25話 彼女と彼女のご対面
ハウエル殿下は、ステラ王女殿下との対面については追って連絡すると言った。それを気にしないわけではないが、何時になるにしろ、わたしはわたしのするべきことをするだけだ。その日から仕事の合間に語学の勉強をし直し、パーティに出席するにおいての礼儀作法についても本を使って学び始めた。意外なことにそれを手伝ってくれたのはジャスパーさんだった。
「それにしても、パーティに出席だなんて凄いですね。」
「・・・仕事以外ではずっとそのことばかり考えているんです。」
「そんな様子ではストレスが溜まってしまいますよ。僕に出来ることがあれば、何でも言って下さい。」
そう言って微笑むジャスパーさんもわたしも、あの事件のことは何も無かったかのように振舞う。きっとそれを笑い話に出来るまで、わたしたちはその存在を忘れるだろう。だけれど確かに彼は約束通り第一書庫で働き続け、時たまわたしの相談に乗ってくれている。それはとても嬉しいのだけれど、彼だってたくさん仕事を抱えているだろうに、わたしのことまで気にしていたら身が持たないだろうと心配になる。しかしそう伝えても、彼は「僕がそうしたいだけです」と言うばかりだった。
お昼休憩にあたる今は、もうすでに昼食をとり終えていたために、礼儀作法の本を読みながらジャスパーさんと他愛の無い会話をしていた。だけれどふいにその場の空気が変わり、第三書庫の扉の方に身体を向けていたジャスパーさんは、勢い良く立ち上がり、そして頭を下げた。それにつられてわたしも立ち上がると、扉の方へ視線を寄越す。
「・・・・・・お、王女殿下、」
そこにいたのは、この国の国王女であるステラ殿下であった。そう断言できるのは、その後ろに控える人数の多さと、彼女の整った顔立ちが兄であるハウエル殿下によく似ていたからだ。キャラメル色の長い髪をひとつに纏め上げ、その大きな緑色の瞳は確かに彼女の気高さをあらわしていた。けれど身体は細く、身長も低く、まだどこかあどけなさを残している。
と、しばらく不躾に眺めていたことに気付き、慌てて頭を深く下げる。すると、姿は見えないけれど、おそらく王女殿下の靴音が第三書庫に響き、その音の変化から、彼女がこちらへ近づいてきていることが分かる。
「顔を上げて。」
と、綺麗な声が聞こえて、わたしとジャスパーさんは頭を上げた。思ったよりも近い位置に彼女がいることに少し緊張しながらも、失礼にあたらないように挨拶と自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。第三書庫で働いております、アリシア・メラーズと申します。」
「ええ、知っているわ。兄からあなたのことは聞いているの。わたしはステラよ・・・って、もう知っているわね。」
そう微笑んで見せた彼女は、とても可愛らしかった。その印象は、まだ会ったばかりだけどとても素直でしっかりしていると、そう思った。兄がそうだからこそ、また彼女もそうなのだろう。
「今回はお誕生日の祝宴に、わたしを侍女としてお使い頂けること、誠に光栄に思っております。」
「いいえ、これはわたしと兄の頼みだもの。お礼を言うのはこっちの方だわ。・・・ああそれから、あなたのその堅苦しい言葉遣い、ちょっとやめない?わたしあなたと仲良くなりたいもの。」
「・・・・・・宜しいのですか?」
「もちろん。わたしが許すのだから、他の誰も気にしないわ。だからあなたも気にしないで。」
約束よ、なんていう彼女に、わたしもつい頷く。敬語を使うことに抵抗は無いが、やはり慣れ親しんではいないために、どうしても言いたいことを素直に表現出来ないとは感じていた。だから彼女の提案はわたしにとっても嬉しかった。
「それから、そこのあなた。」
「は。ジャスパー・メイフィールドと申します。」
「あなたもよ。ここにいる間は、堅いのはやめて。」
そう言い切った彼女は、ふふ、と小さく笑ってみせた。
「こういうのって、なんだか友達同士みたいじゃない?」
なんて続ける彼女に、わたしも気分が楽しくなる。
王女であるからこそ、彼女にはわたしにとってのマーガレットのように、何でも話せる友達というものが少なかった、あるいはいなかったのかもしれない。王族の暮らしというのはわたしには知ることの出来ない世界だけれど、逆に言えば彼らにもわたしのような市民の暮らしを知るには限界があるのだ。そしてその一例として、彼女は大事な交友関係を、ひとりの人間として築きたいと思っているのではないだろうか。
「ええ、そうですね。わたしで良ければ、どうかステラさまのお友達に。」
王族に対しての言葉として、大きく失礼にあたることは分かっていたが、でも目の前にいる彼女は今、わたしに礼儀正しさを求めてはいない。現に彼女は、わたしの言葉を聞いた途端にとても嬉しそうに顔を緩めたのだから。
「アリシアさんって、やっぱり度胸ありますね・・・。」
なんて、横で目を丸くしながら呟くジャスパーさんに、今度はわたしが笑ってしまった。