第八十九話 襲撃者
「ぐああっ!」
爆発が起き、それに巻き込まれた者が悲鳴を上げる。
明らかに致命傷を負った…
だというのに、この集団は仲間の死体を気にも留めずにこちらへ突き進んでくる。
「一体、何だというんだ」
ルシファーは苛立ちを隠さずに呟いた。
その間も顔をフードで隠した黒いコートの集団は、接近する。
「鬱陶しい。近寄るな雑魚め」
もう一度、先程よりも規模の大きい爆発を起こし、集団を一掃する。
しかし、その中の辛うじて生き延びた者達がルシファーに迫る。
よく訓練された兵士の戦い方だ。
ばらけるように動き、仲間を犠牲にしてでも目的を達しようとする。
「チッ」
だが、そんな小細工はルシファーに効かなかった。
爆発を避ける連中をその立っている地面ごと爆破し、全て蹴散らした。
「雑魚でも群れると厄介だな…これで全てではないだろう」
目の前に転がる死体の山を見下ろしながらルシファーは呟いた。
自分だけを狙ってこの集団がきた訳ではあるまい。
他の場所にもこいつらの仲間が向かっている筈だ。
「チッ、面倒な」
苛立ちながら、ルシファーはもう一度舌打ちした。
「凍れ!」
サタンの掛け声と共に霧が襲撃者達を包む。
抵抗している様子だったが、一分と経たずに凍りついた。
「………」
不気味な連中だ。
顔をフードで隠し、無言で襲い掛かってくる姿は、恐怖を感じる。
手にしているのは聖痕装置だろうか?
だとすれば、こいつらは隙間の神…そして、非聖痕使いであるということになるが…
「………」
「しまっ…!」
思考に耽っていたサタンは背後に迫っていた別の襲撃者に気付かなかった。
数人の襲撃者達は各々の武器を手に、サタンに襲い掛かる。
「そこは射程内だ、躱せ」
「え?…って、うぉわ!」
唐突に砲弾が放り込まれるように飛んできた白い槍に、襲撃者達は吹き飛ばされた。
衝撃でグロテスクなことになる死体を見ながら、サタンは自分を落ち着かせるように、胸を押さえた。
その槍の持ち主を睨みつける。
「あぶねえだろ! 私ごと殺す気か!」
「先に警告しただろう」
「遅いんだよ!」
軽いパニックに陥り、ギャーギャー騒ぐサタンを無視し、タウは襲撃者に近づく。
白い炎に触れても焼けないということは、こいつらは聖痕使いではないのだろうか?
「………おいおい」
死体に近づき、そのフードを捲り、タウは呟いた。
その顔は心なしか、青ざめていた。
「…どこのどいつだ。こんなことをしやがったのは」
確かな怒りを込めてタウは言った。
襲撃者の素顔は、赤い髪、赤い瞳と、タウとよく似ていた。
「今、赤い実験のサンプル達が暴れていることでしょう。聖櫃がなかった為に力はないですが、中々従順ですよ」
自慢するような口調の割に、どうでも良さそうにデプラは言った。
事実、どうでもいいのだろう。
アレは所詮、駒の一つだ。
「…全的堕落と言ったな。それは、百年前にアイマテンソが殺した悪魔のことか?」
「アイマテンソ…懐かしい名だ。本当に、オレに手間をかけさせてくれました」
変わらず、悪意に満ちた笑みを浮かべているが、その言葉には怒りが宿っていた。
「ならば、何故生きている?」
「肉体が滅びた時、魂が天に召されるのは人間の法だ。別のに移動する前に身体を失ったが、オレと言う不可視的な存在はこの世に残ったと言うことです」
傷付いた身体から、別の身体に移動する力をデプラは持つ。
故に、アイマテンソは移動する隙も与えずに、そのデプラの身体を粉々に破壊した。
だが、それでもデプラは滅びることはなかった。
「復活までに若干のタイムラグがありましたけどね…お蔭で、オレの計画も大きく遅れることになった。まあ、復活して直ぐに聖櫃が見つかったので、プラマイゼロですかね」
「聖櫃だと…!」
聖櫃に関して、ソロモンも知っている。
二百年前に暴走し、聖痕使いをばら撒く結果となった、伝説級の聖遺物。
タウを使い、悪魔の材料を探す片手間に聖遺物探しもさせていた。
それを既に手に入れていたというのか。
「いや、隙間の神はよくやってくれましたよ。おかげで九十年の遅れを取り戻せそうです」
「隙間の神…我々の研究の邪魔をするアイツらが、聖櫃を…」
ソロモンは舌打ちをした。
よりにもよって、隙間の神の手に聖櫃は渡っていた。
奇跡を秘匿するという厄介な秩序を築き、聖遺物や聖痕使いを独占する。
それがソロモンの隙間の神に対するイメージだった。
「何故嫌悪するのですか? 似た者同士じゃないですか。奇跡を包み隠し、なかったことにする組織と、奇跡を科学で証明し、否定する組織」
「アイツらと我々を一緒にするな」
「わかりませんね。そもそも、インテリジェント・デザインと隙間の神は同じ組織なんですよ?」
「何だと…?」
ソロモンはデプラの目を見た。
嘘をついてはいない。
デプラは残酷な真実のみを語る。
「このインテリジェント・デザインは隙間の神を追放された研究者達をアイマテンソが纏め上げ、完成した組織だ。オレ達は同志なんですよ」
「………」
「オレは優秀なあなたを殺したくはない。オレと共に来ませんか? 奇跡についてもっと理解したいのでしょう? オレはそれに協力しますよ」
それは、魅力的な言葉だった。
デプラはこの世の誰よりも奇跡に詳しいだろう。
この先、ソロモンが一生かかっても見れないものを見せてくれることだろう。
だが…
「…なる程。アイマテンソがお前を殺した理由が分かった…お前の言葉は人間を堕落させる」
これはソロモンの命題だ。
ソロモンだけの目標だ。
ならば、自らの手で果たさなければ価値などない。
「交渉決裂ですか…残念です」
デプラは口から小さな赤く錆びた釘を取り出した。
それは外気に触れると形を変え、青い糸の絡みついた赤い槍へと変化した。
「ああ、残念だ」
デプラの言葉にソロモンも頷いた。
その瞬間、デプラの胸を白い槍が貫いた。
一本ではない。
その数、十二本。
「な…が…!」
背後からの不意打ち。
完全に死角であった為、デプラは躱すことが出来なかった。
胸に槍を生やしたまま、顔のみを背後に向ける。
「い、イヒヒ…中々『酷いこと』するじゃないですか…」
白い槍を握っていたのは青い瞳をした少女達だった。
ソロモンに忠誠を誓う、悪魔達である。
ゴボ…とその少女達の口から血が零れた。
『強制聖痕』
デプラの…ベルゼブブと言う肉体の力である。
無論、そのことを知らないソロモンではない。
「…既に後戻りは出来ない所まで来ている…『命題』を果たす為ならば、外道にもなろう」
「アハハ………悪魔め」
悪魔と呼ばれる実験体を生む研究所で、悪魔と称される男は皮肉を言った。
白い槍、『ロンギヌス』から白い炎が生まれる。
それは、悪魔の少女ごと、デプラを包み込んだ。