第一章 第三話 鞘走る殺意
迫り来る焦げ茶色の肉球と鋭利な爪。
メイトはそれを剣の峰で受け止め、微妙に剣身を体の外側へとズラす事で威力を殺して受け流す。すかさず体勢を崩した熊の様な二足歩行の獣の脇腹へと左拳を覆い被せる形で叩き込んで更に崩し、とどめに左の蹴り。耐え切れずに熊は地面へ倒れ込む。
「メイト中尉、後に下がってください」
誰にも届かずに消え入りそうな小さな声、しかし戦闘に精神を集中させていたメイトの聴覚は通常以上に鋭敏になっており、言葉に従ってバックステップ。間髪入れずに、熊の頭へと黒い槍が突き刺さる。槍の形状は柄と刃の差が何もない、爪楊枝の様な形をしていた。頭蓋を軽々と貫通し、大量に吹き出す赤い鮮血、それは地面、槍、そして槍に跨る様に乗っている少女にも例外なく降り注ぐ。黒の、メイトと同じタイプの体のラインを浮き出している近接に適したタイプの軍服に、胸の位置が僅かに盛り上がっている青髪紅眼の少女、ジョーカーである。腕力では乏しいであろう彼女でも全体重を掛けたこの一撃は頭蓋程度を割るには十分過ぎる威力があるのだ。
少し離れた位置でも戦闘は起きており、コリーとイオスを囲むように数十匹の狼の様な獣が牙を剥いていた。メイトとズボンが血塗れのジョーカーはそちらへ走るが、間に合わない。狼が二人よりも早く一斉にコリーとイオスに走り出した。
コリーは迷わずに前方の狼を二丁拳銃で撃っていく。一匹、二匹、三匹と頭、首、そして顔面に鉛の球を受けて地に力無く落ち、血を吹き出す。しかし狙いは徐々に荒く、足、胴体等に当たり殺し切れていないのが半数以上である。もちろんコリーが撃っているのは完全に視界で把握できている前方の敵のみ、仲間のいる今、下手に後方に撃つことは出来ない。背後から二人に向かって飛び掛かる狼の群れ。
「我が眷属たる灼熱の炎、辺りを払う火の粉となれ……、風圧縮、挟重力固定! 炎渦広盾」
幾何学な、アルファベットにも似た文字で綴られている赤い紅い円形の魔方陣がイオスの足元に出現する。目を瞑って精神を集中させて詠唱を唱え終わったのと一拍遅れ、イオスとコリーの背後に現れたのは一〇メートル四方の炎の壁。しかし迫力とは別に、厚さは僅か五センチ程しかなくダッシュとジャンプの勢いがある狼共を止められるものとは思えない。狼は飛び上がったままそこへ突っ込み、弾き返された。狼が炎に怯えたわけでも、コリーが銃で撃った訳でも――コリーは炎の壁に驚いて振り向いて目を輝かせている――ない、純粋に鉄の壁に当たる様に、しかも炎に身を焼かれながらで弾かれた。しかし、殺傷性はなく、足を止められるほどのダメージも与えてはいないだろう。
「ジョーカー! 左だ!」
「了解です」
壁に弾き飛ばされた一〇匹以上の狼の背や腹を、メイトとジョーカーが斬り付けてその命を奪う。見事で鮮やかな訓練された物と思える連携、戦闘が始まってからの獣、いや魔物達の断末魔の数は数え切れたものではなく、運良く生き残った獣達は文字通り尻尾を振って逃げて行った。
「すまんな、無理言って誘っちまって。新規則とかいうので枠がちょうど少尉分余ってたんだ」
「いえいえ、皆さんとご一緒出来て光栄ですぅ」
森の中、木々に囲まれた細い畦道を歩きながらメイトは隣を歩くジョーカーにすまなさそうに言う。それを聞いたジョーカーは両手の平を胸の位置で左右に振り、本当に楽しそうな微笑をメイト、そして前を歩くイオスとコリーに向ける。
「貴方は槍使いだったのですね、入団試験のときは魔法を使っていたような気がしましたが。それにその歳で武器の収束なんて素晴らしいですね」
「えぇ、魔法も少々心得ていますから。でもイオスさん程の物ではありませんよ」
「何だ、ストーカーか?」
「メイトさん、私が人事管理もしている事を知ってて言ってますよね」
メイトが含み笑い浮かべながら言ってるのを見て、イオスも含み笑いで返す。ジョーカーは体の何処にも槍を持っていない。
「でも戦術の幅が広がるので凄いと思います、私も防御魔法を覚えたいのですが……なかなか」
