26話 彼女と彼の挑戦
「ところであなたたちって、どういう関係なの?」
第三書庫に置かれている長机に、わたしとジャスパーさん、その向かいにステラ王女殿下が座っている。こんなに硬い椅子に座ることも、身分が下の者と同じ席に座ることも初めてだろうに、彼女はとても楽しそうに見えた。
「わたしとジャスパーさんは、同僚ですよ。」
「・・・ただの同僚?」
「僕はそれ以上でも良いと思ってるんですがね。」
「ジャスパーさん、そんな冗談は軽々しく言うと誤解されちゃいますよ。」
「・・・・・・冗談ですか。」
そう言って明らかに肩を落としてみせたジャスパーさんを不思議に思いながら、そんなわたしたちを交互に見つめるステラ王女に気がつく。
「ジャスパー、あなたもパーティに出たらどう?アリシアのパートナーとして、っていい考えじゃない?」
いいことを思いついた、とでも言うように目を輝かせる彼女は、わたしたちに同意を求めるけれど。一方のわたしはどういう経緯でそんな考えが出てきたのか全くもって分からない。それはジャスパーさんも同じようで、明らかに戸惑いを見せたまま口を開いた。
「僕にはパーティに出る理由も資格もありませんが・・・」
「あら、そんなもの必要なの?このパーティの主役はわたしよ。わたしが招待した人に理由も資格も無いだなんて言わせないわ。」
「・・・・・・ステラさま、パートナーというのは出席する者の全員に必要なのですか?」
「あなたの名目はわたし付の侍女だけれど、ダンスをするにはパートナーが必要でしょう?ダンスパーティでは、その最中は侍女や側近を傍に控えさせる方がほとんどみたいね。だけれどそのお付の中にもある程度地位を持った人もいるから、そういう人はダンスに参加する場合が多いのよ。」
「ですがわたしには何の地位も、」
「あなたはわたしの友達よ。わたしの招待客だもの、堂々としていれば良いわ。」
そうでしょう、とにこやかに言われ、どうしたって納得は出来ないのに、そうせざるを得ない気持ちになってくる。これが人の上に立つものの力なのだろうか。
「・・・ジャスパーさんは、どう思います?わたし、ダンスなんて経験は無いのですが・・・。」
「僕も幼少の頃、本で読んだくらいしか・・・。」
「あと1週間あるわ。今日から練習したらいいじゃない。アリシアも、パーティを義務と感じるよりも、楽しんだほうがわたしも嬉しいもの。」
そんな素直な物言いに、結局わたしはステラさまの言うとおり、ダンスに参加することとなった。そのわたしの返事を聞いて、ジャスパーさんもついには了承の意を示す。それを聞いてとびきりの笑顔を見せた彼女は、「あなたたちの衣装は、わたしに任せて」と、元気良く告げてから、次の予定のために第三書庫から出ていった。
「あの、ジャスパーさん・・・ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって・・・。」
「いえ、僕のことは気にしないでください。アリシアさんを助けられると思えば、これくらい何でもありませんよ。それより、ダンスについてはどうしますか。さすがに知識だけではどうにも成りませんからね。」
「知り合いにダンスに馴染みのある人がいるかどうか・・・。」
「では、とりあえず今は講師に成り得る人がいないか探しましょう。見つかるまでは本や資料で独学ということで。」
やさしい笑顔を浮かべたジャスパーさんは、本当に巻き込んでしまったことを気にしていないようだった。そんな表情にすら少し罪悪感を抱きつつ、だけど約束した以上はそれを守らなければと意気込む。ステラさまにもジャスパーさんにも迷惑がかからないよう、しっかりとパーティに向けて準備をしておかなければならない。
「ダンスの経験?」
と、早速それを問いかけたのは人事統括室で働くマーティンさんとオスカー室長だった。各部門のトップにあたる人は貴族や名家の出身が多いと聞いたことがあったからだ。そういった家で育った人たちならば、ダンスパーティへの出席経験もあるだろう。
「僕はそんなに良い家の出ではないからパーティに参加した経験も少ないけれど・・・。」
「それでも、やったことはあるんですよね?」
「まあ、一応はね。・・・あ、それでもダンスならオスカーが、」
「マーティン。」
マーティンさんの言葉を遮るようにその名前を呼んだのは、オスカー室長だった。その声の冷たさは、それ以上マーティンさんに何も言わせようとはしなかった。さらに銀縁の眼鏡の奥にある切れ長の目からはとてもやわらかくはない光が感じられる。
「ところで君はどうしてダンスを教わりたいんだ?」
「ああ、えっと・・・いろいろありまして。」
こればかりは、どうにも説明し難い。いや、普通にステラさまの誕生パーティでジャスパーさんとダンスをするからと言えば良いのだけれど。どうしてだろう、それを言うことに少し抵抗を感じてしまう。
「・・・君がダンスをするとはね。」
「どういう意味でしょうか、それは。」
「どういうも何も、ただ想像が全くもって出来ないだけだ。」
「まあまあ、オスカー、意地悪は良くないよ。それはそうとアリシアちゃん、パートナーはいるの?」
「ええ。でも彼にもダンスの経験は無いんです。」
「・・・そう。分かった。俺では力不足かもしれないけど、教えられる範囲でならその話、引き受けるよ。」
「!・・・ありがとう御座います!」
上司としても人間としても尊敬しているマーティンさんに教えてもらえることがとても嬉しい。ジャスパーさんやマーティンさんは、いっしょにいてとても気持ちが和らぐというか、安心を感じられる。そしてそれは、わたしたちの会話を聞きながら思い切り不機嫌そうに顔をしかめる彼に抱く緊張とは、全くかけ離れたものだった。