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第一章 第八話 決着の其

 皮膚が避け、最初の一吹きだけ爽快に、後にちろちろと血が垂れる。

 痛みよりも驚愕に思考を占領されたランジリーは思わず後ろに飛ぶ。

 まるで腕だけ別の生き物のように剣を振り抜いた後、再び腕は地面に力無く落ちる。

「死んだふりなんて……姑息な手を使うようになったなメイト」

 ランジリーは不愉快に顔を顰め、腹から垂れる血を手に平で拭い、ひらひらと手を振って血を落とす。

 傷の浅さが幸いしてそれ以上はあまり血が出そうにはない。

「……」

「あぁ? まだ続ける気? 何回も同じ手には……」

「本当に彼は気を失っていますよ」

 何も語らないメイトに戦斧を構えて物差しのように伸ばして攻撃範囲を測るランジリーに、ログハウスの柱に腕組みをして寄り掛かるイオスが口を利く。

「はぁ……? それなら何でアタイに斬りかかれるっていうのさ」

「んー、生存本能ってやつでしょうか? それも獣以上の」

「生存……本能?」

「えぇ、竜に恐れる人間が造り出した生への執念……といえば聞こえも良いでしょうが。ただ敵意にだけ反応して無意識に腕を振ってるだけですよ」

 ハハハハハ、と乾いた声で笑うイオス。

 ――そんな事が出来るはずが、やっぱり死んだふりとしか……でも。

 現実的ではない話、そんな事を素直に信じる者なんて居ないだろう。だが、メイトと共に稽古を積み、母の誇りを受け継いだ弟というのを考え始めると話は別になる。

「ん……あぁ…………くそ」

 俯せのメイトから苦しげな呻きが漏れた。

「また、気ぃ失いかけてたか」

 地面に震える腕を突き立ててゆっくりと体を起こすメイト。

 視界がぼやけるのか、頭をぶんぶんと左右に振る。

「いいえ、がっつり気絶してましたよメイトさん」

「……イオス?」

 明朗に突っ込みを入れるイオスの存在に気が付いたメイトは、すぐ隣に転がっていた愛剣を掴み、不機嫌そうに眉根を寄せ、視線をイオスに流す。

「気絶してただとぉ? ……なら何で死んでないんだよ、馬鹿かお前は」

「馬鹿とは心外ですね、事実を言っただけですが。それよりも戦闘中じゃないんですか?」

「うぉっ!」

 すっかりランジリーの存在を失念してイオスに噛み付いていたメイトの瞳が、寸前の所でランジリーの横薙ぎの戦斧を捉え、それを躱す。

「ん? イオス、お前まさか手ぇ出したんじゃないだろうな」

「はい?」

「何で姉貴の腹がかっ裂かれてるんだよ!」

「私は何もしていませんよ」

 ふらつく足でなんとか後方に下がって距離を取ったメイトは再びイオスに睨みかかる。

「絶対に何があっても手を出すな、絶対だぞ」

「それはもう、心得ていますよ」

 人差し指を真っ直ぐに突出して念押しをするメイトに、イオスはやれやれと首を振って溜息。

「お前……、本当に気絶してたのか」

「はぁ? だから、してたら姉貴は殺してるだろ、何言ってるんだよ」

