22話 彼女と直接対決
「あなたがここ第三書庫に働くようになったきっかけは何でしたか?」
「・・・・・・父の、」
「ええそうです。コネクション、ですね?」
わたしの言葉を遮ったその声は、一瞬にして第三書庫の空気を冷え切ったものに変えてしまう。その目はこちらを見ているはずなのに、瞳には何も映っていない。彼はそれを表面に表すことなく、怒りを抱いている。
「僕が許せないのは、それですよ。」
「・・・わたしがコネを使ってここで働いているということですか?」
「ええ、そしてあなたが本に関わる仕事をしていることも許せませんね。どうせこの仕事の重大さや責任なんてろくに理解もしていないのでしょうね。」
そんな言葉は、ひどくわたしの胸に突き刺さる。王宮で働くことになってから、ずっと胸につかえていたことを、今彼は言っているからだ。なるべく気にしないようにしていた、この事実。努力をすれば、こんな風にコネ採用だなんて嫌味を言われることはないだろうと思っていたけれど。わたしの努力はまだ、何の意味も成していなかったのだろうか。それともそれは、努力とは言えないものだったのだろうか。
「僕はこの仕事に誇りを持っているんですよ。そしてそれは他の整理係だって同じこと。だからコネでこの仕事を得ているあなたに、ここで働いてほしくないんですよ。本当なら、本の一冊にだって触れてほしくないんです。」
あなたにはここから、出ていってもらいますよ
一段と冷えた声を出した彼は、そのままわたしとの距離をつめていく。何をも映していないその瞳に恐怖を覚えながら後ずさりするけれど、いち早く動く彼によってわたしの体は壁際まで追い詰められ、逃げ場をなくしてしまう。そこで一気に、体に緊張が走った。すぐに緊張してはいけないとそう思ったがすでに遅く、抗いようのない眠気に襲われる。
「ああ、眠いですか?もうあの香の匂いはあなたのエプロンに染み付いていますからね・・・。遠慮しないで、眠ってしまって構いません。」
そう口だけで微笑みを作る彼に、どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
こんなこと、理不尽だと、おかしいと、どうしたって伝えたいのに、脳も体も言うことを聞いてくれない。
「反抗的な目をしていますね。大丈夫、命に関わるようなことはしませんよ。・・・少し仕事の出来ないようにするだけです。」
仕事が、出来ない?
そんな言葉を聞いたとき、ひどく衝撃が走った。そのまま、何も考えることなく、エプロンに入ったメモ帳を取り出す。そこに挿してあるペンを取って、迷うことなく自分の左手の平に突き刺した。瞬間、鋭い痛みを感じたけれど、それも気にしない。そこまで深くないはずだから、出血のことも心配しなかった。
「・・・なに、を・・・」
そううろたえるジャスパーさんは、一歩後ずさりする。その少し歪められた表情を視界に入れ、眠気が確かに和らいでいることを実感する。
「あなたは・・・あなたは、何もわかっていない!!」
叫んだその声は、第三書庫に響き渡った。頭はまだ冴え渡っていないから、言いたいことなんてまとまっていない。だけれど、これだけは伝えたかった。彼に、知ってほしかった。
「確かに、わたしがここにきたのは嫌々です。父の力で就職だなんて、絶対に嫌だったもの。・・・ここの仕事だって、責任だって、分からなかったわ。今だってそうよ、わたしは今頑張れているのかどうか分からない。・・・だけど。だけど!頑張るって決めたの!・・・誰にも文句を言わせないように、頑張るって決めたの!」
そこまで言って、乱れた息を正す。眠気を逸らすために全身に力が入っているのが分かった。
「それにわたしは、第三書庫を大切だって思ってる。これがわたしの仕事だって、誇りをもって言えるわ!」
叫びに近い声を出し続けるわたしに、ジャスパーさんはまだ驚いた顔を見せている。だけれどすぐに無表情に戻って、またゆっくりと近づいてきた。
「・・・あなたがどう思っていようと関係ないんですよ。僕はあなたのような人が書庫で働いている事実が気に食わないんですから。」
「・・・それはあなたが、本を愛しているから?」
「!・・・ええ。」
「・・・そんなもの・・・そんなもの愛じゃないわ。」
そう言うと、彼の無表情は瞬く間に歪められた。ひどく憎らしいものを見ているかのようだった。そして今にもわたしに殴りかかりそうなくらいに近づいて、「なぜ」と怒りを堪えた声を漏らした。
「あなたのそれは、愛じゃない。ただ本に狂ってるだけよ。」
「だから、どうしてそう言えるというんだ!」
丁寧な物言いすらやめた彼からは、もうすでに怒りしか感じられない。さらに緊張が走るけれど、もう眠気は感じない。それ以上にわたしも怒りを抱えていたからだ。
「じゃあどうして、あなたは本にあんな仕打ちが出来たの?・・・あなたは、わたしを追い出すために書庫を荒らしたでしょう。さっきだって、本を地面に叩きつけたわ。・・・本当に本を愛しているのなら、どうしたってそんなことは出来ないはずでしょう。」
本にそんなひどいことをしておいて、愛しているだなんて言わないで
彼は呆然したように、しばらく何も言わず、何もしなかった。
乾いた唇が、叫ぶために大きく口を開けたせいで切れているのが分かる。荒い息も収まらない。
「わたしは、・・・わたしだって、本のことが好きだわ。幼い頃からずっと本といっしょだったもの。だから書庫で仕事をすることが嫌なわけじゃない。自分の力で仕事を得られなかったことが何よりも嫌だったの。・・・だけど、今は、」
今はわたし、・・・第三書庫も、この本たちも、大好きなの
それは、あなたにだって、負けないんだから
そう叫びきったあと、ついにわたしは強烈な眠気に負けてしまった。左手の痛みも、唇の痛みも、全身に入れた力も、全て意味を成さなくなってしまった。それでももう、それに抗うことはしなかった。
きっとこの人には、届いていると思ったから。