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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
七章、動乱
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第九十七話 決意


時間が怖かった。


成長よりも、日に日に死に近づくことが恐ろしかった。


私は生まれつき身体が弱かった。


それ故に尚のこと、無駄に時間が過ぎるのが怖かった。


生と死は対極ではない。


死とは生の延長線上にある。


我々は前に進んでいるのではない。


気付かない程、ゆっくりと、奈落へ落ちているのだ。








「遊悪!」


「………」


季苑から命辛々逃げ出してきた探女は目的の人物を発見した。


目的の人物、デプラは暗い部屋で静かに自身の得物、聖釘を握っている。


どうやら既に人形を起動させた後らしい。


だが、もはやそんなことはどうでもいい。


保険として考案していた、生命力を奇跡に還元させる技術が失われてしまった。


ならば、当初の予定通り、この男に不滅の力を貰う他はない。


「遊悪、その聖釘を寄越せ」


探女は懐から銃型の聖痕装置を取り出しながら言った。


元から目的はそれだった。


死体から死体へ移動する力は本来デプラの力ではない。


デプラの持つ聖釘の力だ。


アレさえあれば、不滅の存在になれる。


アレさえあれば、もう何も恐れることなどない。


「人形を起動したお前は動くことが出来ない…何を企んでいたのかは最後まで分からなかったが、終わりじゃ」


探女がそういうと、今気付いたかのように、デプラは探女に目を向けた。


そして…


「…邪魔ですよ」


悪意ではなく、冷徹な殺意が込められた言葉を発した。


身構える時間は与えられなかった。


本来人間には存在しない物。


翅。


昆虫染みた青い翅に、探女の身体は貫かれていた。


「カハッ…!」


声は出ず、口から空気だけが漏れた。


何だコレは?


こんな力は聞いていない!


デプラの力は聖釘だけじゃなかったのか…


「今、悲劇は最高潮なんです…脇役は早々に退場して下さい」


ゴミでも捨てるかのような動作で、翅に貫かれた探女を投げ捨てる。


デプラの瞳には、既に探女は映っていない。


こんなつまらない脇役より、人形の目を通じて見ている者の方が、何倍も興味がある。


「『救世主』」








「この状況…どうすっかな」


棺は困ったように頭を掻いた。


目の前にいる人形達は何故か、動きを止めている。


それも気になるが、そんなことより、血塗れの季苑の方が気になる。


助ける義理はないが…泣いている少女はどうも苦手だ。


とはいえ、棺に季苑を助ける力などないのだが…


「ほい、パックンチョ」


「!」


棺が困った顔で眺めていた季苑が地面に沈んだ。


それと同時に、地面からタウが顔を出す。


「シグマ…じゃない、棺。一人で先行するなよ」


「悪い…それはそうと、何で喰った?」


棺が尤もなことを言った。


当然、腹が減っていたからではないだろう。


「お前とオレは家族さ。なら、意味は分かるだろ? 正直、何の興味もないが、こいつは仮死状態にして、生かしておいてやることにした」


タウが季苑を体内に取り込み、助ける理由は棺と同じだ。


あの研究所の一件以来、棺程ではないが、タウもあの時の衣を思わせる物が嫌いになっていたのだ。


まあ、棺がいなければ助けるのではなく、木々を殺して黙らせていたかもしれないが…


「あ、アンタ、季苑さんに何するの!」


「話を聞いてなかったのか、このカスは。あれだ、コールドスリープのような物だ。直接治す力はオレにはないが、治療を受ける環境が調うまでは、生かしておいてやる」


「ッ!」


言葉が足りなかった為か、木々は尚も季苑を取り返そうとしているようだ。


だが、タウには勝てないことを何となく理解していることと、季苑を取り返しても、どのみち死んでしまうことから、何もできずにいる。


「大丈夫ですよ。この人はちょっと危ないですけど、嘘は吐きませんから」


そんな木々にタウのコートの中から顔を出した衣が言った。


木々は隙間の神の下っ端だった衣が、タウと一緒にいることに驚いた。


自分が季苑に執着している間に、色々と変化しているようだ。


「言葉に棘がないか、ファイ」


「知りません。私は正直に言っただけです。あと、私は衣です」


「ぐっ、前に命を狙ったことを根に持っているのか…! あれは勘違いだったと謝っただろうが、ファイ!」


「衣です」


ぐぬぬ…と険しい顔をするが、罪悪感から強気には出られないタウ。


衣は言葉こそ辛辣だが、それ程気にしていないように棺には見えた。


ただ、からかっているだけなのだ。


「他の面子は?」


「サタンとアスモデウスとルシファーはベルフェゴールを助けに行ったである。ベルフェゴールはどうやらここに捕まっていたらしいのである」


衣と一緒にコートから現れたレイヴが答えた。


サタンとアスモデウスはともかく、ルシファーは二人に無理やり引っ張って行かれたと言った方が正しいが…


「堕天使は既にほぼ壊滅状態、本部の人間も反逆者と交戦中…ここの人形をオレ達が抑えれば、奴に隙が出来る」


「タウ…?」


「ここはオレに任されよ! 棺! 衣!………あとお前も先に行け!」


「私はレイヴ・ロウンワードである!」


タウに名前を憶えてもらていなかったことにレイヴは激昂した。


それはスルーすることに決めて、棺がタウに目を向ける。


「本当に大丈夫か?」


「新作ロンギヌスの性能を試したかったところだ」


「…分かった。任せたぞ!」


棺はタウを置いて走り出した。


衣とレイヴもその後を追う。


「さて、人形共。オレの作品の餌食となることを感謝しろ」


タウは棺達に背を向け、目の前の無数の人形達に目を向ける。


手にはロンギヌスを持ち、完全な戦闘態勢だ。


「…ところで私は?」


「…お前もオレの中に入っていろ!」


「キャー!」


邪魔者は収納し、気を取り直してタウは人形へ向かっていった。








「全て…終わりか」


天之原天士は隙間の神の崩壊を悟っていた。


堕天使による支配、反逆者の襲撃、この戦いが終わった後、仮に堕天使がいなくなろうと隙間の神は崩壊するだろう。


皆殺しと言う意味ではない。


隙間の神と言うシステムの崩壊だ。


奇跡は秘匿する物ではなくなる。


それは新しい時代の幕開けとなる。


それが良い物か、悪い物かは関係なく…


その時、天士のいた部屋の扉が破壊された。


「………」


その男は堕天使なのか、反逆者なのか、天士には判断が出来なかった。


自分の命を狙う人間など、無数にいる。


…敵を作り過ぎたものだ。


「傍観ばかりしてた報い…ね」


いつもの口調とは違い、唯一の幼馴染と会話する際に使う素の口調で天士は言う。


それに特に意味はなかった。


そして、その男が持つ武器が火を吹き、天士は地に倒れる。


…筈だった。


「ギリギリセーフ…な訳よ。大丈夫かい天士?」


「散瀬…?」


倒れたのは男の方だった。


天士の目の前に白垣散瀬が立っていた。


天士の顔には安心よりも、疑問の方が宿っていた。


それに気付いた散瀬は苦い顔をする。


「ギリギリセーフじゃないか、遅すぎた。とっくにタイムオーバーだった…もっと早く助けに来るべきだった」


後悔するよう、懺悔するように散瀬が言う。


これは謝罪ではなく、独り言だ。


赦してほしい訳ではない。


「だから、これもまた自己満足の罪滅ぼしな訳よ。オレはお前を死なせない」


これは決意。


これは誓い。


見返りは求めていない。


ただ、こうしないと散瀬は自分を許せそうにない。

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