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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
1章 彼女は出会う
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03話 彼女とその人の出会い



 マーティンさんに言われた仕事のスケジュールは、何とも簡単なものだった。朝9時に出勤、昼は12時から1時間の休憩、そのあとは6時に退勤、だそうだ。やることは決まっている。とりあえず向こう数ヶ月はここの片付けに専念することになるだろう。誰もいないはずの第三書庫で、がっくりと頭を下げ、思わずため息を漏らした。すると、足元に溜まった埃が、綺麗になくなっているところがある。それはどうやら人の足跡のようで、奥にある本棚まで続いている。


 「マーティンさん、ここは誰も使ってないって言ってたのに・・・。」


 とりあえずその足跡を辿ってみると、どうやらその人物は東方の言語について調べ物をしていたらしい。ここ第三書庫は国々の歴史や言語、文化についての書物がずらりと並んでいる。その中でも言語に絞っているこの一角の、しかも東方の言語だけを集めた棚だけが、埃もなく、いたって綺麗な状態であった。これは誰かが継続してここに通っているという証だった。それも、東方の言語について調べたいのに、あまり時間のない、忙しい人だろう。なぜなら、東方の言語に関する書物は限られており、東方の国々の言語も30より少ないはずだ。ならばこの棚にある一つの言語に関する書物は少ないはず。それでもまだ狙いを定められずに色んな本を試している段階であるなら、よほど読むのが遅いか、よほど時間が無いのかどちらかだろう。

 そしてその人物が調べているらしい言語が、ケペル国という小さな国で話されているものだった。その言語の元となった言葉なら知っているが、わたしもケペル語自体は知らない。


 「ケペル語を勉強すれば、その人の力になれるかもしれないわよね。」


 そう思い、埃叩きを右手、「ケペル語完全解説」という分厚い本を左手に、わたしは第三書庫を歩き回った。


 なるほどケペル語は、やはりその元となったニルティン語を強く受け継いでいた。ところどころ単語は違うけれど、基本的な文法の並びや表現などはよく似ている。綴りも規則性を覚えれば解読も何とか出来るだろう。と、そういった結末にたどり着いた頃、いつの間にか自分が書庫の読書場の椅子に座っていて、埃叩きを握っていないことに気付いた。そして、辺りはもう真っ暗だということにも。


 「・・・何時間没頭してたんだろう・・・。」


 ああ、晩御飯も食べ損ねている。道理でお腹もすくはずだ。今から宿所に戻れば晩御飯に間に合うだろうか。第三書庫にある時計はどうも埃をかぶっていて見えない。まるで時計の意味が無いではないか。明日ここに来たらまずは時計を見えるようにしようと決めて、ケペル語の本を棚に片付け、さて宿所へ戻ろうとする。と、そこで、木の軋む音がした。


 「・・・先客がいるとは思わなかった。お前は何者だ。」


 声を聞いただけでも、思わず背中がぞくりとした。明らかに身分の高い人だと分かる。年齢がそれほど高くないにしても、これほど威圧感と存在感、高貴さを出せる者はなかなかいない。一度も顔を見たことがなくても、それが王族の人であることが分かった。わたしよりも頭2つ分は高い身長をもち、体つきもまるで逞しかった。さらさらとした深蒼の髪がとても美しい。薄めの唇は血色が良く、強い意志を表す眉は凛々しく、整った形をした鼻は高く、そして何より、綺麗に二重の線を持った灰紫色の瞳が印象的だった。ここまで美しい男の人を見たことはなかった。


 「お初にお目にかかります。わたくしはアリシア・メラーズと申します。本日よりこの第三書庫の整理係をさせて頂いておる者にございます。このような無礼な格好で大変申し訳御座いません。」

 「整理係・・・?」

 「はい、まずはこの第三書庫を使える状態にし、皆様に書庫のご案内をしたり、管理したりするようにと、任されております。」

 「では、お前は書物について詳しいのか?」

 「全ての書物を網羅している訳では御座いませんが、文字や言語といった分野においては、取るに足らない程で御座いますが、少しばかり習得しております。」

 「!そうか、・・・では、ケペル語という言語は、知っているか。」

 「・・・ケペル語で御座いますか。」

 「やはり知らないか・・・。ケペル語はかなり東方のしかも小国の言語だからな。」


 おそらくこの人が熱心にケペル語について調べていた人物であろう。それも、今日から勤めだした整理係に知識を得ようとするところ、よほど切羽詰っているように思える。


 「いえ、ケペル語の元になったニルティン語ならば知識は御座います。ケペル語とニルティン語の差は大して御座いません故、おそらく簡単な文章であれば解読は可能かと存じております。」

 「それは本当か!」


 嬉しそうに目を輝かせたその人は、わたしが頷くと大きく笑みを零した。「やっと見つけた」と小さく呟いたその人は、着ていたシルクのシャツのポケットから大事そうに何かを取り出した。そして先ほどの笑みを消し去り、真面目な顔をして言った。


 「お前に頼みたいことがある。この手紙を、解読してほしい。」

 「わたくしに、ですか。」

 「この王宮にお前以外、ケペル語を操れる者はいないし、不用意に他の人物に知ってもらっては困る内容でもある。お前、たとえこの内容を解読しても、それを俺以外の誰にも言わないと、約束できるか。」


 正直に言えば、厄介なことを頼まれていると感じた。この内容がどんなものであるにしても、他の人に見せられないくらい重要なものであるそれを、わたしが抱えて良いのだろうかと躊躇する。それ以前に、ケペル語をしっかり操れなかったらどうするのか。どんな罰が与えられるのか。そういった保身までも考えてしまう。それでもこの人の瞳を見れば、それに従わなければならないような気にさせられてしまう。これが、位の高い人の持つ力なのだろうか。


 「・・・はい。約束いたします。」


 言った。言ってしまった。その人は数秒わたしと目を合わせたあと、問題の手紙をわたしに手渡した。両手で受け取ったわたしに、「大事なものなんだ」と付け加えた。


 「王太子殿下―!殿下、どこにいらっしゃいますか!公務がまだ終わっておりません!殿下―!」


 承知いたしました、と答えたかったが、それは扉の外の大声によって止められた。叫びながら廊下を走っているだろう声の主は、今にも泣きそうな声で王太子殿下を求めていた。と、そこで目の前にいた人物が嘆息した。


 「俺は戻らなければならない。明日またここに来る。・・・アリシアと言ったな。くれぐれも宜しく頼んだぞ。」


 そう言ってその人が書庫から出ていった後すぐ、「殿下!こんなところにいらしたんですか!」という声が聞こえてきた。まさかそうなのではと思ってはいたが、やはりそうだったのか。王宮に勤めだして1日目で、最高位にも成り得る人物に会うとは思っていなかった。その事実をじっくり認識したあとわたしは思わず膝を折り、その場にへたり込んでしまった。しかしながらその後に間抜けな腹の音が書庫に鳴り響き、とりあえず夕食を求めて宿所に戻ることにしたのである。


 これが、わたしとハウエル王太子殿下の、出会いだった。


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