02話 彼女の決意
荷開けをし、一通り部屋に並べたあと、案内状に記載されている通り、人事の人への挨拶と仕事内容の説明を受けるために王宮内へ向かうことにした。案内に書いてあった時刻は14時。今はまだ、13時40分。だけれど、遅れるよりは早い方が良いだろう。もしかしたら道に迷うかもしれないし。
そうして初めて従業員専用の入り口から、王宮へと足を踏み入れた。一応余所行きの格好をして、靴もそれなりのものを選んだはずだったけれど、それをもってしても王宮の床を踏むことが躊躇われるほどだった。どこを見ても美しい以外の言葉は思い浮かばない。それほどまでに、今まで見てきた景色とは格が違っていた。何やら絵画や壺がたくさんあるのが分かるが、それらの価値は全く分からない。とりあえず自分の予想を遥かに超える価値であるだろうことは分かるため、それらと万が一にでも接触したりしないように十分に距離を置いて歩く。
案内状に記載されている地図、1階、西の方角のフロアを歩いていると、「人事統括室」という文字が見える。ここにたどり着くまでに5分は経っているから、なかなか良い頃合だろう。ノックを2回する。すれば、「何用か。」という重低音の声が聞こえた。
「アリシア・メラーズと申します。本日より王宮付き第三書庫整理係の仕事を頂いております。」
「入ってよろしい。」
許しの声をもらい、金のノブをもつドアを開けた。「失礼します」と言い、ドアを閉める。そこには5人くらいの黒と金の制服を着た男たちがおり、中でも一番大きな机に座る眼鏡を掛けた黒い短髪の男は、一番高い官職のように見えた。そしてその人が部屋の中に入ったわたしを確認したあと、高級そうな椅子から立ち上がり、こちらへ足を進める。
「・・・13時47分。常識はあるようだな。」
「・・・は?」
「君もコネだろう?君のように、親の力で仕事を得た若者は、当たり前のように仕事に対してやる気がない。当たり前のように遅刻、当たり前のように欠席をする。実際そういう風に何通もほかの機関から報告を受けているからね。だから君のこともあまり期待はしてなかったよ。君は中等部、高等部などで成績が良かったみたいだから王宮への招待を与えたが、所詮はコネだからね。」
重低音ですらすらと辛辣な言葉を生み出すその人は、どうやらわたしを快く歓迎してはいないことが分かった。今さらコネだコネだといわれても、実際そうなのだから仕方ない。だけれどやはり、実際にこうやって見下されたり本人を知る前に評価されたりするのは悔しいのだ。
「わたしは確かにコネで仕事を得ています。それでも、わたしは仕事に遅刻したり、欠席したりしません。責任や、努力といった言葉を知っています。今はわたしのことをどんな風にお思いになっても構いません。それでも、わたしがきちんと自分の仕事をこなし、わがものと出来たときは、今おっしゃったお言葉、撤回していただけますか。」
「何とまあ、・・・生意気な小娘だな。・・・まあいい。正直、君に仕事が出来るとは思っていないからね。どうせすぐに辞めてしまうだろう。おい、マーティン、案内してやってくれ。」
絶対にやめたりするものですか!と反論しようとしたところで、赤茶色の髪をした長身の男性が立ち上がる。綺麗な顔をしているな、と素直に思った。この偉そうな人もなかなか整った顔をしているが、どこか冷たい印象を受ける。実際性格も冷たいけれど。でもこのマーティンと呼ばれた人は、柔らかい印象をもっている。
「オスカー、お前はもう少し棘の無い言い方は出来ないのか?初めて仕事をしにやって来た女の子に、そんな言い方はないだろう。」
「うるさい。これが俺の性格だ。今更どうにもならん。じゃあ、あとは頼んだぞ。」
「あーあ、そんなだから未だに嫁さんももらえないんだよ。ねえ、えーと、・・・」
「あ、アリシアです。アリシア・メラーズ。」
「そう、アリシアちゃん。よろしくね、俺はマーティン・リード。マーティンって呼んでくれて構わないよ。あの眼鏡はオスカー・ブラックストーンっていうんだ。名前まで堅そうだろう?」
マーティンさんが言って、思わず噴出してしまった。どこからか冷たい視線を受けた気がするけれど、そんなものには気付かないふりだ。「じゃあ案内するよ」というマーティンさんの後を追い、人事統括室を出た。
「それにしてもアリシアちゃん、君なかなか度胸あるよ。あのオスカーにああやって切り返せる人物はなかなかいないからね。だってあの表情にあの声、なかなか怖いだろう?」
「確かに威圧感はありました。だけれどそれよりも腹が立ったんです。仮にも人事のトップにいる人が、人をそういう風に判断しても良いのか、って、思ったんです。」
「うん。それを声に出して伝えられるのは、君の強さなんだろうね。見ごたえあるなあ。これで俺の他にもオスカーに意見出来る人が増えたか。正直今まではあいつの雰囲気と口の上手さで、口答え出来る人がいなかったんだよ、俺以外ね。でもアリシアちゃんは俺の良い味方、みんなの良い手本になりそうだ。」
「わたしとしては、そう何度も意見しなければならない程接触したくはないんですけどね・・・」
言うと、マーティンさんは「そりゃそうだ」と声を上げて笑った。ああ、この人、綺麗に笑う人だ、と思った。きっと誰に対してもこんな風に、分け隔てなく接することが出来る人なんだろう。現に今日初めて会ったわたしが、こんなに穏やかに話せるのだから。
「さて、ここが第三書庫だよ。」
少しばかり大きめの扉の前で、マーティンさんは立ち止まった。そして木と銀で出来た扉を開ける。そうすると、目に入ってきたのはたくさんの本・・・ではなく、たくさんの埃にまみれた本だった。
「・・・これは・・・なかなか、年季が入っているようですね・・・。」
「誰も近づこうとしないんだ。こうなってしまっては目当ての本も見つけられないからね。」
「ということは、今は誰も使っていないんですか?」
「俺の聞く限りではね。それでもここにも重要な書物はたくさんあるし、これからもどんどん増えていくだろう。だから、君が必要なんだよ。君の仕事は、この第三書庫をきちんと使える環境にすること、そして誰にとっても使いやすく、分かりやすく陳列すること、さらに君も書物の知識を得て、人が利用しやすくすることだ。そうそう出来ることでは無いと思うけど、それでもこの量だ、きっとやりがいはあるんじゃないか?」
正直に言えば、今あるのはかなり大変だ、という感想だけだった。ここが自分の仕事場になると思うと、少しばかり憂鬱になるくらいだった。それでも自分で決めたこと、オスカー室長にも強気なことを言ってしまった以上、もう後にはひけないのだ。やるしかない。
「はい、第三書庫整理係として、立派に仕事をこなしてみせます。」