<彼の宝物>
小さいころから、自分の瞳が嫌いだった。いくら父から受け継いだものとはいえ、こんな汚い瞳の色をもつ自分のことも、嫌いだった。母もアーウェルもステラも、綺麗な金の瞳を持つというのに、何故自分だけが父の色を受け継いでしまったのか。寡黙で厳格な父と一緒で、賑やかで優しい母たちとは違う、自分。どこか切ない気持ちがそこにはあった。
「うわぁ・・・あなたの瞳、灰色と紫が混じっているのね!」
そんな甲高い声が聞こえてきたのは、会食の最中だった。その声の主は、このミッドチェザリア国と親交の深いカツァートリア国の王女。くるくるの髪に、大きな大きな瞳を持つ彼女は、それはそれは両親にも、周りの人々にも愛されているのだということが分かる。
「・・・君の瞳は、綺麗な色をもっているね。・・・うらやましいよ。」
「どうして?」
「どうしてって、・・・俺の色は、濁っていて、汚いだろう?」
「どうしてそう思うの?あなたのその色は、早朝の空にそっくりよ。一日のはじまりを表す素敵な色だと、わたしは思うわ!」
目の前の小さな少女が、そう言った途端、どこか心が軽くなった気がした。こんな子どもの言うことに何を感化されることがあるのかと、そうも思ったが、だけどただ純粋に、嬉しかったのだ。
「・・・ありがとう。」
「ううん、お礼なんていらないわ、本当のことだもの。」
「君は、・・・」
「君、じゃないわ。わたしの名前はヘイリー・ブリューノ・シャルル・ナッシュっていうのよ。とっても長いでしょう?」
そう言ってにっこり笑った彼女は、少女ではなくて、ひとりの女性のように大人びて見えた。たぶんその日から、その瞬間から、俺はヘイリーに恋をしていたのだと思う。
それから季節が変わる毎に、ミッドチェザリア国とカツァートリア国との親善会食は行われていた。そこでヘイリーに会うたびに、彼女に惹かれていくのが分かった。それと同時に、どんどん大人びていく彼女を、ただ純粋に想うだけでは足りない気持ちを持っている自分にも、気付いていた。いつの日か、彼女との未来を想像するようにもなっていた。
ところが、俺が15歳になったその年、問題は起きた。
ミッドチェザリア国とカツァートリア国の関係が急激に悪くなってしまったのだ。円満に解決する手段はきっとあったはず。それでも大人たちは、それを選ばなかった。どちらかにとって円満だとされる解決は、どちらか一方にとってはそうではないからだ。
自分にしてみれば、国の王太子とはいえ、関係の無い問題だった。自分と関わりのない事件が、だけれど自分の夢にとって大きな障害となってしまったのだ。
「もう、ヘイリーには会えないかもしれない・・・」
その事実を知ったとき、より一層努力をした。どうすれば国同士の関係は修復されるのか、どうすれば自分がもっと決断を出来るくらいになれるのか、そしてどうすれば、ヘイリーの笑顔をこの目で再び見ることが出来るのか。
その答えを知るために、自分に与えられた時間は全て犠牲にした。それが未来の、自分と、そしてヘイリーのためになるだろうと思っていたからだ。
「ハウエル、そろそろあなたも真剣に、王妃について考えなさい。」
月に一度聞く程度だったこの言葉も、18になった頃から頻度が急激に増した。自分にとって考えられるのは一人しかいなかった。だけれど今それを両親に告げるわけにはいかなかった。カツァートリア国との関係に対しての最終的な決断を下したのは、紛れも無く父だったからだ。
だけれど、着実に焦りを感じていた。ヘイリー以外に考えられないとそう思ってはいても、自分が国王の座を降りるというのは考えられなかった。小さい頃からそうなると、信じていたから。それ以外の道は、自分にはなかったから。
王妃の催促を引き伸ばし続けるのにも限界を感じたころ、ついに行動に出た。一番信頼でき、能力があると思っている部下に、自分の気持ちを託したのだ。その気持ちがヘイリーに伝わり、そして彼女の気持ちも受け取れることを信じて。