あはは、と自嘲気味に笑うコリーへ「私もそんな物ですよ~」と、口元を手のひらで覆いながら楽しそうに笑っているジョーカー。会ったのは初めてらしいが二人の放つ雰囲気はもはや同世代の友達といったものであり、魔法の話から料理の話へと、歩いているうちに次々と話が展開していく。
「所でメイトさん、ユーシアへは後どの位ですか? この辺りの地理はそこまで詳しくないもので。三時間以内に着かないと夜営をする事になりますよ」
「……もう少しだ」
一瞬だけ表情を固くしたが、誰かが気付くよりも早くそれを消したメイトはそう答え「そこを左だ」と先頭を歩くイオスに分かれ道の指示を出す。
「あぁ、もう少しだ」
口から出る前に消え入りそうなその呟きも、誰にも聞こえはしなかった。
「着いたか」
途中、獣タイプの魔物が多くなってきた事と道の指示が面倒になったので先頭を歩いていたメイトがそう言ったのは、太陽が西の空に沈みかけて世界を朱く染め始めた頃合いだった。
畦道からある程度踏み固められている道になっており、木々の伐採が目立つようになっていきている、言う所の自然森の終わり。視界が開けた場所に、一つの村が見える。
「風情ある村ですね」
朱い斑雲の下に広がる木造建築式の低い民家と田畑、そして村を横断する河に牧場。丘の上から見下ろすコリーは素直な感想を漏らした。
「つまんねぇの間違いだろ」
メイトはと言うと、ここに近付くにつれて明確にはっきりと機嫌が悪くなっており、吐き捨てるように言い、丘を蛇行する下り坂へ歩を進める。
「どうかしたんですかぁ?」
「別に」
ジョーカーの問い掛けにもこの調子であり、村が原因だというのは誰の目から見ても明らか。村の広さは半径三〇〇から五〇〇程度と小さい。山賊に襲われている割には家や土地に損傷は見受けられない。
「イオス、頼んだものは持ってるよな」
「えぇ、でもあんな物を何に使うんですか?」
何も答えない。ただ黙々と歩き、感情は心に閉じ込めているかの様に顔から一切の表情が消されている。そのメイトの様に圧され、それからは誰も口を開こうとはせずにメイトの後ろへと続く。
村の入り口には見張り役の青年が立っていた。手には鉄製の易そうな剣を握っている、如何にも田舎らしい風貌の筋肉質な男はメイト達の姿を見ると何故か慌てて走り出し、村の中へ。
小さく、だが聞こえる程度の舌打ちをしたメイトは足を速め、門というにはあまりにも質素な針金を巡らしただけの柵の前まで行くとそこで足を止め、
「ヴァ―メイルフルーツ独立軍だ、村長ワクエイルからの依頼で来た!」
と声を張った。メイト以外の三人は村の様子を見て、何かおかしいと感じ、感じたのとほぼ同時に応えに至る。
――村人が居ない。
暫く、立ちっ放しで待っていると村の奥、丁度四人からは民家で死角だった場所から老人がこちらに向かって歩いてくる。齢は七〇代後半だろうか、全ての髪は白髪となり元々の色が何であったのかは定かではなく、ごくごく少ない。顔や綿製の服から覗く肌には皺が深く刻まれており浅黒い。腰が曲がっていて、歩くスピードはかなり遅い。出て来たのは老人だけでは無かった。おおよそ五〇人程度の老若男女、中には半獣人や末天人も混ざっているが、全体的に人間が多い……そして、皆一様に怯えた表情を浮かべている。
「久し、ぶりだの……メイト」
何分も掛けてメイトの前まで近寄り、絞り出すようにしゃがれた声を出す老人。重く弛んだ瞼の隙間から覗く黒い瞳はどこかおぼろげ。
そんな老人に挨拶を返す事無く、短く「依頼内容は」と言うだけに留めるメイト。
「メイト中尉、いくらなんでも無礼が過ぎます」
「いいや、良い……のだ」
メイトの態度に堪らなくなったコリーは詰め寄り、抗議しようとしたがそれを老人が止める。それでも見逃せないらしく「ですがっ」と何かを言おうとしたコリーの肩を、イオスが掴んでメイトから引き離す。
「この村から、東に……げふっ、二キロ辺りの森に、巣食う山賊団の壊滅、じゃ」
「頭領の名前は」
――確信。
