<彼女の本音 1>
わたしには、とても自慢の友人がいる。
彼女の名前は、アリシア・メラーズという。ふわふわの長い髪は、綺麗な金橙色をしていて、灰青色の瞳にはっきりとした二重を持った、美しい女の子だと思った。わたしが小柄なためか、はたまた彼女が痩せているからなのか、姿勢の良さも相まって背も高めに見えた。そんな彼女は、いつも静かで、だけれど話題が尽きなくて、人への気遣いも出来て、礼儀正しくて、いつも一生懸命だった。だからこそ彼女の傍は心地が良かったし、ずっとそうなのだろうと思っていた。
ことの始めは数日前。
わたしが彼女に、恋を教えたことから始まったと、そう思う。わたしが警備のローランド・タリスに恋をしていると。彼女は日頃の鋭さとは一転して、まるで恋については疎かった。そこが可愛らしいところだとも思うけれど、もう少し鋭くならないと、いつか彼女が恋をしたときは大変だろうと、そうも思った。
わたしが恋をしたのは、ローランドさんが初めてではなかった。
だけれど、こんなに好きだと思ったのは、初めてだった。
きっかけは些細なことだったのに。あの日小さな男の子に対してかけた微笑みは、今もわたしの頭に強く残っていた。あんな優しく微笑むだなんて、知らなかった。そしてその優しさを知ってしまってからは、自分にそれが与えられたら、と、そう思うようになっていた。
そういったことを、アリシアには伝えたけれど。いまいちそれがどんな感情なのか、彼女には分かっていないようだった。でも、それでも、わたしが恋をしていることを知っていてくれれば良かった。彼女とは、どんなことでも共有したいと思っていたのだから。
だけれど、そう考えていたのはわたしだけだと、そう思った。
わたしは、見てしまったのだ。
たまたま夕食時の仕事がなかったとき、部屋の窓から。彼女の仕事がとうに終わった時間に、アリシアとローランドさんが仲良くふたりで歩いているのを。ふたり肩を並べて、楽しそうに。何を話しているのかは分からなかったけれど、それでも挨拶程度にしか彼と言葉を交わしたことのない自分よりは、彼女の方がよっぽど彼にお似合いに見えた。
そのとき確かに、胸が痛んだ。
だからその後で部屋がノックされても、それがアリシアだと分かっていても、どうしても彼女に顔を合わせたくなくて、返事をしなかった。彼女にみっともなくやきもちを妬いているだなんて知られたくなくて。
それでも一晩たってみると、あんな些細なことでアリシアを無視してしまうだなんて、大人気なかったと反省した。ちゃんと正直に話して、昨夜のことを彼女に謝ろうと、そう思った。だから食堂で昼食の調理中、彼女が王宮から出てくるのが見えて、調理長に少しだけ時間をもらってから、その後を追った。
「アリシ――――」
そう彼女を呼ぼうとした声は、最後まで発せられなかった。
彼女はまた、彼といっしょにいた。
そして次に彼らから聞こえてきた、言葉。
‘はきはきとした快活な女性は一緒にいて楽しいだろうと、思う’
そう言った、彼の声。
どう考えても、わたしにはそれがアリシアのことを指しているように思えた。そしてそれを聞いて頬を緩ませて嬉しそうに微笑む彼女のことを、わたしはどこか冷めた目で見てしまっていたのである。
彼女がこちらへ戻ってきそうになったので、思わず近くの建物の影に隠れた。どうして隠れる必要があったのか、自分にも分からない。だけれどそこで姿を現す勇気はなかった。
ひょっとして、アリシアは、ローランドさんのことが好きなのだろうか。
わたしが先に彼女に告げてしまったから、言い出せないだけなのだろうか。
そういう可能性も考えてみた。
だけど、彼女が人事統括室のために、料理を運んだことを知って、違う気がしていた。
彼女は、男の人に好かれたいだけなのではないか
そんな、最低な考えが浮かんで、思わず自分を叱った。どうしてそんな冷たい考えが、大切な友人である彼女に対して浮かぶのか。
そう考え直したはずだったのに、廊下で彼女に会った途端、楽しそうにしている彼と彼女の様子が脳裏に蘇ったのだ。そのときに出てしまった言葉が、‘男好き’だった。
それがどんなに彼女を傷つけたか、わたしには計り知れない。それでもとんでもないことを言ってしまったと、激しく後悔をした。でも、一度彼女に抱いてしまった疑念と嫉妬の感情は、なかなか無くならなかった。それからは、半分意地のように、彼女を避け続けた。