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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第八十三話 無秩序


「もう、誰も諦めることなどない。理想的な世界じゃないか?」


「今の世界でオレは満足している。お前はどうしてそんなに不満があるんだ」


手に握ったレイヴをタウに向けながら、棺は言う。


タウは理解が得られなかったことに悲しげな顔をした。


「今の世界では満たされない。オレを支配するのは渇望のみ。何を手にしたところでこの飢えは癒えない」


強欲を名乗る男が言った。


奪われ続け、奪い続けた末に壊れてしまったのだ。


ただ、全てを渇望し、その飢餓を癒そうとする。


もはや、何を求めているのかも分かってはいない。


「オレは全てを手に入れる。無秩序の世界を支配する、誰からも憎まれる『王』になるのさ」


完全な統括など、タウの求める所ではない。


忠誠はタウが最も嫌うものだ。


無秩序な世界の中で全てを力で押さえつける。


反感や敵意は好むものだ。


きっと、国と呼べる要素が一切ない、王国が築かれることだろう。


「本当に手に入れたい物が見つからない、だから世界ごと手に入れるつもりなのか?」


「ああ、だからオレはお前が羨ましいよ。手に入れることが出来たお前がな」


はっきりとした羨望を瞳に宿し、タウは棺を見た。


それは恐らく本心だろう。


何を奪っても、この世に満足が出来ない強欲の悪魔は羨ましいのだ。


全てを手に入れるまでもなく、世界に満足することが出来た者が…


「なら、教えてやるよ。この世の楽しみ方を!」


「!」


タウの『下』が変化した。


棺の重力発生により、タウは正面へ『落下』する。


レイヴを大きく振りかぶる棺の方へと。


「ちょっと、気絶しとけ!」


レイヴが地面と平行に落下するタウの頭を捉えた。


だが、棺の手に、手応えはない。


沼にでも足を突っ込んだかのように、レイヴはタウの頭に沈んでいた。


『ひ、棺! 飲み込まれる! 早く引き抜くである!」


レイヴの悲鳴に、慌てて棺はタウの身体から引き抜いた。


予想はしていたが、物理的な攻撃はタウには通用しないようだ。


異物と同化する力。


全身が底なし沼のようなものだ。


「それの力がお前に通用しないということは、オレにも通用しないということだ」


タウはそういうと、体内から新しいロンギヌスを取り出した。


外気に触れた瞬間、そのロンギヌスは白く光り、炎に包まれる。


それを握るタウの手も白い炎に触れているが、熱さは感じていないようだった。


「そして、これも同様だ。オレの作品は全て、対聖痕使い用だ。この白い炎もオレには何ともない」


「なる程、どうりで全焼した建物から脱出したのに、全然熱くなかったのか」


「そうだ。だから、これで戦うのは止そう」


タウは握っていたロンギヌスを余所へ放った。


代わりに、体内から今度は身の丈ほどもある、赤い両刃斧ラブリュスを取り出した。


「どんだけ仕込んでるんだよ!」


「さあな、前に数えたが、忘れた!」


タウが巨大なラブリュスを横に薙ぐように振るう。


タウが怪力なのか、それとも聖遺物の不可思議な力が働いているのか、


どちらにせよ、あんなものに当たればひとたまりもない。


「…ッ!」


咄嗟に首を屈めて、棺はそれを躱す。


不意打ち気味だったが、タウの動きがどこか素人臭かった為、首を失うことはなかった。


「そらぁ! ヤルからにはマジで行こうぜ、シグマァ!」


今度は縦に上から叩き付けるようにタウがラブリュスを振るう。


あの質量だ。


重量も相当な物だろう…


だが、そこは考慮しなくてもいい。


「フッ!」


ラブリュスを棺はレイヴで受け止めた。


棺の筋力で足りない分は重力を発生させ、重量を軽くしたのだ。


