30話 彼女と彼女の晴れ舞台
そこは、初めて見る景色だった。
さすが王宮の大ホールだけあって、とにかく広い。天井も高く、目を細めて見なければ到底分からない細部にまでこだわって装飾がなされている。その中でもひときわ目立つのは、やはりステラさまがこれから座るであろう真っ赤な椅子である。来客がいるフロアよりも階段を10段ほど上がったところにそれがあり、王女殿下を今か今かと待ち構えているようだった。さらにその上方には、壁をくりぬいた様にして会場全体を見渡すことが出来るスペースがつくられている。しかし下にいるわたしたち来客からは、そこにいる人たちの顔や姿はほとんど見えないようになっている。そうは言ってもそこにいるのはおそらくこの国の国王、そして王女であると、誰もが想像できるだろう。
「・・・壮観でしょう?」
ステラさまの登場によって引き起こされた来客たちの盛大な拍手と歓声を一身に受け、彼女はその中で小さな声をわたしに送ってくれた。それに頷き、思わず怯む身体を引きずるようにして、彼女の後をついて行く。
そこにいる全員の視線が、彼女に注がれているのが分かる。果たしてそれによってかかる重圧や緊張というものはどんなものなのか、きっとわたしには分かり得ないけれど。少しでもそれを減らしてあげられる存在となれたら。
「みなさま、本日はわたくしのために足をお運び頂き、誠にありがとう御座います。」
高い所に立っていてもステラさまはやはりまだ背が小さくて、幼い印象を抱かせる。だけれど、そうして話し出した彼女からは、やはり王族の凛々しさ、強さが感じられた。ひとこと一言をきっと本心から言っているのだろうと思える、素直な、そして真剣な挨拶から、そしてそれを聞いている人々の表情からも、彼女がこの国の王女として愛されているということが伺える。
「ですから今日は、どうか楽しんでいって下さいませ。」
そう言って挨拶を締めくくったステラさまは、深々と頭を下げた。それを合図として、もう一度会場が拍手の音に埋め尽くされる。それを心地良さそうに、目を瞑って受け止め、彼女は主要来客に挨拶をするために壇上から降りてきた。
「素晴らしい挨拶でした。」
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえると安心だわ。」
にっこりと笑うその姿に、わたしも安心する。そうして挨拶すべき人の姿を捉えると、もう一人の侍女に目配せをして、ステラさまを導く。
ハウエル殿下には、わたしに彼女のサポートをして欲しいという風に頼まれたけれど、そんな必要など全く感じさせないステラさまに、わたしにも周りを見渡す余裕が出来てくる。
この会場にいる全ての来客の顔や名前は分からないが、皆それぞれかなり高い家柄の出身であろうとか、おそらくあの国を代表してお祝いに来た人なのだろうとか、とにかくかなり偉い人が集まっているというのは分かる。
その他にも、料理を運んでいたり、飲み物を配り歩いている人々は王宮内で見たことのある人ばかりで、どこか安心感を覚えた。さらに会場の端の方で緊張した面持ちで立っているジャスパーさんを見つけ、慣れない雰囲気に戸惑っているのは自分だけではないと分かり、思わず微笑む。
「・・・・・・・・・!」
見間違い、だろうか。
ゆるめた頬を引き締めようと、一度顔を下げて、また目線を上げたときに一瞬だけ見えた、その影は。すぐに人影に紛れてしまった、よく知っているその姿は。
「どうかされたのですか?」
隣に立つ侍女の方から声をかけてもらい、「大丈夫です」と短く返したあと、なぜか自分が動揺していたことに気付く。
なるべくその人のことは考えまいと、目の前で来客に挨拶をしているステラさまの行動に集中する。これまでに数人と話し、中には政治の話もあったが、彼女は彼女らしさでそれぞれの人と接し、そして心を掴む。
しばらく感心と尊敬の気持ちを込めてステラさまの傍に控えていると、おそらく東の方の国から来た使者であろう人が、挨拶をするために深々と礼をする。それに礼を返すステラさまは、その使者が言葉を紡ぐのを待つ。
しかしながらその使者の言葉はつたなく、ところどころ理解出来ないところが多い。どうやらステラさまも返答をどのようにすべきか迷っているようである。
「‘どうかあなたの母国語でお話ください。わたくしが通訳させていただきます’」
これが正しい行動かは分からなかったが、一歩足を踏み出して、そう言った。その使者は驚いたように目を開いた後、どこか安心したように、ステラさまへの挨拶と、誕生日を祝う言葉を述べ始めた。
それを今度はステラさまに伝え、彼女からのお礼の言葉をまた彼に告げる。
「‘あなたのおかげで、きちんとお祝いの言葉をお伝えすることが出来ました。本当にありがとう御座います。・・・けれどどうして、わたしの国の言語がお分かりに?’」
「‘実はあなたの国の言葉を、昔教わったことがあったのです。それに、あなたの首にあるその宝石には、あなたの国を象徴する百合の花が刻まれてあります。ですから、あなたはきっとアイレア国の方であると、お見受けいたしました。’」
「‘・・・あなたはとても聡明なお方ですね。あなたに感謝いたします。’」
そう言ったあと、もう一度ステラさまに視線を映し、今度はこの国の言葉でゆっくりと「本当におめでとうございます。」と告げてから、彼は次に挨拶を控えている人へと席を譲った。
「アリシア、ありがとう。」
ステラさまのその笑顔を見て、彼女の役に立てたのだと実感する。
それから彼女はまた何人かの挨拶を受けた後、今度はダンスのためのお色直しということで、会場に一礼をした後、化粧直しへ向かう。
「アリシア、今日のあなたのお仕事は、ここまでよ。あとはダンスパーティだけだから、彼女と、護衛の彼だけで充分だわ。」
「いえ、そういう訳には・・・。」
「あなたは今日、とても頑張ってくれたわ。だけど、少し頑張りすぎよ。まず、肩に力が入りすぎね。それからその足、少し痛いんじゃない?わたしが戻ってダンスが始まる前に、少しリラックスして、それから何か美味しいものも食べて?」
驚いた。
わたしが緊張や怯えを見せまいと思っていたことも、わたしですら忘れていた足の痛みも、彼女にはお見通しだったというわけだ。その上で、彼女はわたしに優しい言葉を投げかけてくれる。一番疲れていて、一番緊張しているのはステラさまであるはずなのに、それを見せないどころか、人のことも気遣えるだなんて。
「本当に、よろしいのですか?」
「ええ。あなたに楽しんでもらえると、わたしも嬉しいもの。」
「・・・ありがとうございます。」
その優しさに、少し涙が出そうになる。しかしそれを堪えて、彼女へ礼をし、会場を後にするその後姿を見送った。
せっかくの彼女の心遣いをどうして断れようかと、その言葉に甘えて、会場の中へと足を踏み入れた。
ひとたびステラさまの傍を離れれば、わたしなど注目されるはずもなく、会場の端へ移動してしまえば、そこは自分だけの静かな空間であるように感じた。力のこもっていた肩や背中から、一気に力が抜けていく。
それなのに。
「おい、何をしている。」
聞き覚えのあるそんな声に、思わず心臓が鳴る。
顔を上げれば何か厄介なことがあるとどこかで警告する自分がいるのに、それでもそれを無視してその声の方へと視線を移す。
ああ、やはり。
そこにいたのは、真っ黒なスーツに身を包んだ、オスカー・ブラックストーン室長であった。