21話 彼女と犯人
ガタガタと、騒がしい音がする。
まるで眠りから覚めたような感覚にひどく違和感を覚えながら、わたしは目を開けた。そこには意識がなくなる前と同じくジャスパーさんの姿があった。
だけど彼は、わたしが仕分けした後の本を次々と床にばら撒いている。とてもじゃないけれど、信じられない光景だった。彼の行動もそうだけれど、いつも微笑んでいる彼の、こんな厳しい顔を見たのは初めてだった。
「・・・なに、を・・・」
そこでふと、彼の動きが止まった。持っていた本を一旦机に置いて、ゆっくりと体の向きを変える。わたしの姿を認識しているはずのその表情は、やはり厳しいままだ。カツ、と彼の靴が音を立てる。
「ああ、アリシアさん。お目覚めですか?」
「・・・ジャスパーさん、一体何を・・・?」
「見て分かりませんか?本たちをばら撒いているのですよ。」
「ですから、・・・どうしてそんなことを・・・?」
今までの努力を無駄にされているこの瞬間にも怒りが沸いているはずなのに、それよりも彼の行動の意味が分からずに頭が混乱してしまう。
「どうして僕がこんなことをしているかって?・・・あなたの仕事を停滞させるためです。そうしてまた、居眠りをしていたとオスカー室長に報告しておきましょう。」
「!・・・どうしてそのことを・・・」
「どうして?・・・あなたに居眠りをさせたのは僕だからですよ。」
一体彼は、何を言っているのだろう。
わたしを眠らせたのは、彼?どうして、何のために。
「ああ、またどうして?っていう顔をしていますね。・・・教えてあげますよ。」
あなたのことが、大嫌いだからです
そう鋭い瞳で見据えられ、凍ったような声で言った彼に、背中に寒気が走る。
ジャスパーさんが、わたしを、嫌い。どうして、そんなことが。わたしと彼はまだ数回しか会っていないし、今までずっと彼は友好的だったのに。
「僕はあなたが嫌い。だからあなたをここから出ていってもらいたいんですよ。・・・それから、最初にここを荒らしたのも僕です。そうすれば第三書庫は閉鎖になるかと思ったのでね。」
「!・・・あなたが・・・」
「でも第三書庫は開放されたまま、そしてあなたもここに残ったまま。そのとき僕がどれだけ残念だったかあなたには分からないでしょうね。だから今度は、あなた自身に問題を起こそうと考えたのです。・・・一度目の居眠りであなたは室長からの信頼をかなり失った様子ですし、二度目が起これば室長はあなたをどう思うでしょうね?」
「だけど一体、どうやってわたしを眠らせて・・・?わたしが居眠りしたとき、あなたはその場にいなかったし、今日だって何かしたわけじゃないのに・・・。」
そう聞くと、彼はまた歩みを進めてくる。床に座り込んでいる状態で、そのまま彼から離れようと後ずさりする。けれど彼の方が幾分か早く距離をつめ、そのままわたしのエプロンから何かを取り出した。
そうしてそれをぶら下げて、口だけ微笑みを作ってみせる。
「・・・お香・・・?」
「ええ。このお香には、脳や身体が緊張したときに睡眠を促進させる成分が混ぜてあるんです。あなたが肌身離さず付けてくださったおかげで、あなたを眠らせることが出来たんですよ。」
そんな風に言う彼の微笑みは、とても歪んで見えた。それを見ただけでも、わたしのことをひどく嫌っているということが分かる。
「・・・わたしが、あなたに何をしたの・・・?」
そう言うと、彼は薄っすら残っていた微笑みすら消して、全くの無表情を作った。
それから再びわたしから離れ、背を向け、散らばっている本の方へと歩いていく。
「僕はね、本を愛しているんです。」
この世界中の何よりもね、と、そう言った彼は一冊の本を掴んで、それをうっとりとした表情で眺めている。彼が意図していることが分からずに、だけれどその中から真意を見つけ出そうと頭を働かせる。
「・・・本を愛しているから、あなたのことが嫌いなんですよ、アリシアさん。」
言葉だけなら丁寧なのに、そこには親しみなど全く感じられない。
彼はそのまま持っている本を優しく撫ぜ、そうしてまた床に落とした。その衝撃音に、思わず肩が浮く。叩きつけられた本に彼は、全く目もくれなかった。
「さて、あなたは物分りが良いと思っていたのですが、自分のこととなると到底だめなようですね。」
仕方ありません、教えてあげましょう。
どうして僕が、あなたのことを嫌いなのか。