タウ同様にレイヴの力が効かなかったおかげで受け止めることが出来た。


しかし、その判断は誤りだった。


「捕まえたぞ」


「なっ!」


ラブリュスを受け止めることに気を取られていた棺はそれに気づかなかった。


タウのコートから飛び出した、蛇のように蠢く赤い布に…


棺が赤い布に気付いた時には、既にそれは棺の手に絡みついていた。


「さあ、爆ぜろ!」


タウの命令に従い、それは起爆した。


敵を拘束し、自爆するタイプのレリック・レプリカだったらしい。


その衝撃を零距離で受けた棺は吹き飛ばされる。


数メートルも地面を擦り、ようやく止まることが出来た。


『棺! 大丈夫であるか! 棺!』


剣の状態のままでレイヴが悲痛な声を上げる。


棺はしばらく地面に倒れていたが、レイヴに目を向けた。


「…いてえ。あいつ反則だ」


『…大丈夫みたいであるね』


剣の状態だが、レイヴが安心したようにため息をついた。


「レイヴ、あいつ何かおかしくないか?」


起き上がりながら棺は真剣な表情で言った。


『おかしなところしか見当たらないであるが…』


「そうじゃねえよ。あいつがどんな物とでも同化出来るのは分かった。だが、さっきからアイツが体内から取り出している物の総量は明らかにアイツの体積を上回ってる」


様々な武器に、取り込んだ人間、それにベルゼブブもタウの体内にいる筈だ。


それは明らかに質量保存の法則を無視している。


タウの体内に取り込まれた瞬間、体積が圧縮されているとしか考えられない。


「よく気付いたな、流石はオレの弟だ」


棺の言葉が聞こえていたのか、タウは称賛するように言うと、棺の下へ歩み寄る。


歩み寄るタウから、ボコボコと何かが泡立つような音が聞こえた。


深海から浮上するように、タウの奥底から一つの物が出現する。


それは『杯』のような形状をしていた。


「『聖杯』と言う聖遺物だ。その力は水を葡萄酒に変えたように『物質を変化すること』だ。その応用でオレは圧縮に使っている」


タウは聖杯を撫でながら言った。


例えば、武器や人間を体積の少ない液体に変える。


そのような手段を用いて、タウの身体は底なしの沼へと変質しているのだ。


それ故に、タウの武装には限りがない。


様々な武器を披露していたが、まだ一割も出していないのかもしれないのだ。


それを聞き、棺は…笑みを浮かべた。


「つまり、そいつがお前の核ってやつだな。ならそれをぶっ壊せば、お前は崩壊する」


「確かにそうだが、それは不可能だ。これはオレの模造品ではない、正規の聖遺物だ。正規の聖遺物を破壊する力など、誰も持っていな…」


言葉の途中で、タウの腕が拉げた。


潰れたブドウのようになっている腕を一瞥し、棺へとタウは目を向ける。


この程度、タウにとって手傷にはならない。


だが、


「不可能? オレがそういう押し付けが嫌いなの、知ってるだろ?」


棺の周囲が…いや、タウを飲み込む程の広い範囲で『軋む』


棺を中心に重力が様々な方向へ発生している。


「そうだな、お前は誰よりも不自由を嫌い、そして、誰よりも自由な奴だった」


「よく分かってんじゃねえか…潰れろ」


タウが立っていた場所が、地面ごと陥没した。


まるで、巨人に踏みしめられたかのように、タウは地面へ押し潰される。


通常ならそれで終わりだろう。


怪物と人間の対決はシンプルに終わる。


だが、今回の戦いは怪物同士の対決だ。


「ハハハッ! スゲエ! 地面と同化するのがあと数秒遅かったら、車に轢かれたカエル状態だったぜ!」


「モグラ叩きか…ハッ!」


再びタウの立っていた場所が陥没する。


地面に潜り、顔を出す度に、次々と陥没する場所が増えていく。


隙間の神達は思う。


どちらが怪物なのか分からない。


否、どちらも怪物なのだ。


人間とも、聖痕使いとも乖離した化け物なのだ。


「潰れろ、潰れろ! ハハハハ……あぁ?」


棺の重力攻撃が止んだ。


