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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第八十五話 接触


「………」


「………」


「………」


棺も、衣も、タウも、誰も声を出すことは出来なかった。


今の一瞬で頭に過ぎった記憶。


様々な人間へ視点が変化した為、誰の記憶かは分からないが、第三者の視点で過去の全てを見せられた。


あれは全て真実であることを三人は確信した。


「衣…」


棺は衣へ目を移す。


衣は自分の中から出てきた、赤いガラスケースのような物を呆然とした目で見ている。


これが恐らく、聖櫃だろう。


それが衣の中から出てきたということはやはり…


「お前が…ファイだったのか…」


タウが呆然とした表情で衣に言った。


そうだ。


容姿が変わってしまっているが、衣こそが死んだと思われていたファイだったのだ。


シグマも、タウも、ファイも、死んではいなかった。


ただ、あの暴走でバラバラになってしまっただけで、誰も死ぬことはなかったのだ。


タウがそれ以上言葉を紡げずにいると、聖櫃はぼんやりと輝き、棺の中へ沈んでいった。


「なっ!」


「シグマの中に…!」


衣とタウの二人はその様子を見て、慌てたが、どうやら棺は何ともないようである。


記憶の中のファイのように、異常が起こることはなかった。


タウはホッと安心したように息を吐いた。


「…シグマ、ファイ、オレは今日は引く」


タウは棺と衣を交互に見つめた後、背を向ける。


「あの連中には気をつけろ。聖櫃を持っていると知れば、恐らく接触してくるだろう」


棺達は記憶の中で元凶を知った。


自分達を苦しめた科学者を率いていた者。


かつて隙間の神を支配していた『遊悪』だ。


棺は衣を一瞥する。


もはや、殺人犯と言うだけではない。


様々な悲劇が奴を中心に起こっている。


奴だけは必ず倒さなければならない。


「それと…」


背を向けていたタウは、ふと棺の方を向いた。


「オレ達は家族だ。何があっても、それは変わらないからな」


タウは穏やかな顔で言うと、消えた。


それは、兄としての言葉だった。


あの記憶を見て、罪悪感に苛まれている棺を慰める言葉だった。


あれだけのことがあっても、タウは棺を恨んだり、憎んだりはしていないと…


「…そうだな、オレ達は家族だ」


かつてに自分を思い出しながら、棺は呟いた。








「………」


棺と別れ、タウは一人歩いていた。


思うのは失ったと思っていた二人の家族、


忘れていた自分が本当に手に入れたかった物。


愛情は既に知っていた。


ただ、忘れていただけで…


欲しかった物は既に手に入れていた。


ただ、失ったと勘違いをしていただけで…


そうだ、


本当に手に入れたかった物は、人並みの幸福…


かつて持っていた幸福だった。


幸福はすぐ傍にあった。


家族は死んでいなかった。


なら…今度はそれを『守る為』に…


「そんな顔も出来たのですね?」


歩き続けるタウに少女の声がかけられた。


聞き覚えのない声だったが、声の主は見覚えのある人間だった。


「ベルゼブブ? お前、喋れたのか?」


目を閉じ、夢遊病のようにぼんやりと立っている少女に言う。


いつも人形のようにボーっとしているだけで、口を開く所など、見たことがなかった。


驚きを隠せないタウに、いつも無表情なベルゼブブにおかしそうに笑った。


「まだ気付かないんですか? やはり、あなたは救世主となる器ではなかった」


そういうと、ベルゼブブは常に閉じていた両目を開いた。


その目は、赤と青の不気味に光るオッドアイをしていた。


記憶の中にあった、遊悪と同じ目だった。


「破壊者と救世主は『今の世界を変える』という意味では同一だ。それが改良か、改悪かの差はあれど」


「お前…」


「オレはかつて遊悪と呼ばれた存在。『全的堕落トータル・デプラヴィティ』の名を持つ、悪魔ですよ」


悪意に満ちた笑みをデプラと言う悪魔は浮かべた。


身体は小柄な少女なのに、不気味な気配を纏っている。


「随分と変な姿になったものだな」


「そうですか? 外見はともかく、この身体、割と便利で気に入ってるのですが…」


自分の身体を見回しながら、デプラは呟く。


そして、タウの方を向き、わざと可愛らしい笑みを浮かべる。


「中々可愛いでしょう? こういう子は好みではないですか?」


「ハッ、生憎だが、ガキに悪戯する趣味はねえ」


「それは残念。イヒヒヒ!」


どこまでが本気なのか、全部冗談なのか、デプラは笑う。


一頻り笑った後、デプラはタウへ背を向ける。


「一通り、データは奪えましたから、もうあの研究所に戻る必要はありません」


「堂々と言ってくれるな、それは盟友の最高傑作だぞ?」


「どのみち、この身体の意識は最終調整で失われてました。オレが中に入らなければ、まともに起動することもなかったでしょう」


そういうと、デプラは歩き出す。


どこへいくつもりなのか、奪ったデータで何を行うつもりなのか…


