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第一章  第四話 才能の違い

 部屋から出ると人影は見当たらず、階下から多人数の話し声や歓声がメイトの耳に届く。

 ――押されてるのか……?

 メイトは結果的に囮として置いてきた二人の身を案ずるが、外の様子を見るには今居る廊下から何処か部屋に入って窓から外を覗く必要があり、無駄な時間と危険を増やす事になる。

「まぁ、イオスが居るから大丈夫だろうし……アイツの声はしてねぇ」

 細心の注意を払いながらメイトは出て来た扉側の壁を伝い、慎重に隣の部屋、隣の部屋と中を確認していくも、誰も居ない。

「いねぇ……」

 少しだけ焦った表情を浮かべつつ、メイトは次々と扉を開けていく。

 だが、探し人は居ない。遂に何十メートルもある廊下の一番奥、最後の扉を開け放っても中には誰も居らず、ただただ散らかった化粧道具と毛布が有るだけである。

 当てが外れた、と苛立たしそうに親指の爪を噛んだメイトは仕切り直して向かい側の壁に張り付いた。

「次はこっち側の扉……か」

 少しだけ荒くなっている自身の息を押し殺し、メイトが最初の扉を開け――

「相変わらず神経質な行動だなぁ、全部バババァンって開けていけば楽なのにな?」

「――ッ!?」

 突然背後から投げ掛けられた言葉。メイトは腰に提げていた鞘に手を伸ばしながら振り向こうとしたが、それよりも早くメイトの背中に衝撃。

「ぐぁ!」

 パァン! という平手で思い切り叩かれた様な痛みに短い悲鳴を上げたメイトは前のめりに倒れ込んだ。まるで陸地に揚げられた魚の様に口をパクパクと動かすが、なかなか息をすえずに咳き込むばかり。

「昔から義母(かあ)さんの稽古の時も今みたいにまどろっこしい手順で技を覚えてたよなぁ、メイトォ?」

「……ゲホッ、ゲホッ……はぁ…………ランジリー……」

「ランジリーお姉ちゃん、だろうが」

 振り絞る様に言ったメイトは、木の床に手を付いた四つん這いの状態で背後で喋るランジリーに、下から覗き込む形で顔だけを向ける。

 よぉ、と男勝りな口調でメイトに手で軽く会釈をしたのは極めて露出度の高い、二十代中盤に見える赤い女。左右に跳ねまくったボサボサの赤い髪はちょうど太腿あたりまで伸ばされており、それと同色の垂れ獣耳、瞳は朱色で相手に対して挑戦的な猫目で、(たわ)わな張りのある乳房を前が大きく開いている真紅のスポーツブラで隠し、太腿の半分にも達していないような薄茶色の短いジーンズを履いているだけである。

 そして、肩には彼女の身長を軽く凌駕する一振りの戦斧が担がれている。担いでいるだけで天井に届きそうな戦斧を、彼女は肩と右腕一本で支えているのだ。

「そっちはより一層、バカっぽくなってるじゃねぇか。遅寝遅起きの精神は改善したのか?」

 息を整えたメイトが、それ程ダメージは無かったのかスッと立ち上がり、ランジリーを睨み付け、半ば笑う様に軽い調子でそう言いながら鞘から剣を引き抜いた。戦斧と比べると刃渡り1メートル以上あるメイトの剣が玩具の様にさえ見える。

「流石にこんな馬鹿騒ぎのBGMの中で寝れる訳無いだろ? お前の方が馬鹿になったんじゃないのか?」

「すまねぇ……馬鹿の聴覚の感度は、分からん」

 一歩。

 メイトは三メートル程空いていたランジリーとの距離を瞬く間の一歩で詰め、振り上げていた剣を少し斜め気味に振り下ろした。

 不協和音。

「何で剣を使わない」

「こいつの方が山賊っぽいでしょ?」

 ランジリーは肩に担いでいた斧の位置を僅かにズラし、剣の刃を金属製の柄で受け止めて弾き上げ、メイトの腹部にブーツの厚底を叩き込む。間一髪の所で剣を握っていなかった左腕でそれを防いだメイトは力に逆らわずに背後に飛び、距離を離す。