 衝撃の事実に目を丸めるランジリー。

 しかし、メイトは理解出来ずに剣を右手で上段に構えつつ、「いや、してねぇよ」と答える。

「あはははは、そうかそうか。なぁ、メイト」

「何だ」

「そろそろ、終わりにしようか」

 遊んでいると暗くなってきたから今日はそろそろお開きにしよう、といったニュアンスにも感じ取れる軽い流れ。

 メイトは一瞬間を置き、言った。

「そうだな」

 ランジリーとメイトの纏う気配が瞬時に色を変える。

 それまでの戦闘が、まるで準備体操か何かだと言わんばかりの闘気。

 息を吸う隙すら惜しむ、一触即発のそれ。

「マジニフェント――」

 戦斧を一旦地面に突き刺し、自分の豊満な体付きを抱きしめて蹲るように体を丸くするランジリー。

赤い瞳が、鮮血を塗りたくったように更に紅く……口から洩れる吐息は何かを我慢しているように固い。

「――インストォォォォル!!」

 空気が、重力が何倍にも膨れ上がったかのような錯覚。

 ランジリーは指の関節をバキバキと鳴らし、大きく手足を広げた。

 火山の噴火、隕石の落下……それら全てを形容できる圧倒的な威圧感。

 メイトの髪を、肌を刺す様な空気が撫で抜ける。

 魔力と思われる朱い、湯気も見えるものがランジリーの全身から噴き出している。

「蘭華A」

 そんな嵐の奔流を思わせる中、清流を彷彿とさせられる静かで落ち着いた声色で呟いたメイトが剣を自身の目の前で横に構え、刀身の上をスーっと指でなぞる。

 ――ジジッ……ジジジジジジジジジッ。

 指が通った軌跡に、青白い光。

 振り下ろされた剣は、もはや剣ではない何か。

 茶色い柄から延びるのは、まさに圧縮された(いかずち)そのものであり、妖艶に輝く刃はあまりにも眩く、抑えきれていない電圧は威力を誇示するかのように刀身の線上を迸る。

 無言で、地面から戦斧を引き抜いたランジリーの姿が忽然と、消える。

「ック」

 メイトは横に飛び退き、同時に雷剣で元居た場所を薙ぐ。

 赤い閃光と青の閃光が弾け合う。

「ふーん、見えるのか」

「あぁ、ギリギリなんとかな」

「成長したな」

 ランジリーは片手で持ち上げる戦斧の柄でガードした雷剣を瞬時に払い除けた。

 僅かに鼻腔を(くすぐ)る、焦げた匂い。

 柄から手へと這った雷がランジリーの皮膚を焼いたのだ。

 長く触れていれば焼き殺される、ランジリーは雷剣の脅威を肌で感じ取った。

「ラァァァ!」

 いつの間にか振り上げられて、瞬く間に振り下ろされる戦斧。戦斧がまるで重さの無い紙切れの如く連続で地面へと叩き付けられ、以前とは比べ物にならない程に土を深く抉り取る。悲鳴を上げる戦斧。

 その狂気の全てを紙一重で避けるメイト、隙を見て反撃したいところだが大振りなのに隙は皆無、避ける事しか出来ない。喰らうと体は簡単に引き裂かれるであろう、受け止めてしまうと雷がランジリーを焼くよりも早く叩き折られてしまうであろう。どうしようもなく見える一方的な攻撃。

