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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
4章 彼女は戸惑う
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28話 彼女と彼女の上司

 「おい。」

 「え、あ、はい!・・・いたんですか?」

 「いたんですか、とは何だ、上司に向かって。」


 ステラ王女殿下の誕生パーティをいよいよ明日に控えたところで、最後の予行練習といった感じで、就業時間後にジャスパーさんといつものようにダンスの練習を行っていた。ダンスを始めた頃に比べて、マーティンさんの指導もあってか、わたしたちの技術はうんと成長していた。


 「だって、部屋の中も薄暗いですし、てっきり誰もいないのかと・・・」

 「そうやって思い込むのも大概にしろ。」


 そう言って、目の前の縁の薄い眼鏡をかけたオスカー室長はいつにも増して不機嫌そうな顔をしてみせた。なんだってこの人はいつもこんなにも人をカチンとさせることばかり言うのだろうか。それともそんなにもわたしのことが嫌いなのだろうか。そういえば働き出した頃は、コネで仕事を得たことを酷く叩かれたこともあった。


 「わたしがいつも思い込みで行動しているようにおっしゃらないでもらえますか。」

 「そうではないとでも?」

 「どこをどう判断したらそんなこと・・・」

 「例えば友人は絶対に自分と同じく自分を信頼してくれていると思っていること、例えば一度自分を傷つけようとした奴でも良いところはあるから一緒にいたいと思っていること、例えば、」

 「も、もういいです。それに、何だか棘のある言い方ですけど、わたしは自分の判断を反省することはあったとしても、それを間違いだとは思っていません。」

 「俺にはその違いは分からないが。いつまでもそんな風だと、いつか苦しむことになるぞ。」


 それまでの意地の悪い笑みと話し方を一変させた室長は、わずかに目を伏せてそう言った。それは言いづらそうで、だけれど真剣な声で、はっきりと聞こえた。


 「そんな風、って・・・」

 「それくらい自分で考えろ。それもお前の欠点だ。」


 苦しむことになる未来を少し心配してくれているのかと思ってみれば、そんなことは無かったようで、また唇の片端だけをあげて見下すように笑った。どうやら、少しでも言うことに耳を貸した自分が間違っていたようだ。



 「まあ、そんなことより、明日はパーティに出席すると言ったな。早く帰って休め。」

 「・・・・・・。」

 「なんだ、その信じられないものでも見たような顔は。」

 「・・・いえ、室長がそのようなことをおっしゃるとは、・・・空耳かと思いまして。」

 「・・・君は本当に・・・。俺はただ、君が夜更かしでもしたせいで肌が荒れて目の下にクマさえも作ったような酷い顔は、お偉い方々の目に触れるに耐えられないだろうと忠告しているんだ。」


 なんと、もともと口の悪い人だとは思っていたが、今の今まで明日のためにダンスの練習に勤しんでいた人を、しかも仮にもれっきとした女性に対してこうもデリカシーのない発言をする人だとは知らなかった。だから思わず顔をゆがめてしまったのは仕方が無いことだろう。悔しい気持ちと、何と言い換えそうか悩んでいると、ふと室長が視線を寄越して、


 笑った。


 今まで笑った、と言えるのかどうかは分からないか、かすかに口の端を上げたり、意地が悪そうに目の尻を下げたりすることはあったけれど、こんな風に、無邪気に、そして楽しそうに笑うオスカー室長の笑顔は見たことが無かった気がした。

 なんだかとても、不思議な感じがする。人は笑っている表情がとても素敵なはずなのに、それは分かっているのに、室長のそれは、どうも心が落ち着かない。それどころか、まるで。


 「なんだその苦虫を噛み潰したような顔は。そんなに悔しかったのか。・・・もしかして、何も言い返せないほど傷ついたのか。」


 バツの悪そうに言う室長は、少しだけ背を屈めて、こちらの様子を伺っているようだった。ほんのすぐそこまで室長の顔が近づいてきそうなことに戸惑って、あわてて距離を取ろうと、後ろへ下がる。と、そのまま後方へ体重をシフトする早さに足が追いつかず、転げてしまう。


 「いたた、・・・」


 悲鳴を上げる間もなくお尻から着地したわたしに、室長は小さくふっと笑うと、「大丈夫か」と言うでもなく、また手を差し伸べてくれるでもなく、自分のデスクの方へ向かっていく。


 いつものように室長に言い返すことも出来なかった上に、目の前で転ぶという醜態をさらしたことが何とも恥ずかしい。しかしそれよりも、更に、何だかこんな状況に陥っているわたしを見て室長が楽しんでいるようなのが一番悔しいのだ。


 「きょ、今日は・・・これで失礼します・・・。」

 「ああ。明日は尻餅をつかないように。」


 最後の最後まで意地悪を言う室長に、


 「明日いらっしゃる男性は、室長とは違ってみなさん優しい紳士でしょうから、きっと受け止めてくださいます。」


 そう言って、室長が「なんだと」と声を荒げかけたと同時に部屋を出た。

 そうして、宿所に戻るまでの道中、心地よい夜風に当たってやっと気付く。

 自分の頬が熱いことに。そして鼓動が早いということに。


 


 だけれど、だけれどそれは。

 きっと、特別なものなどではない。


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