メイトはこれまでに無い、まるで老人を視線で射殺そうとしているような鋭い目付きで聞く。後ろに取り巻いていた村人達が皆それを見、直接向けられている訳でもないのに一歩後退りをする程のそれ。しかし老人は臆することなく、はっきりと一言。
「ランジリー=ヴァルター」
と、答えた。剣が鞘走る……鈴虫の鳴き声の様な音が、村の入り口に鳴り響いた。
「まさかあんな事をしでかすとは、流石の私も肝が冷えましたよ」
「……」
4つのベッドの並ぶ狭い個室、窓からは完全に闇に支配された黒が広がっていて、イオス、メイト、コリーがベッドシーツの上に座っていた。三人とも表情が険しい。
二時間前、メイトは『ランジリー=ヴァルター』と老人が言った瞬間、有ろう事かその首目掛けて剣を抜いた。それに逸早く反応したのはイオスであり、無詠唱の風の魔法を手から出してメイトの体を吹き飛ばしたのである。老人に怪我はなく、メイトの行動を咎めはしなかった。その上、何事も無かったかのように四人が今晩泊まる為の宿まで用意してくれたのである。コリーは何も話さない、いや、先程まで今声が枯れるまで激怒していたのだ。
「ここは、貴方の故郷でしたよね」
「お決まりの人事……か」
コリーに張られて赤く腫れる頬を小さく動かして漏らす様に言うメイト。その声色は何処か悲しげな色を含んでいる。
「……何があったのか、話してくれませんか」
「……」
「話してくれないと納得が出来ませんし、貴方の事を軽蔑します」
「……」
冷たく話し掛けるイオスの表情に嘘は無い。メイトは堪える様に口を結ぶ、しかし堪えきれずにクックッと自嘲気味に笑った。
そして、
ゆっくりと、
噛み締めるように、言葉を紡ぎ始めた。
闇を払うための電気の明かりが無い、淡い月明かりだけが頼りの村の片隅、何軒かの民家は明かりが点いているがそれだけでは少女の足元さえ照らせていない。だが、少女はあえてそんな場所を選んだのであり、闇よりも濃い軍服のポケットから小さな複数の何かを取り出しす。
「もう少し……保ってくれないと困るのよ」
息をぜぇぜぇと荒げ、少女はその何かを口の中に放り込み、噛む事無く一気に飲み干した。と、同時に少女は噎せ返り、耐え切れずに地面に膝を屈する。胸の位置に左手を当て、右手は激痛に耐える為か少し湿り気のある地面に爪を立てている。
「ゲホッ……ゴボッ……はぁは……グッ、カハッ!!」
咳は酷く、胸に当てていた手を口に移し押さえるも、それは何の意味もなさずに咳と混ざって出て来た血に汚れるだけだった。地に持って行った手も、地面に染み込んだ大量の血の混ざった砂で汚く塗れ。
「もう少し……せっかく、面白そうな事になって、きてるんだから……」
少女はまた、震える手をポケットに伸ばし、何かを取り出してそれを貪る様に口に入れてまた飲み込んだ。そこでようやく咳は収まり、元通り荒い息だけが口から排出されていく。
何も無い所から漆黒の、まるで爪楊枝の如き槍を取り出した少女はそれに掴まり、杖代わりにしてザクッザクッと歩いていく。村の中心にある細長い河、清流のそれに少女は自身の血で汚れた両手を沈め、綺麗に血を落としていく。そして同じく血でよごれた口元にまで水を掬って洗い流す。流石にうがいはしないらしい。水面を鏡代わりに自身の顔をチェック、どこにも血は付いていないのを確認したスクッと少女は立ち上がり、いつもの調子で、
「さて、詰まらなそうな話は終わりましたかね~」
透き通る響きの良い声でそう言い、普段通りの足取りで歩き出した。手に、槍はもう無い。
昨日のと良く似た、と言うよりは実際昨日と同じ森の一部。朝の六時、朝露を含んだ草木のお蔭で辺りは初夏だというのに結構涼しい。それは暑苦しい軍服姿で歩いている四人にとって幾分嬉しいものであるはずだ。
「早朝に攻めるというのは意外に、夜に襲う事よりも効果的です」
独りでに話し始めるイオス。だがそれは独り言と言うよりは確認、といった感じであり、普段よりも物静かな口調は同時に周囲を警戒している事が分かる。
「ある程度訓練された組織や敵の多い組織では夜襲というのは逆に不利になる事があります。昨日メイトさんが提案した作戦を実行し、最低限の死者で済ませましょう」
