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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
2章 彼女は知る
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11話 彼女と彼女のすれ違い



 「君、もう帰りなさい。」

 「え?・・・いいえ、まだ書類は残っているではありませんか。」

 「今朝言ったことを忘れたのか?それに残りもそれほど多くない。さすがにもう猫の手はいらない。」

 「いえ、今日はわたしは人事統括室の一員なのですから、最後までやり通します。」

 「アリシアちゃん、オスカーはもう夜が遅いから、アリシアちゃんのことを心配してるだけだよ。」

 「だから、そんなこと言ってない。」

 「はいはい分かった。ということだから、今日はもう上がっていいよ。今日一日大変だっただろうし、早くご飯食べて休むといいよ。」


 マーティンさんにそう優しく言われ、大人しく引き下がり、今日の仕事を終えた。

食堂に着いて、ちらりと時計を見ると、7時を回っているところだった。昼食を取っていなかったから、さすがにわたしもお腹がすいていた。でもそれを言うなら、人事統括室で働くみんなだって同じことだ。いや、仕事の遅いわたしよりも、彼らの方が遥かに疲れきっていることは間違いなかった。


 「あの、すみません。5人分くらいの、軽い食事って用意できますか?出来れば、持っていきたいところがあるんです。」


 そう調理に立つ人に声をかけると、どうせ7時半を過ぎたころにはかなり食堂の利用も減るから、残り物で良ければ構わないと、そう言ってくれた。それを聞いて安心しつつ、自分の食事を取る。と、そこに配給しているマーガレットの姿を見つけた。


 「あ、マーガレット―――」


 一瞬、目が合ったのに。彼女はわたしに気がつかなかったのだろうか。もう一度声をかけようとして、だけどそれよりも先に、マーガレットは調理場の方へ姿を消してしまった。

 避けられた、気がした。だけれど、そうされるようなことが、あっただろうか。気付けていないだけだろうか。いや、きっと彼女は忙しかっただけだ。そう思うことにして、考えることをやめた。


 「ほら、お嬢さん、料理できたよ。」


 ちょうど食べ終わった頃に、先ほど声をかけた人から料理を受け取る。お礼を言って、そのままもう一度王宮への道を歩いた。食堂を出る途中、マーガレットが視界に映りこんだけれど、結局そこで会話はなかった。




 食事を人事統括室へ持っていくと、そこで働く全員から大げさなほどに感激された。いや、全員ではない。ただひとり、あの冷徹な室長を除いて、だ。

 「こんなことはしなくていい。せっかく早く帰した意味もないだろう。」と言われたときには、室長の分だけ持って帰ろうかとも思ったが、そのあとにマーティンさんが「‘ありがとう、助かった。だけれど王宮の敷地内とはいえ、危ないから暗い中あまり出歩くことは控えた方が良いよ’っていう意味。」という風ににこりと笑って教えてくれたから、それで納得することにした。すぐに室長から反論の声が聞こえたけれど。

 それでも喜んでもらえたことが嬉しくて、思わず頬がゆるんだ。



 宿所の自分の部屋に戻ろうとした、その途中、マーガレットが彼女の部屋からおそらく洗濯物を持って出てくるのが見えた。そしてその表情が、いつものように明るいものではないことも。何か、あったのだろうか。


 「あの、マーガレット、」

 「わたし、あなたのこと友達だと思っていたわ。」


 呼びかけをさえぎるように発せられた声は、まるでいつもの彼女のそれとは違った。硬くて、そこに冷たささえ感じるほどだった。


 「だけど、今はあなたのことそうは思えないの。」


 その言葉は、頭で理解するよりも先に、胸を刺した。

彼女は、わたしに対して、怒っている。今日感じた彼女への違和感は決して勘違いではなかった。わたしはいつの間に彼女を怒らせてしまったのだろうか。そうなら、早くその原因を見つけて彼女に謝りたかったけれど、そのまま呆然とするしかなかった。なぜなら、彼女がわたしの横を通り抜けるときの一言が、あまりに胸に響いたからだ。


 ‘とんだ、男好きね’


 彼女に限って、理由のないことで人を傷つけるようなことを言うともするとも思わなかった。でもわたしには、彼女の言葉に対して納得するわけにもいかなかった。それならどこかに誤解があったはずだと、そう思いたかった。でもその誤解が何なのか、どこから生まれたのかさえも分からなかった。

 そうしたことをぐるぐる考えたあと、うまく動かない足で自分の部屋へと向かった。

 部屋に入った途端に涙がこぼれたことにも、しばらく気付かなかった。そしてそのとき初めて、マーガレットという大切な大切な友人を失いかけているということを知ったのだ。


 思えば、彼女はここに来た初めて出来た友人だった。遅刻しそうなわたしを起こしたくれたのが、彼女だった。明るくて、元気で、かわいらしい彼女。友人として、ずっと仲良く出来るのだろうと思っていた。それが当然だと思っていたのだ。それがこんな風に、無くなる日が来るなんて、考えたことはなかった。

 次々とあふれ出る涙に、もう何に対して悲しいという感情をもっているのか分からなくなってしまった。ただただ、もう一度マーガレットと笑いあえたらと、そう思うだけだった。


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