「避けるのが! 精一杯! っか!?」

 余裕の笑みさえ浮かべているランジリーは更に何発も何発も休む事無く戦斧を振り下ろす。

「いや、そんな事もないんだなこれが」

「残念、もう何をするにしても無理みたいだよ」

 避け続けるメイトの後ろには庭の終わりを告げる木の森、逃げ場を失った。

 ランジリーはトドメと言わんばかりに一拍の溜めの後、体ごと戦斧を回して野球のバッティングのように目の前を振り抜いた。

 逆らいようのない質量に何も出来ずに切り裂かれたのは、一本の木。

 メイトの姿は無い。

「終わりだ、姉貴」

 倒れ掛かる木、その上方、傾く足場にメイトは両足を揃えていた。

「何……だって」

 声に気付いたランジリーは無理矢理に戦斧を引き戻す。

 豪快な遠心力が付加されたそれ、引き戻すには若干の時間を要した。

 僅かに、間に合わない。

「喰らいやがれぇぇぇぇぇぇ!!」

 蹴り上げられる木の幹、木っ端が舞い、一筋の雷が走る。


 メイトの雷剣による突きは、ランジリーを貫いた。


 香ばしくも焦げ臭い、肉の焼ける臭い。

地に墜ちる戦斧、地面に墜ちたと同時に、それはバラバラを硝子が割れる様に独りでに砕け散った。

 酷使に耐え切れなかったのか、はたまた主人の後を追ったのかは分からないが、もう使い物にはならない。

 しかし、主人はまだ生きているのだが。

「……なーんて、残念外れ」

「だろうと思ったよ」

 メイトの体は、バネ、ゴミ屑のように弾け飛ぶ。

 それはそれは豪快に、土埃を巻き上げるだけ巻き上げ、水切り石の如く地面を水平に転がっては飛び、ログハウスの端の脚柱に激突して、ようやく止まった。

 ランジリーは脇に挟み込まれた雷剣を手に取る。

 どうやら直接メイトが魔力を送り続けていたらしい雷剣の煌めきは時間が経つ毎に弱まり、暫くするとただの剣の色へと戻った。

 左の二の腕と胸回りが黒く焦げているランジリーはそこを優しく擦る、どうやら内部まではまだ壊死していないらしく肌がぼろぼろと剥がれ落ちたりはしない。

「はぁ……」

 精根尽きた様子のランジリーからは朱い魔力の噴出が収まり、瞳の色も元の赤に戻る。

 途端に力が抜けたように足を折って倒れかけるが、剣を地面に突き刺す事でなんとか踏ん張り、メイトの元へと歩み寄る。

「カハッ、ゲホッゲホッ」

 メイトは腹を抱え込んで咳き込んだ。吐血、土色が瞬く間に赤黒く染まる。

意識は有り、眼も開いてはいるがとても戦える状況では無さそうだ。

 にも関わらず、柱に手を伸ばし、すがる。足を奮い立たせて寄り掛かりながらも、その場に立ち上がった。

 眼の色は死んでいない、飽くまで戦いを続行するという意思が宿っている。

「どうした姉貴、あの技はまだ未完成なのか? 勝負を急ぐなんてらしくないじゃないか、ふらふらだぞ、手を貸そうか」

 余裕の無い笑みを浮かべて減らず口を叩くメイト。

「いつの間にか電気マッサージでも受けてたのかな、若干眠たいよ」

 同じく死々累々の様子で剣を杖代わりにし、ランジリーはメイトに笑い掛けた。

 お互い、武器なんて使わずとも一発小突かれるだけで倒れてしまいそうな程衰弱しているのが分かる。

「剣を握るのなんて久しぶりだけど、やっぱり馴染むなぁ」

「欲しけりゃやるよ、二年使い続けた俺の相棒で切れ味も良いぞ。特に、死にかけのやつを斬るのなんて造作も無い」

「あー、良いね。せっかく弟からプレゼント貰ったんだし、早速試し切りでもするかな」

「……蘭、華P」

 メイトの両拳の甲を覆うように、青く薄い電気の壁が出現した。しかしそれは余りにも魔法としての体裁を整えていないおぼろげなもので、今にも消えそうである。

 決着真近、誰の目から見ても明らか。

 そして最初に動いたのは、メイトだった。

 重くスピード感の無い足取り、だがメイトは悲鳴を上げる足腰に鞭を打って走る。

「拳闘なんて出来るのか?」

「出来るさ、毎日見てるからな」

「馬鹿だな、拳闘のことはそこまで詳しくないけど――」

 ラソキララの顔が一瞬だけ浮かび、口元に薄い自嘲を浮かべつつメイトは直進する。

「左右の揺さぶりってのは必要ないのか?」

 走るだけが精一杯であるメイトに対しては無理な注文。

 距離一寸、ランジリーの突きがメイトの顔面に向かって放たれた。

 甲の蘭華で払う。半物質となった雷は剣に牙を迸らせつつ剣を弾こうとするも、淡い魔法はそれを拒みきれはしなかった。

「ッグ……ァ」

 花が蹴散らされるように、蘭華の障壁は剣に貫かれて粉々に粉砕された。

 左手の甲から腕の関節にかけて溢れ出す鮮血。

 深く深くメイトの肉を抉る剣は、止め処無く吹き出す主人の血を刀身に塗りたくる。

「やっぱ、耐電性の剣だよね」

 ランジリーは更に二発、三発とメイトの体を斬り付ける。

 一方的な暴力。

 躱そうとするも体力がもう無いメイトはそれを何とかズラす事しか出来ない。

 太腿、頬、肩口から脇腹にかけて大きく斬り抜かれる。

「悪く思うなよメイト、アタイに勝てるはずなんてないのに……思い上がって此処に来たお前が悪い」

 体中の至る所から流れ出る血、直前で身を引くなどの対処をしていたメイトも、激闘の疲れ、出血の多さ、ダメージの大きさ……、そして最後に左肩口を剣に貫かれて遂に足を折った。


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