「いつかはこうなると思ってたけど……剣柄稽古を思い出すなぁ」

 すぐに距離を詰めて来ないのを確認し、昔を懐かしむように遠い目をするランジリー。

「……負けた方は刃、勝った方は柄で試合」

「木刀だからと言っても下手に食らえば怪我じゃ済まない。強い方は扱い辛い柄で戦って実力の調整を図る実戦稽古だったねぇ、ははは」

「あぁ……俺はずっと、刃だった」

 苦虫を嚙み潰した様な苦しい表情を浮かべるメイトは、愉快そうに笑うランジリーを睨む。

「ははははははははは、はぁ」

 一頻り、まるで友達と遊んだ時の楽しい思い出を噛み締める様に笑ったランジリーは一旦声を区切り、突然、先程までの様子とはまるで違う……冷ややかな表情に。

「何となく想像は付くよ、村の豚共がヴァメフに依頼をしたんだよね?」

 表情一つ変わっただけというのにメイトは蛇に睨まれた蛙の如く緊張した面持ちとなり、短く「あぁ」と返答。彼の頬を伝う一筋の汗がヤバさというものを醸し出している。

「表、何人かまでは分からないけどうちの味方を引付ける為の軍人。メイトは、私の寝起きの悪さを信じて裏から侵入して私を起きない内に拘束か殺害、上と下から私達を一網打尽っていう作戦、かな?」

 声自体は全く変わりなく朗らか。しかし考えは全て的中、メイトは何も答えない。

「ただ」

 一度言葉を区切るランジリー。口角だけが焦らすようにニヤァと上に持ち上げられ不気味。

「人数は山賊狩り如きにそんなに用意されてないだろうけど……ここの裏に、他に仲間が居るでしょ」

 ランジリーが言った瞬間、階下から「いたぞー!」という男の声。



「困りましたねぇ、作戦と違うじゃないですか~」

 言葉とは裏腹に、さほど困ってなさそうな透き通った声。

 ジョーカーは苦しそうに地面でもがく男に一撃を加えて静かにした。もちろん、槍の刃とは逆に丸く作られている取っ手で後頭部を、である。

 すぐに仕留めたのは良いものの、即座にジョーカーの周りには人垣が形成された。その数二十以上。

「こいつは飛び道具じゃなさそうだ、一気に片付けるぞ!」

 どうやら指揮を執っているらしい刈上げ茶髪の人間の男がそう言うと、全員がじりじりとジョーカーに向け距離を詰める。少女だから、と油断している風には誰も見えない。

「ふふふ、それはどうでしょうか?」

 意味ありげの淑やかな笑い。その意味を探る様に距離を詰める足を止めた山賊達は、先程のコリーの射撃の様になるんじゃないかと警戒し、俄かにざわめく。

 その光景を舐めるように見渡したジョーカーは「あははは~、今さら遅いです」と笑いながら天に掌を突き出し、詠唱を始める。

「嵐の断片、波状の大勢を現さん……我が咎を喰らいて力と成せ」

「やばぇ……! 全員逃げろ!!」「魔法使えるのか!?」「しかも強そうじゃん、距離あけろぉぉぉ!」「クッ」

 詠唱の長さは直結して魔術の威力になるものであり、途中で止めてもある程度の威力を発揮する。術者が途中発動を結構する前に攻撃することで魔力を霧散させて発動を中断させることも可能だが、間に合わないと判断した山賊達は一目散に逃げの体勢を取った。

「我に仇成す敵を……」

 山賊の誰もが発動を予期し、地面に蹲る。槍を持っているという事、そしてそれで味方を殴ったという事実だけで近接型だと判断した山賊は頭を抱え、己の浅はかさを後悔。

 しかし、ふと違和感。

 いつまで経っても魔術が発動しない。

「ゲホッ……ック、カハッ!!」

 呻き声、そして苦しそうな咳。詠唱の代わりに聞こえてきたのはそれだった。



「……ック、全部お見通しってか?」

 ジョーカーが見つかったことにあからさまな動揺の色を顔に見せ、ランジリーに剣を向けるメイト。

「さぁ、これ以上の何かがあるなら分からないけどねぇ……さぁメイト? 今日もメイトが刃の役だよ」

 ランジリーは右手で戦斧の刃ぎりぎりの所を掴み、大きく構えを取る事で廊下を塞ぐ。刃の部分が完全にランジリーの体を覆い隠しており、隙が無い。本来は重みを利用した豪快な一撃を打てる代わりに、行動の速さに制限が掛かるはずの戦斧であるが、片手で扱っているところをみると分かる、大前提から違う。

