第九十九話 元凶
世界には強者と弱者がいる。
周囲の強者に虐げられていた頃、気付いた。
強者は弱者を支配し続ける。
弱者である自分は奴隷のように従うしかなかった。
弱者がそれに逆らうことは赦されない。
自分が実は強者であることに気付いたのは、その数年後のことだった。
「一体どこにいるの、お兄様ー!」
「馬鹿騒ぐな! さっきもそれで余計な奴らの相手をする羽目になったじゃねえか!」
「………」
喧嘩をするアスモデウスとサタンをルシファーは冷めた目で見ていた。
見つからないからと騒ぐアスモデウスも馬鹿なら、それを注意する為に叫んでいるサタンも馬鹿だ。
大体、何でこの場に自分がいるのか。
研究所から脱出し、行く場所もなかったので不本意ながらマモンについて行ったのが失敗だった。
特に干渉もしたくなかったので流れに身を任せていたら、ベルフェゴールを救出するだと?
馬鹿を言え、捕まった所であいつがどうにかなるか。
私の力を受けても、びくともしない化け物だぞ、アイツは。
何年か前に初めて会った時もそうだった。
どれだけ攻撃しても、死なず、こちらが体力切れで倒れた。
アレ以来、復讐を誓っていたが、物理的なダメージが通らないことは確認済みだ。
「ルシファーはどう思う? お兄様どこにいるのかしら?」
「ん?…ああ…」
(そのお兄さんを殺す手段を考えていた所だ)
面倒なことになりそうなので口には出さなかった。
救出対象殺す方法を考えながら探すというのも変な話だが、アイツは信用ならない。
確かにアイツについてきて、望んだように聖痕は強化されたが、アイツの目的が見えない。
ベルゼブブの件もある。
私達のことを何かの計画に使おうとしているのは明らかだ。
だが、気になるのはアスモデウスを助ける為に捕まったという事実。
アイツは何を考えている?
「…あ!」
アスモデウスが叫んだ。
視線の先には壁に貼られた本部の地図。
「聖痕研究施設…! この先みたいよ!」
アスモデウスが言った場所は、堕天使が支配していると思われる場所だった。
一般の隙間の神の入ることが許されない、非人道的な実験を行うには最適な場所。
恐らく、実験材料として捕えられたベルフェゴールもそこにいることだろう。
色々と気になることがあるが、奴に出会ってから聞けばいいか。
どうせ、もうじき会いたくなくとも会うことになるのだから…
「…ん? なあ、何か変な臭いしないか?」
「臭い?」
突然の言葉に、ルシファーは首を傾げた。
…確かに何か臭う。
刺激臭と言う程、鼻をつく臭いでもなかったから、言われるまで気付かなかった。
これは…?
「ようこそ、歓迎しますよ」
その部屋について、最初にかけられた言葉がそれだった。
どこまでも人を馬鹿にした奴だ。
黒いパーティーハットを被った若い男の姿をしている『そいつ』は赤と青の瞳をして、顔には赤い聖痕が浮かび上がっていた。
間違いない。
人形ではなく、こいつがデプラだ。
「…一つ聞かせて下さい」
「何でしょう? 一つと言わず、いくらでもどうぞ?」
デプラは地面に転がしていた聖釘を拾い上げながら、衣に言った。
「あなたは、何故人を殺しているのですか? 何故悲劇を起こしたがるのですか? あなたの目的は一体…」
それは責めてる訳ではない。
確かにデプラの行いは赦せないが、それ以上に理解できない。
何故、このような残酷な行いが出来るのか…
隙間の神、悪魔の証明、反逆者、数多くの人間をどうにでも出来る力を持ちながら、何故そのようなことにしか使うことができないのか…
それに対するデプラの回答はシンプルだった。
「退屈だから」
言われた意味が分からなかった。
それに気付いたデプラは更に言葉を続ける。
「退屈なんですよ。何百年も生きてると、いい加減退屈してくる。いつもいつも人間は、ただ自分の生まれる前から敷かれたレールの上を走るだけ。変化(奇跡)など、起きない」
「退屈…? 本当にそれだけの為にこんなことをお前はしたのか?」
「ああ、そうですよ。あなたなんて特に典型的な例です。神無棺。あなたはただ、生きているだけです。振り回され、流される。そんなだから、オレの手のひらで踊るだけなんですよ」
「ッ!」
棺は自分で道を選んでいない。
力を手に入れたことも、
そこから脱出したことも、
隙間の神に関わったことも、
様々な敵と戦ったことも、
衣と再会したことさえも、
全てデプラが仕組んだことだ。
棺の人生はデプラの箱庭を出たことがない。
「まあ、悲観することはありませんよ。皆そうなんですから。今の世の中、多数決の時代。流れに身を任せるのが楽でいい…だけど、オレはそれが気に食わない」
傲慢で、自分勝手に、悪魔は告げた。
人間を客観的に見る存在であるからこそ、人間を評価する。
「悲劇を起こす理由は、それが一番人の心に残り、世界に影響を与えるから………言ってしまえば、世界に大きな影響を及ぼす出来事なら、別に悲劇じゃなくても良かったんですよ」
人の死は重い。
それは周囲の人間に大きな影響を及ぼす。
思わず、レールから脱線してしまう程、凄惨な悲劇は世界を揺るがす。
「そして、『救世主』…お前こそが『世界を変える存在』です」
「オレだと…?」
「そう、聖櫃はあなたを選んだ。二百年前の時は変わったのは日本だけだったが、今度は世界中が変わることになるでしょう。世界中に奇跡が蔓延することとなる」
それがデプラの目的。
聖櫃とそれに適合する『救世主』と呼ばれる人間を使い、つまらない世界を変えること。
世界を揺るがす程の現象とは、一体どんな悲劇だろうか?
「…待て、お前二百年前と言ったか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
キョトンとした顔をデプラはした。
「二百年前に聖櫃を暴走させ、日本中に聖痕をばら撒いたのはオレですよ?」
デプラは笑みを浮かべて言った。