それは分からないが、誰かが不幸になることだけは間違いないだろう。


見知らぬ他人が苦しむことなど、タウは気に留めない。


しかし、


「忠告しておく。もし、再びあの二人を苦しめることがあったら、お前を殺す」


「イヒヒヒ、肝に命じておきますよ」


タウの殺気を受け流しながら、デプラは歩き出した。








「…おにーさん?」


「気が付いた? いきなり倒れたから心配したよ」


桐羽由来は布団の上で横になるモヌケに言った。


先日の戦闘の影響が出ているのか、今朝、突然モヌケが倒れたのだ。


特殊な身体をしているモヌケの異常はヘーレムにも分からず、困っていた。


「もう、大丈夫だよ。少なくとも、あと数年はね」


そんな時、この少年が現れたのだ。


まるで、聖書に登場する救世主の如く、颯爽と現れ、手を翳すだけでモヌケの異常を治してくれた。


この黒い少年が…


「特殊な体質のようだ。出来れば、僕の所属する研究所でしっかりと検査したいところだけど…」


ベルフェゴールと名乗った少年が言う。


奇遇なことに、その少年はモヌケと同じ青い瞳をしていた。


「検査か…完全に異常がなくなるなら…」


デプラの言葉が由来の頭に引っかかっていた。


モヌケは既に死人。


動いている方がおかしいのだ。


いつ動かなくなっても不思議ではない。


その不安は由来を焦燥させた。


「お前、何者だ?」


その時、今まで黙って様子を見ていたヘーレムがベルフェゴールへ言った。


その目には警戒心が宿っている。


「僕はベルフェゴール、訳あって、少し変わった聖痕使いになっているけど…」


「少し変わった? 馬鹿をいうな、貴様は…」


ヘーレムの警戒心が敵意に変わった。


その銀色の瞳で、ベルフェゴールを睨みつける。


「…聖痕使いどころか、人間ですらないだろう。何だ、その身体は…奇跡を内包し過ぎている」


これではまるで、自分と同一ではないか。


口には出さなかったが、ヘーレムは思った。


目の前の少年は、人間じゃ有り得ない程の奇跡を宿している。


これでは聖痕使いよりも、聖遺物に近い。


「僕は、怠惰を推奨する悪魔だからね」


誤魔化すようにベルフェゴールは笑った。


ヘーレムにはその言葉が、ただの異名には聞こえなかった。


「…その研究所とやらに行く前に、お前の目的を教えろ」


ヘーレムの言葉にベルフェゴールは笑って答えた。


「『ベルフェゴールの探求』」








「…ロザリオは生きていた。これでは、堕天使が動き出す!」


天之原天士は本部の自室である、管理室で叫んだ。


もはや、どうにもならない。


ロザリオが生きていたとなれば、堕天使は本格的に活動を開始する。


また、この隙間の神がただの人体実験場になってしまう。


八年前、研究所が事故によって崩壊したことで研究がバレ、遊悪を追放することに成功したというのに…


当時の遊悪の部下達が堕天使を纏め、乗っ取りの機会を待っている。


奴らに支配されれば、隙間の神は終わりだ。


世界を敵に回してでも、奴らは研究を進め、兵器を生むだろう。


そうすれば、戦争が起きる。


全て、終わる。


「いい感じに悩んでるじゃないですか、オレの後釜は辛かったですか?」


天士以外誰もいなかった筈の管理室に、声が響いた。


声に聞き覚えはない。


だが、この悪意に満ちた雰囲気は八年前に出会った時から忘れることが出来なかった。


「遊…悪」


「今はデプラと呼んでください。ああ、ベルゼブブでもいいですよ」


八年前とは違う姿で、その男は立っていた。


どうやってここまで侵入したのかはわからない。


堕天使が手引きしたのか、この男自身の実力か、


問題は何故、ここにこの男が来たか…だ。


「そう身構えないで下さい。久しぶりじゃないですか、初めて会ったのは孤児院でしたっけ?」


「………」


「やれやれ、怯えちゃって…さっさと本題に入りますか」


軽口に天士が付き合わないと理解したのか、デプラは無駄口を止める。


無言で睨みつける天士を愉快そうに眺めた。


「オレ、あなたに仕えてもいいですよ」


「なっ!」


仰々しく、頭を下げてデプラの言った言葉に天士は絶句した。


てっきり、自分を拘束するか、殺害するなりして、自身がトップに返り咲くつもりだと思っていたのだ。


それなのに、仕えるだと?


「ぶっちゃけ、トップは色々と面倒なので、オレは堕天使でも率いて、あなたの側近にでもなりますよ。どうですか?」


「………」


堕天使の暴走をデプラが抑えるのなら、悪い話ではない。


堕天使は皆、デプラの言うことを聞くだろうから、ただ、デプラに命令をするだけで堕天使を操れる。


もっとも、デプラが裏切る気がなければの話だが…


「…一つ聞かせろ。お前の目的は何だ?」


目的を聞かなければならない。


利害が一致している内は恐らく裏切らないだろう。


その言葉にデプラは笑みを浮かべた。


「百年前、このオレをぶっ殺したアイマテンソ、奴の研究機関に復讐したいだけですよ」


デプラはぎらついた殺意を隠さずに、そう言った。

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