部下に手紙を託してから、2週間。どのようなルートを使ったのかは知らないが、想像以上の速さで任務をこなした彼に、きちんと手紙を渡した報告を聞く。これで、全てがうまくいく。そうなるはずだった。
ヘイリーへの手紙には、返事は違う言語、なるべく使用人口が少ないもので書くように記した。万が一のことを考えた。彼女が俺と同じような方法で手紙を届けようとして、万が一失敗してしまったら。彼女はきっと追及され、国王に対する裏切りの罪を背負ってしまうだろうから。
だからきちんと異国の文字で記された手紙が届いた、という情報が入ったときは安堵した。これで彼女に一切の被害は無いと思ったからだ。急いで部下に命を出して手紙を引き取りに行かせる。そうしてあとは、その異国の文字さえ解読出来れば良いのだ。
だがその異国の文字は、あまりにも、難読な言語だった。
その文字がなんという言語なのかも分からなかった。しかし、王室付きの大図書館へ調べに行くわけにはいかなかった。そして部下に頼むわけにもいかなかった。これは自分の問題で、自分自身が読み解かなければならないと思ったからだ。
そこでふと、書庫の存在に思い当たる。この王宮には第一から第三まで、広い分野に対応した書庫があったはずだ、と。しかしながらよく使われる本が収納されている第一、第二はよいものの、第三は何に使うのか分からないほどマイナーな本ばかりで、そこに足を踏み入れる人もなかなかいない、と。
チャンスだと、思った。そうしてすぐに、第三書庫での解読を始めたのである。
しかし、最初のうちはそれがどの言語で書かれているのかを見つけるだけでも一苦労だった。本の表紙に書かれている文字と、手紙の文字との一致を、何か国語分確認しただろうか。やっとそれがケペル語だということが分かった時点ですでに、1週間は過ぎていた。そうしていざ、本文の解読を始めようと、そう思っても、今まで自分を追い詰めるようにして行ってきた勉学や政務に阻まれてしまう。一体どうすればよいのかと、思い悩んでいたとき、だった。
彼女が、現れたのは。
金と橙が交じったような、まるで太陽のような髪色をもち、灰青色のよく澄んだ瞳をもった、意思の強そうな、彼女。名を、アリシア・メラーズという。聞けば、彼女はケペル語を解読できるかもしれないと、そう言うではないか。その途端、それにすがった。初めて会ったばかりの、身辺すらろくに知らない、信用できるかどうかの判断すらしていない、そんな彼女に。頼まなければいけないと、自分の何かが悲鳴をあげたのだ。
これで、全てがうまくいく。今度こそ、そう確信した。そう、彼女から解読した手紙の内容を、聞くまでは。
ヘイリーは、俺の宝物だった。
そしてその宝物には、俺以外の大切なひとがあった。
俺はどうしたって、ヘイリーの宝物にはなれない。
その事実は、ひどく胸に突き刺さった。今まで自分を支えてきた全てが、崩れ落ちるようだった。目の前が真っ暗になるという感覚を始めて思い知った。ああこんなにも、俺はヘイリーが好きだったのか、と。どこか遠くで自分を見つめる声が聞こえるようで、気味も悪かった。
「人生をかけて人を愛したのなら、それはあなたの誇りにはなりませんか。」
そのときだった。彼女、アリシアがそう言ったのは。
自分が今、無駄だと思った今までの人生を、彼女は誇りだと言う。尊敬に値すると言う。そんな言葉は奇麗事だと、分かっているのに、分かっているはずなのに、ひどく心に染み渡り、ひどく気持ちが安らいでいく。そしてそのとき確かに、思ったのだ。
ヘイリーを愛することが出来て、ほんとうに良かった、と。
いつかきっと、俺が国王になったそのときは、ミッドチェザリアとカツァートリアの国同士を元の良好な関係にしてみせる。そしてそのとき、きっと再び彼女に出会うだろう。宝物だった彼女と、今度は大切な、友人として。
これで第一章は終わりです。
ここまで勢いで書いてしまいましたので、読みにくかったかと思います。
申し訳ないです。ですが書いていてとても楽しかったです。
次は第二章が始まります。
そろそろアリシア本人の恋をはじめたいものですが、どうなることやら…