「時間が……無ぇんだよ!」

 いつの間にか劣勢になっている事に危機を感じたメイトはランジリーに向かって愚直にも一直線に駆けだした。本来ならタイミングを合わせられて斬られて終わりなのだが、ランジリーは本当に刃を使わないつもりらしく、戦斧で斬り付けようとはしてこず、

「弱い奴が調子に乗ってんじぇねぇ!」

 メイトの水平切りをしゃがんで躱したランジリーはその体勢のまま足払いをかけてメイトの体勢を崩す。「うわっ」と言ったメイトはバック転の要領で持ち直そうとしたが、ランジリーはその手を返す足で払う。メイトは床に倒れる間際、その背中と床の隙間に戦斧の(みね)を挟み込まれ、その上に落ちた。

「ぶっ飛べこん畜生ー!!」

 開け放たれているログハウスの表側の部屋、扉から一直線上に窓がある。そこに、絶叫するメイトが背中から突っ込んだ。

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ゲフッ!」

 上手くバランスの取れなかったメイトは窓を突き破ってそのまま地面に背中から落ちる。寸前に何とか受け身は取ったかのようにも見えたが受け身程度では二階から落下した衝撃を殺し切れるはずもなく、胸の位置を抱き込んで体を左右、左右に転がして身悶えする。

「死ね」

 二階から斧の持ち手側を下にし、メイト目掛けて急降下するランジリー。何とか薄くだが目を開いていたメイトは身を転がしてそれを避ける。轟音。

 相当な勢いと戦斧の重量を感じさせるその音は、当たっていたら確実に致命傷となっていた事だろう。

「くそ……ったれ」

 メイトは転がった勢いを殺さないまま立ち上がり、剣を構えるが、腕が震えている。

「こいつどうします~? ランジリーさぁん」

「この方が山賊のリーダーですね」

 メイトの背中、ランジリーの首筋にピタリと鉄の感触。

 マクリーとコリーである。二人は二人が二階から落ちてきた際に相手の射線上の死角を取る形で銃を突き付けたのだ。しかしランジリーとメイトは手を挙げる事無く睨み合う。

「マクリー、大丈夫」

「コリー、俺がやる」

 二人の強い芯の通った声色を感じ取ったコリーとマクリーは少しの躊躇いを見せたが、互いに人質のいる状態では仕方が無いと銃を引き、少し後ろに下がった。

 と、同時に発砲。マクリーとコリーはほぼ同等の射撃戦を繰り広げていきながら、森の中へと消えていった。森の中からくぐもった発砲音が何発も鳴り響く。

いつの間にか殆どの山賊の姿が玄関から消えているものの、そんな事には二人とも気付いていないかのように静かに相手との距離を測る様に足を前後に運ぶ姉弟(しまい)

「こうしてると、昔を思い出すねぇ」

 全く気を緩めることなく、緊張感のない声でランジリーは語りかける。

「なぁ、もう止めにしないか」

「はぁ?」

 メイトの言葉にランジリーはこれ以上に無いほど不愉快そうに眼を顰める。

「メイトォ、それは真面目に言ってるの?」

「何か可笑しいか?」

  メイトの真顔を見詰めるランジリーは一瞬メイトと同じ真顔に、そして間髪開けずに笑い始めた。

「思い出せよメイト、お前も本当は憎いんだろ? 軍に入ったのも、村に居続けたら殺しそうだったからだろ?」

 地面に戦斧を突き刺し、愉快そうにゲラゲラと両腕を広げて笑い始めるランジリー。

 その様は、何処か妖艶で、何処か自嘲気味な笑い。


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