唐突に感じた眩暈に、力を解除せずにはえられなかったのだ。


その隙を見逃すタウではない。


「ハッハァ!」


「ガッ!」


ラブリュスが棺の胴に命中した。


そのまま両断されるのかと、棺は思ったが、流血と激痛はあったが、下半身と泣き別れする事態にはならなかった。


深い傷口を押さえながら倒れる棺をタウは見下ろす。


「…シグマ、お前はやはり変わったな」


「何…?」


憐れむようなタウの声を聞き、棺は睨みつける。


だが、憐れむ視線は変わらなかった。


「かつてのお前はこの程度でバテることなどなかった。何がお前を変えた? 言ってみろ、オレが壊してやる」


「変わってなんか…ねえよ」


棺はタウを睨みながら言う。


タウはその棺の瞳に宿る意志に気付いた。


「…まさか、守る為に…戦っているのか?」


失望。


その感情がタウの言葉には宿っていた。


「なる程。満足か…今に満足してしまったから、かつての獣だった自分を忘れたのか…」


タウの言葉は的を射てるだろう。


過去はともかく、棺は今に満足している。


今に不満などない。だからこそ、それを守る為に力を振るう。


タウにとっては、理解できないことだが…


「ひ、棺から離れて下さい!」


その時、第三者の声がかけられた。


その声に棺は青ざめる。


最悪だ。


最悪のタイミングで、江枕衣が来てしまった。


「…全焼する建物から、助かったのは棺だけではなかったようだな」


そういうと、タウは棺に背を向け、衣の方を向く。


その手には当然、ラブリュスを握ったままで…


「やめろ…」


「ふと思ったのだが、今ある幸福を失えば、お前はかつてのお前に戻るのではないか? 愛情や幸福など知らなかった頃のお前に?」


「ひっ!」


狂気的なタウの目を見た衣が悲鳴を上げる。


足が震えている。


これでは逃げることすらできないだろう。


衣へタウはゆっくりと近づく。


「家族から何かを奪うのは主義に反するが…まあ、老婆心と思ってくれて構わない」


「やめろ…」


棺が悲痛な声を上げるが、壊れてしまっているタウには届かない。


話はタウの中で、既に完結してしまっているのだ。


「さらばだ」


タウは不気味な程静かに言った。


ラブリュスを振り上げる。


もう、衣の目の前へまで、タウは迫っていた。


「やめろ!」


棺が叫んだ。


だが、立ち上がることすらできない。


何も出来ない棺の前で、衣は殺される。


筈だった。


「…な…あ?」


タウが奇妙な声を上げ、ラブリュスを落とした。


何が起こったのか、棺も衣も理解できない。


そして、状況を理解できていないのは、タウもだった。


「が…がああ…!」


苦しみながら、タウは棺の方を振り向いた。


その時、棺はようやく気付いた。


タウの核である『聖杯に皹が入っている』ことに…


ボコボコとタウの身体が波を打つ。


まるで、塞き止められたダムが決壊する光景のようだった。


ボコッと一際大きく、タウの身体が波を打った。


その瞬間、聖杯は完全に崩壊した。


「があああああああああ!」


聖杯が破壊されると同時に、タウの身体から飛び出す様々な物。


レリック・レプリカ、その出来損ない、鉄屑、人間の死体…


本来有り得ない質量を圧縮し続けてきた代償か、


タウは苦しみながら、その全てを吐き出した。


「ひ、棺…」


その光景に混乱していた棺に、衣の声がかけられた。


反射的にそちらを向くと…衣の全身が光っていた。


赤くぼんやりとした光。


まるで、全身に赤い聖痕が浮かび上がったかのようだ。


棺は理解した。


タウの聖杯は何故、破壊されたのか…


それは『衣に近づいたことが原因』だと…


赤く光る衣の身体から、更に光り輝く物が浮き出てくる。


それを直視した瞬間、棺達は意識を失った。

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