事務的に言い、三人が後ろに付いて来ているのを確認したイオスは喋るのを止め、再び前だけを見て歩きだす。
一〇分程度沈黙を貫いて歩き続けていたイオスは、不意に足を止め、手の平を三人に向けて制し、一言。
「どうやら、着いたようですね」
木々が生い茂る、道無き道前方五〇メートル程、一軒の二階建てログハウス。規模は通常の五倍程度あり、一階建てのそれの前には三人の男が立っていた。屈強な筋肉と剣や小振りの斧を手に持つ男達は、出で立ちからある程度の戦闘の訓練を積んでいるのが分かる。
「予想より手練れみたいですが、作戦を変更するほどでは無さそうですね」
辺りの地形や家を確認しつつイオスはそう言った。
「用意は良いですか?」
「はい」
「いつでもどうぞ」
振り向いたイオスに、コリーは少し緊張気味の面持ちで、ジョーカーはいつも通り微笑を浮かべて答えた。だが、メイトだけは黙ったまま。表情は何処か後の無い様な切羽詰まった様に固く。
「メイトさん、宜しいですか?」
「……あぁ」
再度の確認、息を深く大きく吸ったメイトははっきりと応答。表情は相変わらず心配そうな色が見え隠れしているが、瞳には覚悟を決めた鋭い光。
「合図を」
イオスは信頼した柔らかな声色で、コリーは両手に銃を握り目を閉じ、ジョーカーはいつも通りの微笑みを浮かべて空から槍を取り出して、言葉を待つ。
――大丈夫、落ち着け。
こいつらが居れば、大丈夫。
終わらせるんだ、過去ってやつを。
メイトはログハウスを一瞥後、三人に向かって言う。
「作戦、開始」
しっかりと、感情の入った重みのある合図。メイトが言うのと同時に、四人はバラバラの方向へと走る。
コリー、遅れてイオスが三人の山賊に向かって一直線に走駆。森を抜け、視界の開けた庭に出た。
「何だ!? お前達止まれ!」
「紺黒い軍服……?」
「ヴァーメイルフルーツか!」
気付いた山賊達の内二人は武器を構え、もう一人はすぐさま踵を返してログハウスの玄関扉へと走る。だが、一発の銃声と共に、男は意識を失い倒れ込んだ。血は吹き出していない。
「何だ……? ゴム弾――」
倒れた男を見て状況を把握しようとした男も、コリーの銃が撃ち出すゴム弾を眉間に喰らい、後ろへと仰け反ってそのまま最初の男の上へ。
「敵襲ー!! 敵襲ー!!」
――山賊にしてはよく仕込まれていますね、と感想を抱いたイオスは最後の男に向けて風の魔法を放つ。詠唱をしていない魔法は威力があまり高くないものとなるが、虚を突かれた敵の足元を掬い上げる位は容易、男は地面から起こる突風に煽られて体勢を崩し、そのまま後頭部からハウスの木の階段に落ち、昏睡した。
コリーとイオスはログハウスの中には入ろうとせず、入口から二〇メートルくらいの芝生の上で立ち止まった。一瞬の間を開けて、扉から大勢の人が溢れ出す。種族に関係なく皆、見た目は二〇代前後と若く、中には女性も混ざっている。
――黒髪の女性は居ない。
一秒も掛からない内に全員の顔と特徴を把握したコリーは入口に群がる者達に向けて適当に乱射。ゴム弾とは言えども威力は馬鹿に出来るものではなく、一人また一人と何もしないまま倒れていく。
「退け! マクリー早く来い、銃撃戦だぁぁぁぁ!」
入口から出るのを諦めた山賊達は一旦ログハウスの中へ。男達がマクリーという名を呼んでいる、言葉から察するに恐らく銃使いであろう。その隙にコリーは素早い動きで片方の銃の弾倉を抜き取り、もう一方で撃ち続けながら片手だけでズボンのポケットからゴム弾と取り出して器用に弾を積める。
「マクリー=ランパレード推参~!」
扉からひょっこり頭だけ出したのは肩口まである少し癖毛気味の緑髪をしている、尖った長い耳を持った二十歳程度に見える女性、コリーはその頭に向かってすかさず発砲――しかし相手は間一髪のところで「うわっ」と頭を引き、代わりに一メートル程の長く黒い銃身のそこから突き出して発砲した。コリーの物とは格段に違う重く腹の底に響く様な音が森に鳴り響く。
「ック……!」
