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第二章 一話 竜と十



 石造りのとある一室、ちょっとした宴会なら余裕を持って開けるであろう場所に、多種多様な防具や武器を装備した者達が集結していた。

 その数は五〇を超えており、男女の割合は八:二程度。ちらほらと半獣人や末天人の姿も見えるが、圧倒的に人間の方が多い。

 一見バーの様にも見受けられるが部屋の左面にあるカウンターに店主らしき人物は居らず、棚に並べられた紫色の果実酒の瓶やオレンジジュースの瓶等を皆好き好きに手に取り、部屋に備え付けられている何十組かの丸机の上に置いて楽しげにそれぞれの談話を繰り広げている。

「クラド隊長」

 そんな賑やかな部屋の片隅、オレンジジュースの瓶とそれを注いだ二つのグラスが載った机に二人の末天人が腰掛けていた。

 その片方は綺麗な銀色の軽鎧を身に纏い、金髪を黒いヘアピンで留め、左右の髪を貫くように上に向かう尖耳を持つ騎士、クラドである。

「どうかしたか、もしかして……もう次の仕事でも入ったのか? 朱雀」

「いえ、そうでは有りません」

 クラドの向かいに座る、彼と同じく二十歳前後の女性が赤い長髪を揺らしながら静かに首を振った。垂れ耳の朱雀と呼ばれた女は、鎧ではなく、厚手でボタンの多い慇懃な黒い制服を着ている。室内には帆かに五・六人程同じ服装の者が居り、全員腰や背中に銃器を装備しているものの、朱雀は特に何かを持っている様子は無い。やや丈が長めに誂えられた上着に半分くらい隠れているズボンというのは見ていて若干暑苦しくも感じる。

「最近の騎士団……いえ、帝国は少し暴力的では有りませんか?」

 声量を抑える朱雀の意思の強そうな紅蓮の瞳が真っ直ぐとクラドを射抜く。

 しかし、クラドは何食わぬ涼しい顔でそれを返す。

「珍しいな、お前が帝国に対して不信を抱くなんて」

「不信、というものではありません。ただ、少し何かを焦っているような感じがするだけです」

「仮に何かを焦っていたとしても、それが結果的に善の支えになるなら僕は構わない」

「一昨日、廃墟に溜まっていたならず者達が、実際にはまだ何も事を起こしてなかったとしてもですか?」

 朱雀の少しだけ語尾が強まった言葉を聞いたクラドは、話を一旦中断するかのようにオレンジジュースが入ったグラスに手を伸ばし、それを飲んだ。

 半分くらい入っていたそれは一気に飲み干され、中に入っていた少量の氷が互いにぶつかり合ってカランと小さく二人の耳に響く。

「それが義の為なら、な」

「それでもっ――」

 クラドの言葉に異を唱えようと朱雀が立ち上がったのと同時に、バタンと大きな音を立てて勢い良く部屋の扉が開いた。

 室内に居る全員の視線はそこへ集まり、そしてそこに立つ者を見た瞬間、誰もが息を飲んだ。

「十番隊隊長、クラド=チビィ並びに副隊長、合間館 朱雀は此処に居ますね?」

 清涼の中に含まれる威圧を感じさせる静かな物言い、首筋を覆うように伸びる白髪と猫の様な金色の瞳。周りの騎士や銃士とは違い、防御もへったくれもない普通の黒のワンピースを纏っている。

 しかし、人々の畏怖を招いているのはそんなものではなく、背中に生えている竜を思わせる立派な翼であった。鋭利な翼爪に黄土色の表皮の内側に張り付く緑の翼膜の生々しさが、それが模造の類で無い事を訴えている。

