白く塗られており、その間にも髪がくるくると巻かれていた。
そうして、出来上がったのは、わたしではない誰かだった。
いや、よくよく見れば面影はあるのだが、何をどうしたらここまで変われるのかというくらい、自分でも言うのはおこがましいが、依然よりも整った顔になっているようだった。これが王室付きの最高級の技術なのだと関心していると、何着ものドレスのうちから選ばれた黄色のそれは、すでにわたしの身体をまとっていた。
「とてもお綺麗ですよ。」
あまりにも早すぎて、どんな技を使ったのか分からないうちに全てが終えられてしまった。
「あ、いえ・・・こんなに手をかけてくださって、本当にありがとう御座います。」
そう声をかけると、その人もまたにっこり笑って、次にステラさまの元へとまた案内してくれた。
「予想通りだわ!」
一歩部屋へ足を踏み入れると、ステラさまは跳ねるように顔を上げて、満面の笑みを見せてくれた。彼女の言葉の意味が分からずその次を待つと、
「やっぱり元が良いから、少し手をかければとんでもないことになるとは思っていたのよ。でもその期待も裏切るほどね。今のあなた、とっても綺麗よ?女でも見惚れるくらい。」
そう、少しばかり興奮したように話した。
わたしからすればそんな風に目をキラキラさせる彼女こそ、見惚れるくらい綺麗だと思うのだけれど、これもきっとわたしに自信を付けさせるためなのだろう、今は黙って受け取ることにする。
「ありがとう御座います。」
一言声を発した瞬間に、ステラさまが立つその奥のほうから、ガタン、と音がした。
その音の方へと視線を動かすと、そこには赤いソファにオスカー室長とマーティンさんが向かい合って座っていた。音の正体は、こちらへ顔を向けている室長がおそらくテーブルに足をぶつけたものだろう。ひどく驚いた様子の室長は、眼鏡の奥の鋭い瞳をいっぱいに開いてこちらを見ている。それにつられたようにこちらを振り向いたマーティンさんも、また同じようにびっくりした様子だ。
「その声・・・アリシアちゃん?」
ああ、そうか。綺麗な服を着てたくさん顔に化粧を施しているからわたしだと気付かなかったのだろう。それにしても普段のわたしはどんなものだと捉えられていたのだろうか、少し悲しくなってくる。
「そうです。」
そう答えるや否や、室長が「馬子にも衣装だな」と呟いたのが聞こえた。聞こえないふりをしたかったけれど、そうもいかない。何と言い返そうかと思い悩んでいたところに、「よく似合っているって言ってるんだよ」というマーティンさんの声が聞こえた。しかしながらすぐに否定の言葉が聞こえたし、室長の表情も非常に険しいので、マーティンさんの優しさはあえなく却下だ。
「彼らはわたしが呼んだの。今日までアリシアの勉強を手伝ってくれたのだから、特別報奨をね。それにあなたの緊張もほぐれればと思って。」
そう言うステラさまは、わたしたちのやり取りが面白かったのか、とても楽しそうに微笑んでいる。彼女がこうしてわたしのことを考えてくれるのはとても有難い。だからこそ、彼女の期待に応えたいと、そう思う。
「ステラさま、もし宜しければ先にお見合いの部屋で待機していても良いでしょうか?直前に行くと、心の準備が間に合わないような気がするので・・・。」
「ええ、構わないわよ。わたしも後から行くから、時間までゆっくり休んで。」
その言葉にお礼を言い、案内をしてくれる侍女へと頭を下げ、その後をついていく。
「アリシアちゃん、頑張ってね。」
部屋を出る直前、優しい声が降りかかる。その声が誰のものか分かったから、少しだけ肩から力が抜けた。いつも優しい言葉をかけてくれる彼だけれど、今日は一段とそれが嬉しい。
その言葉にお礼を言おうと、視線を移すと、
「頑張るな。お前が頑張るとろくな事が無い。」
今の今まで良い感じで気合が入っていたのに、それが台無しになるほどの冷たい言葉。励ましとも嫌味とも単なる意地悪ともとれるその言葉に、緊張なんて飛んでいってしまった。だから、とても悔しいけれど、マーティンさんと室長の両方へと、お礼をした。何だかんだ言っても、彼らがここ数日間協力してくれたことは本当に嬉しくて、有難かったから。
「じゃあ、行ってきます。」