過去アルバム~6枚目~
今日、瀬奈と会ってから家に帰った優輝はいつになく暗い朱音の顔を見た。
「か、母さん・・・。どうしたんだよ、その顔・・・」
リビングに入っていくとソファーには父まで座っている。
いつもは遅いのに、と首を傾げた優輝に朱音が話しかけた。
「優輝。ちょっといい?大事な話があるの」
「うん。別にいいけど」
「実は――――」
その事を聞いた夜、優輝は不安と怒りと虚しさが入り混じった思いで、
一睡もできなかった。
このことを瀬奈に言ったほうがいいのか―――――。
まだ子供な優輝には分からなかった。
☆―☆―☆
次の日。
「・・・・・」
瀬奈とバスケコートで落ち合う時間になっても、優輝は固まったように動けなかった。
「優輝、私だってあんなこと言いたかったわけじゃないのよ・・・。
まだここには引っ越してきたばかりなのに・・・」
「分かってるよ、ただ、ね・・・」
「瀬奈ちゃんと別れるのがイヤだってことね」
「・・・・・。それはそうだけど」
「引き離したいわけじゃないのよ、私だって」
「分かってるって・・・」
優輝は失望のあまり怒ることもできなかった。
ただ、悲しくて、心にもの凄く大きい穴が開いたようで、
出血しているようで、体全体、精神まで蟲ばれていくようで。
ピーンポーン。
「はい」
朱音がドアを開けると、瀬奈がそこにいた。
誰かを探しているように、部屋の中をのぞきかねないような面持ちだ。
朱音がすぐに悟り、優輝を呼び出した。
「優輝。瀬奈ちゃん」
「・・・ん、今行く」
優輝は玄関へ行き、靴を履いた。上から瀬奈の声が降ってくる。
「どうしたの?遅れて。私てっきりまた風邪引いたとばかり・・・」
その質問を優輝は笑いで軽く流して、瀬奈の前を歩いた。
言うべきか、言わないべきか――――――。
優輝はまだ迷っていた。
するとまもなくコートに着き、バスケボールを取り出した。
黙って行くのも、悪い事だ。言おう。優輝はそう腹を決めて、
ベンチに座っている瀬奈の隣に腰掛けて、口調が強張らないように心がけて
瀬奈に話しかけた。
「瀬奈・・・。話があるんだけど」
「んー?何ー?」
「あのさ・・・。怒らないで聞いてほしいんだけどね・・・」
「何?もったいぶらずに言ってよ。怒らないから」
「転校・・・・・することになった・・・・・」
「・・・・・え?」
その一言は雷のように瀬奈を打ちのめした。今自分が聞いた事は本当なのか、
もう一度優輝に確かめる。
「今、なんて?」
「転校する、って言った」
聞いたことが本当だったから、瀬奈はさらにショックを受けた。
言いたいことはたくさんあるのに、口がパクパクするだけで、妥当する言葉が
出てこない。やっとの思いで、
「・・・どうして?」
の一言だけ言った。言えなかった。
きっと後もう一言言えば、自分は悪くも無い優輝を責めてしまう。
一気に責めて許さなくなるだろう。瀬奈はそのことさえ感じて、
一言しか言わなかったのである。彼を責めたくは無かったから。
「お父さんが仕事で転勤になったんだ。それでお母さんが単身赴任は
嫌だって・・・・・」
「行くの?」
瀬奈の声は今にも壊れそうなほど酷く揺れていた。
自分が瀬奈をこうさせてしまったのだと思うと、自責の念に駆られる。
「俺だって認めたくはないよ。でも、行かなきゃならないんだ」
優輝は自分が瀬奈に冷たい行動をとっているような気がしてならない。
その予感が当たり、瀬奈は優輝が自分のことを何とも思ってくれていない
ということが口調からして取れたのである。
「優輝・・・。悲しくないの?」
瀬奈は優輝の心に思い切り刺すような一言を放った。
「悲しい、か・・・。悲しいに決まってんだろ。当たり前のようなこと言うなよ」
「ごめん・・・」
瀬奈はさっきの口調が嘘だったのだと思いなおした。
そして、本音が零れ出た。
「行かないで欲しいのに・・・・・」
優輝は隣で必死に涙を堪えている瀬奈を見た。
「俺だって、行きたくない・・・」
好きな人と、離れてしまう。それも一生会えなくなるかも、なのに。
「どこに行くの?」
「北海道」
「え、一番遠いところじゃない・・・」
瀬奈の声が焦りを帯びる。
二人が住んでいるのは長崎で、北海道は思いっきり遠いのだ。
「遠距離恋愛・・・?」
優輝が呟いた。
「そういうことだろうね」
瀬奈も呟く。
「どうして私達ってこうなの・・・?」
瀬奈が不安丸出しの声で言う。
「もう、ずっと会えないかもしれないな」
優輝は目を瞑って言った。
「でも、私は優輝のこと忘れないよ。というかずっと優輝のこと好きだもん」
瀬奈がちょっと光が見えるような声で言った。
「俺も、瀬奈のことだけ、ずっと想ってる。他の奴なんか、好きにならない」
「本当に?」
「もちろんだよ。俺は、瀬奈しか好きになれないし」
「私も。私も優輝しか想えない。ずっと、ずっと」
「約束しよう」
優輝が小指を出す。
「またいつかどこかで逢おうって」
優輝が続け、瀬奈も頷き、小指を出した。
「「ゆーびきーりげーんまーんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」」
それはまだ、小学生の二人の小さな、小さな、約束。
というか北海道から遠いのは沖縄じゃない・・・?ってことはいいんです。
二人が遠いってことをわかってくれれば。