「御呼びですかね、一番隊隊長ラバレル=ソクラス=キルディア=ライン=ラハールさん」

「お勤めご苦労様です」

 人込みを掻き分けて、クラドと朱雀がラバレルの前に立った。

 朱雀はラバレルよりも長身であるが、クラドは同じ位であり、傍から見ると保護者と子供の様にも捉える事が出来そうだ。

「用件は二つあります。一つは十番隊が過度に摂取している酒類の超過予算について」

 ラバレルの言葉を聞いた瞬間、クラドはジロリと背後に立っている自分の部下達を睨む。

 騎士達はバツが悪そうに顔を反らしたり、私はオレンジジュースなので、とアピールするように瓶を掲げる者もいる。

「そしてもう一つは、次回の任務についてのお話です。詳しい内容は私も存じておりませんので、共に団長室まで来るようにとの事です」

「わざわざ隊長が来るって事は、初めての合同任務か?」

「それも含めて話されると思います」

 クラドの言葉を返したラバレルは「では」と短く言って踵を返した。

 話から察するところ付いて来いって意味合いだろう、とクラドは判断し、朱雀に視線を送って顎でラバレルを指す。

 朱雀も同じことを考えており、何の躊躇いも無くラバレルの後を追って歩き出した。

「お前等、帰ってきたら楽しい会議をしようか」

 部屋に残る者達を鋭い目付きで睨み付け、押し殺した声で呟いた後、クラドもその場を後にする。

 残った隊員達は皆、紅潮した頬を一気に青褪めさせ、慌てふためいて酒瓶にコルクで栓をするのだが、それで何かが変わる訳でもなくただただ「やっちまった」とお互いの肩を慰め合うのだった。




 先行するラバレルに続き、クラドと朱雀は広い建物の廊下を迷う事無く突き進む。

 全面石造りというのは火攻めの対策なのだろうか、何にせよ感覚を開けて天井に並ぶ綺麗に手入れされている電灯や曇り一つ無く昼の陽射しを城内に迎える大窓が石造りの外見と相俟って高級さを醸し出している。その窓の向こうには貧富の差が余り無さそうな治安の良い町が広がっており、三人の居る騎士団本部と同じく石造りやレンガ造りの民家が多く見受けられる。

 通り過ぎる者は皆、三人の邪魔にならないように端に退くか、軽く手を挙げて会釈を交わすかの二択だ。

 そんな場所を暫く歩いていると、ラバレルは一つの両開きの木扉の前で足を止めた。

「私から先に入りますが、宜しいですか?」

「あぁ、気にしないでくれ」

 ラバレルの社交的な言葉を軽く手をひらひらと振って応えるクラド。

 言葉通りにラバレルは扉を三回だけノックし、中から「入ってくれて構わんぞ」という年配の男声が聞こえてくるのと同時に扉を押し開けた。

 バタンという大きな音が、ラバレルの「失礼します」という声を掻き消す。

「はは、もう少し静かに扉を開けられないのかね」

「力の加減が難しくて、申し訳ありませんでした騎士団長」

「あぁ、いや、老人の小言と聞き流してくれて良いんだ」

 若干呆れ気味な声が、部屋の奥から三人に届く。

 長机を挟んだ二対の革製のソファーに、部屋全体に広がるふかふかとした赤い絨毯。その真ん中の位置には、三角形を三つ掛け合わし中心に大きく桜という花が描かれたエンブレムが刻まれている。

「一番隊ラバレル、十番隊クラド及び朱雀参りました」

「掛けてくれ」

 樹を浮き彫りした机に座る白髪の団長に向かい、三人は敬礼をした。紺碧のカーディガンを羽織り、下にスーツの様な制服を着ている老人は皺が刻まれた顔に柔和な笑みを浮かべて手の平をソファーに向ける。

『失礼します!』

 三人は入り口で老人に背筋を伸ばして敬礼をし、一番位の低い朱雀が扉を静かに閉めたのを確認してからソファーに歩み寄り、隊別に分かれる形で腰を下ろした。

「さて、あまり長々と老人の与太話をするのも忍びない。早々に本題に入って構わんかね?」

 団長は机の上で手を組みながら三人に問い掛ける。

 三人とも異論は無いらしく無言で応じ、団長は一呼吸置いてから言葉を続けた。

「実は先程、帝国からの使いの者が直接此処に任務を言い伝えに来てな、その任を十番隊及び一番隊隊長ラバレル君に頼みたいのだ」

「……? 僕達十番隊と一番隊の合同任務という訳でしょうか?」

 団長の言葉をクラドは疑問に思い、言葉の捉え間違えかと考え聞き直した。

「いや、十番隊は全隊員で之に当たってもらうが、同伴としてラバレル君単独にも出てもらう」

「ふむ……僕達だけでは心許ないという訳ですね。明日は確か二番隊と四番隊も任務が有るはず。六番隊は長期戦線に臨んでいる為に此処には居ない。戦闘に著しく特化した一番隊全員を動員してしまえば本部戦力が手薄になる、と」