銃身が見えたのと同時に反射的に飛び退いたコリーの、先程まで立っていた地面が爆ぜた。砂埃さえ上がらない圧倒的な貫通威力、半径五センチほどの穴が作らている。
「まさかあんな物を持っているとは……、コリーさん! 私の盾ではあの貫通力は防げません! 一旦森へ!」
「了解」
イオスはあっさりと自分の魔法の不利を認めて撤退を提案、コリーも分かっていたらしく短く答えて走り出す。上半身だけを振り向かせて、狙う撃ちされるのを防ぐために玄関、特にマクリーの居る側へ重点的に撃ち込みながら木々の後ろへ隠れた。
「うひゃー、相当腕良いよあの女の子」
「行けそうか?」
能天気な調子で笑うマクリーに対し、隣に立つ半獣人の男が心配そうに問い掛ける。
「んー? さぁね、楽勝では無さそうだ……よっと!」
マクリーは扉から飛び出して森へ発砲、だが、身を露わにしているにも関わらずゴム弾は飛んでこない。
「オマケに私の実力も分かったみたいだしね、簡単に餌には釣られてくれないよ。多分一番近い木々のどれかには隠れてると思うんだけど、距離大よそ三〇、あのタイプのハンドガンの射程限界は約五〇メートルだけど、ゴム弾だとそれは半分になる。つまりあの距離から攻撃しても無駄なのさ」
「ん、ん―……お前普段馬鹿なのにこういう事だけは真面目だよな」
「うっせ馬鹿。まぁ、私のアサルトライフルの射程限界は約二〇〇メートル。純粋な銃撃戦だったら私が勝つよ」
マクリーの強気な言葉に山賊達は「おぉぉ!」と歓声を上げる。「だけどね」と釘を刺す様に言うマクリー、声は軽いが目は真剣そのもの。
「これは銃撃戦じゃない、あっちには頭の良さそうな魔術師さんが居たからね」
連続する軽快な銃声が響いてくる中、メイトとジョーカーはログハウスの丁度裏側に居た。
「よし、一階には窓が無ぇ……行ける」
「本当に行くんですか? いくらメイトさんでも危険だと思いますよぉ?」
心配そうにメイトの顔を見上げるジョーカー。
「それを言うならお前もだろ」
「私の場合は攪乱なので、頃合いを見計らって逃げますよ」
「はは、そうしろ。それで十分過ぎるだろうしな」
ジョーカーの言葉に久しぶりの笑顔をこぼしたメイトはログハウスの二階、窓の並ぶ壁を見つめる。
「そろそろ出してくれ」
「分かりました」
メイトは笑顔を消し、再び緊張感のある面持ちでジョーカーに言った。了解したジョーカーはまるで手品師の様に腕を振る素振りだけで一瞬にして昨日使っていた柄刃一体の槍を取り出す。
「装備の召喚ってやっぱ便利だな、俺にも今度教えてくれよ」
「はい、基地に帰ったら適当に教えます」
適当かよ、と呆れる様に言うメイトに、悪戯のバレた子供の様にクスクスと笑ったジョーカーは二メートル以上はあるその槍をログハウスの壁に立て掛けた。軽い金属で造られているらしいその槍をメイトは片手で向きを微調整し、
「じゃあ行ってくる」
と言って槍に飛び乗り、更にそこで飛翔、垂直の壁を擦るように一回だけ蹴って微妙に距離を稼ぎ、二階の窓枠にぶら下がった。
「助けてほしい時の言葉は何でしたっけ?」
「バーカ、そんなの無ぇよ」
――緊張感の無い奴だ。まるで緊張してる俺の方が馬鹿みたいじゃないか。
下から冗談っぽく言うジョーカーに向かい、一瞬だけまた顔を緩ませたメイトは窓枠を掴む指にグッと力を入れて懸垂の要領で体を持ち上げ、剣の柄で思い切り窓を割った。
「行ってらっしゃい」
最後のジョーカーが言った言葉を聞き取れていないのか、メイトはガラスの鋭利を柄で丸くしていき、部屋の中へ飛び込んだ。
「よっと」
四畳程度の狭い個室。散らかった毛布が三枚並べられているだけの所を見ると、どうやら寝室としてしか使っていないらしい。
「誰だ――ッカハ」
「っぶねぇ……」
窓の割れる音に反応したらしき男が、部屋の扉を開けた刹那昏倒。
――そこまで大きな音は立てない様にしたんだが、流石……調教はしてるんだな。
というより、色んな人種が居るな、手強そうだ。
足音に反応していたメイトは、男の眉間を殴り付けた剣の柄を引き、倒れ掛かってきた末天人の男を受け止め、ゆっくり床に倒した。
「行くか……」