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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第八十一話 再会


「………」


「…ベルゼブブ、引っ込んでろ」


棺を見据えながらマモンは呟いた。


赤いコートを広げ、ベルゼブブを覆い隠す。


まるで手品のようにベルゼブブは消失した。


あれがこいつの聖痕か…と棺はマモンを見据える。


どこかに転送したというよりは、内部に取り込んだように見えた。


他者を取り込む力なら、迂闊には近寄れない…


「さて…」


マモンは棺を見つめる。


その目に敵意はなかった。


それどころか、好意すら存在した。


「久しぶりだな『シグマ』…正直、死んだと思ってたから、会えて嬉しいぜ」


「なっ…」


棺が絶句した。


マモンの態度は明らかに親しい人間に向けるものだ。


棺の過去を知っている?


シグマと言うのは、まさか…


「どうした? 忘れた訳じゃないだろう? オレだ、タウだよ。オレ達はの家族だろう?」


その一言で、戸惑っていた棺の頭は更に混乱した。








「なる程。記憶喪失か…まあ、無理もないな」


「悪いな…」


「気にするな。生き残りはオレだけだと思っていたからな、それだけで嬉しい」


マモンと名乗っていた男、タウは棺に笑みを向けた。


その目は今まで衣達に向けていた材木に向けるような目ではなく、優しい目だった。


「しかし、シグマ…お前も変わっているな、まだガキの女と、聖遺物モドキを侍らせるなんて…兄貴分としては心配だ」


「聖遺物モドキ?」


棺が尋ねると、タウはレイヴを指差した。


「そこの奴、オレが今いる研究所の作品だ」


「研究所…? 私はそこで作られたのであるか!」


「ある…? まあ、そうであるよ?」


レイヴの口調に首を傾げながらタウは言った。


レイヴとしては忘れていた生まれた頃のことである。


ヘーレムやデプラと出会ったことで自分の存在が何なのか、気になっていたのだ。


「テメエは恐らく、元々は人間だ。人間の自我が聖遺物に宿ったって感じだ」


「私が…人間…」


「元…な。芸術家のこのオレが言うんだから間違いねえよ」


自身の作品ではなくともそれくらいは分かる。


恐らく、ベルゼブブと同じような感じなのだろう。


他人の作品とはいえ、興味深い物だ。


しかし…


「実に強奪したいが、家族の物は奪わない主義なんでな…見逃してやる」


残念そうな顔をしながら、タウは手をひらひらと振った。


自己中心的だが、自分なりのモラルと常識は持ち合わせているらしい。


「それで、今度はオレの過去について聞いていいか?」


「構わねえが…聞くと後悔するかもしれないぜ?」


「それでもだ」


棺が断言すると、タウはまた笑みを浮かべた。


「変わらねえな、そういう所は…じゃあ、話すぜ」


懐かしそうに棺の顔を見据えた後、タウは口を開く。


「まず、オレ達に本当の名前はない」


「え?」


話を聞いていた衣が声を上げた。


棺は無言で先を促す。


「Τ(タウ)、Σ(シグマ)…Ϛ(スティグマ)を構成するこの二つの記号は、本来オレ達の名前じゃねえ」


自分と棺を指差しながらタウは告げる。


「これは、オレ達を産み落とした『試験管』のラベルだ」


「…つまり、オレ達は」


「そう、『デザイナーベビー』ってやつさ。狂ってるだろ? 人工授精したばかりの人とすら呼べない物に薬剤とかぶち込んで『品種改良』したのさ」


皮肉を込めてタウは言った。


衣は言葉も出なかった。


そんな風に人間を玩具のように扱う人間がいるなど、考えたこともなかった。


「オレ達は聖痕使いじゃない。ただの人間を強制的に変質させた怪物だ…おかげでこんな髪と目をしている」


品種改良とタウは言った。


それは、聖痕使いにスペックで劣っている人間を改良するという意味だ。


故に、棺達は通常の聖痕使いとは違う異質な存在だ。


奇跡ではない異能を操る赤い聖痕使いだ。


「ただの人間を…そんなことが本当に出来るのか?」


「出来るさ、そもそも、二百年前まで聖痕なんて力はこの世に存在しなかった。人間が奇跡を受け、聖痕使いになったんだったら、同じことは可能だろう?」


「…まさか」


棺は思い出していた。


いつだったか、聖痕使いの始まりは聖遺物が影響していると聞いたことがある。


聖遺物の力によって聖痕使いは生まれた。


ということは…


「全ての聖痕使いの生みの親、最初の聖遺物『聖櫃』を使ってオレ達は生まれたのさ」


「聖櫃…」


それが聖痕の…違法聖痕使いの…隙間の神の…悪魔の…全ての元凶。


日本中に奇跡をばら撒いた聖遺物。


「オレも詳しくは知らねえが、二百年前、聖櫃は日本で暴走したらしい。その影響で日本中に奇跡が蔓延することになった。当時の先祖から、親から子へ、子から孫へ、奇跡は受け継がれてきた」


「………」


「まあ、発現するには多少の運が必要だから、親が発現せず、子だけが発現する場合もあったようだが…」


「それは、今どこにあるんだ?」


棺の質問にタウは首を横に振った。


「知ってたらとっくに手に入れている。またどっかの研究所でオレ達みてえなのを作ってるんじゃねえか?」


他人事のようにタウは言った。


実際、興味がないのだろう。


しかし、棺達の境遇を聞いた衣は同じ目に遭う人間が増えることが許せなかった。


「すぐに隙間の神に知らせましょう、聖櫃や棺達のことが分かれば…」


言いかけた衣の頬を何かが掠めた。


頬に一本の赤い筋が出来る。


頬を掠めたのはタウが投げたナイフだった。


「お前、何を…!」


「話が変わった。隙間の神に伝える訳にはいかねえな」


「ど、どうしてですか!」


慌てる衣をタウは冷たい目で見据えた。


材木を見るような目ですらない。


殺意すら込もった冷たい目だ。


「オレ達、『赤い実験』の犠牲者達はこう呼ばれていた。人造聖痕使い『ロザリオ』ってな」


「ロザ…リオ?」


「聖櫃を使い、オレ達を生み出したのは『隙間の神』なんだよ」


棺達は凍りついた。


特に、隙間の神に幼い頃から協力している衣のショックは大きかった。


「あそこは地獄だった。人間として尊厳などなかった、弱いオレ達はただ、奪われるしかなかった…この世に希望なんてないことをあそこで学んだぜ」


「う、嘘です! それは何かの間違いで…」


「この世は弱肉強食だと学んだ、今度はオレが奪う側だ」


タウは動揺する衣にナイフを投擲した。


隙間の神に自分や棺の情報を与える訳にはいかない。


はっきりとした殺意を込めて、衣を見据える。


しかし、ナイフは衣へは届かなかった。


上から押さえつけられたかのように、唐突に勢いを失い、地面へと転がる。


この力にタウは見覚えがあった。


「シグマ、どうして邪魔をする?」


「さあな、当ててみろよ。お兄ちゃん」


挑発的な顔で棺は言った。

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