「クラド隊長……」

 余程珍しい事なのだろうか、自分達を甘く見られたと思ったクラドは表情にこそ出してはいないが、言葉に明白な嫌悪を含ませて団長に投げかけた。朱雀はそんなクラドを咎めるか、それとも賛同するか迷い、結局は口を開くことなく団長にどっち付かずな視線を送る。

「いや、そうではない。ただ今回は少し異例なだけだ」

「異例、と申しますと?」

「君は、数回に渡ってヴェーメイルフルーツとの義半戦闘を行った事があるね?」

 義半戦闘というのは互いに正しきがある場合に特例として認められる、どちらが如何様な損害を受けてもその場限りの対立として水に流す、トクオリア大陸憲法で定められている戦闘である。

 ヴァーメイルフルーツという単語を耳にした瞬間、クラドの脳裏にとある黒髪の少年の姿が思い浮かぶも、クラドは小さく首を振ってそれを掻き消し、短く「はい」とだけ肯定を示した。

「実は今回の任務は義半戦闘が認められるパターンでな、出てくるのはもちろんヴァーメイルの部隊なのだ」

「確かに義半戦闘が起こるかもしれないというのは任務の難易度を飛躍的に上げる事になりますが、それにラバレル隊長の同伴がどう関係するのですか?」

「……あちらからも出るのですね」

 クラドの言葉に続いて口を開いたのは、ずっと黙り込んでいたラバレルだった。

「あぁ、その可能性が非常に高い。なにせ任務地は君の仮の故郷でもあった末天人の村、バリアンテなのでな」

「遂に、帝国は回収を判断したのですか。しかも義半戦闘という事はバリアンテの同意が無い故に」

「その通りだ」

 団長とラバレルのみで構成される会話、疑問を持っていたクラドにしては訳の分からない答えであり、当然口を挟む。

「僕にも分かりやすく言って貰いたいですね」

「あぁ、すまない。任務の内容から話そう、今回君達にして貰いたいのはどの国家にも属していないバリアンテにある秘法と呼ばれるものの回収だ」

「秘法?」

「正式名称 〝空〟 は知っているね?」

 団長の言葉に、クラドは口元を手で覆い眉根を顰めながら言葉を紡いでいく。

「空……、確か四大増幅器の一つで……周囲の魔力源を増幅させる効果、でしたか」

「ご名答。それがバリアンテに奉られていてね、先のフォーリー戦争の間接的な引き金にもなった物だ」

「それを今更、回収すると?」

「そうだ。長年放置に近い状態であったが、戦争を境にこの大陸全体が形状とはいえ合衆国として動くことになった今、どの国が所持してても良い訳なのだが、戦争に参加していなかった我がヴァミル帝国が四大増幅器所持国になることが決まったのだ。だが――」

「確か、増幅器はそれぞれ無国籍の地域並びに部族が保有しているので如何に国家と言えども強制的な回収は出来ないはずなのでは?」

 朱雀の言葉に、団長は皺寄った顔に更に苦悩の皺を寄せ、深く頷いた。

「なるほど……それほど強固な守りの無い場所に放置しておくといつ何時、不安因子に強奪されるか分からないので回収に乗り出した、と」

「その通りだクラド君、そして予め通告を受けたバリアンテは独立軍に護衛の依頼をしたらしい」

「概要は分かりました。して、ヴァーメイルとの戦闘に九割以上の勝利を収めている十番隊に何故彼女が?」

 クラドは話題を最初の質問に戻し、無表情で長机の木目を見詰めているラバレルにチラリと視線を向け、再び、苦しげな表情をする団長へと目を戻した。


 その後、クラドに言い渡された答えは彼を納得させるには十分すぎるものであり……

 ……彼は、今までの義半戦争とは全く違うものになると顔に冷や汗を伝わせる事になるのだった。


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