第八話 アクティブな怪我人
「さて、今から病院に向かう訳だが…」
「何ですか?」
「どこの病院だ?」
学校が終わり、愛車スコーピオンを引いて通学路を歩きながら棺が衣に聞いた。
「こっちですよ。私が口で案内しますから、乗せて下さいよ」
「だから、無理だって言ってるだろうが」
どうしても乗りたいのか、棺の真っ赤なバイク、命名スコーピオンを指差しながら衣が言うが、棺は即座に断る。
先日も似たようなやり取りをしていたが、棺は女に触れられない。
レイヴのように例外的に該当されない女以外全て。
「あれですよ、女性に慣れる訓練ってやつです」
「………事故る」
簡潔に言い、棺は機嫌の悪そうな顔をする。
「むむむ…」
「そんなに乗りたいなら、観念動力で生み出せばいいじゃねえか」
「単純な思念を物質化するのが私の観念動力なんです。機械みたいに複雑なのは無理です」
「なんだ、つまらん」
自分以外の聖痕に少し期待していたのか、棺は残念そうな顔をする。
「万能じゃないんですよ、聖痕も人間も。だから、人は一人では生きていけないんです」
「…無理矢理良い事を言おうとしてないか?」
「うるさいですね。いいじゃないですか、語ったって…歳の近い友達なんて初めてなんですから」
少し寂しげな表情で衣は言った。
「は? そうなのか?」
意外そうに棺が聞く。
学校での周りの様子や本人の明るい性格から、自分みたいに孤立するのとは無縁だと思っていたのだろう。
「学校は潜入捜査として、この町の学校を転々としてますし、私の歳で隙間の神に正式に入る人は珍しいので、支部には歳の近い人とかいませんし…」
「成る程な…」
棺も共感できる所があるのか、頷く。
「そういう面でも、棺が私の協力者になってくれて、とても嬉しいです」
「…フン、何もしてないのに礼を言われても虚しいだけだぜ」
目を逸らして棺がボソッと言った。
「あれ? ひょっとして照れてます棺?」
「照れてなどいない」
仮面のような表情を作り、棺が言う。
「女性には触れられない訳ですし、周りにはレイヴさん以外に女性はいませんし…もしかして、棺、女性に免疫ありません?」
「マセてるんじゃねえよ、ガキのくせに」
「同い年ですよ!」
棺の言葉に過剰反応する、見た目中学生の衣。
気にしているようだ。
「ちっこくて同い年に見えねえんだよ、お前、高校生になっても映画とか子供料金で通るタイプだろ?」
「むー!」
「ハッハッハッ、面白え、弄りがいあるなお前」
その後、目的地の病院に着くまで間、棺は衣を弄り倒した。
衣に案内された病院は町で一番大きな病院で、棺も来たことのある場所だった。
脇の駐輪場に引いてきたバイクを止めて、二人は入り口から入り、受付へと向かった。
「すいません、軽根間人さんの病室は何号室ですか?」
衣が受付に向かい、その人物の名前を言う。
それを見て棺は訝しげな顔をした。
「何だ、見舞いに来たことがなかったのか?」
棺は知り合いのように話していた衣の口ぶりから、見舞いに何度か来ているものだと思っていた。
だから、何号室か分からない衣に首を傾げながら言ったのだった。
「前に一度来たことがあるんですけど、結構前のことで、覚えていないのと、もしかしたら、病室が変わっていたりしているかもしれないので…」
受付の人間が調べているのを見ながら、衣が言う。
「成る程な…長期入院なんだな」
「はい」
「どんな人なんだ?」
これから会う人物に興味を持ち、棺が言う。
「男の人で、歳は…兄さんよりも年下と言ってましたけど、私達よりは年上でしょう、性格は…」
そういうと少し考え込むように衣は頭を捻る。
その人物の性格を表すピッタリの言葉が中々見つからないのだ。
「…アクティブな怪我人…でしょうか?」
「は?」
思わず棺は素っ頓狂な声を上げた。
珍しく衣がボケをかましたのかと思ったのだ。
しかし、それはボケでも嘘でも無かった。
突然、シャアアアアア…とスケート靴でスケートリンクを滑るような爽快な音がした。
場違いなその音は段々と棺達のいる場所にまで近づいてくる。
ついでに、何か声のようなものも聞こえてきた。
「何だ?」
棺は音のする方へ振り返った…すると、
「ヒャッホー! 病院を出られないからって、病院が楽しくない所と誰が決めたんだ! エキサイティング!」
油でも付けているのか、何故かやけによく滑る車椅子に乗った男がこちらに向かって来た。
その遥か後ろには注意しようと追いかけようと思ったのか、ぜえぜえと息を切らせながら走る白衣を着た初老の男がいた。
「車椅子なのだから、車の役割を持った椅子だとしても何ら不思議は…待てよ、よく考えて見れば、これ、止まる時、どうしよう…」
ギュンギュンと加速しながら進む車椅子に、その運転手が思案顔をする。
「あ」
それを見て、衣が口をOの形にして呟いた。
そしてそのまま、その車椅子はズドンッとロビーにあったソファーに激突した。
「軽根さん…」
「え! あれが!」
車椅子から振り落とされて床の上で沈黙しているアクティブな怪我人を指差して棺が言った。
「どうも、軽根間人というものだ。衣ちゃんは可愛いくなったな」
その後、間人の病室に案内されてから、間人が言う。
「そんなに変わってない気がしますが…」
「ああ、社交辞令だ」
さらりと間人は言った。
「どういう意味ですか!」
「ははは、まあ、病院暮らしで娯楽が無いんだから、付き合ってくれ」
間人は爽やかな笑みを浮かべている。
棺は入院患者に偏見を持っていた訳では無いが、ここまで衣曰くアクティブな間人に驚いていた。
「病気じゃないんで、ベットで寝るのも退屈だし、暇で暇で死にそうなんだ」
「足を…怪我しているみたいだな」
「そう、下半身なんとか…ってやつで歩くことが出来ないんだ」
「………」
「あー、マズイこと聞いてしまったとか思うなよ、オレが不幸かどうかは、オレが決めるんだから」
「…凄えな、リアルにそんなこと言うやつ、初めて見たぜ」
その言葉に感心したように棺が言った。
「で、もしかして君は衣ちゃんの彼氏か?」
「え!」
「違う、協力者だ」
驚き、動揺する衣を尻目に棺はあっさりと否定する。
「協力者?」
「…彼も貴方と同じです」
少しも動揺しない棺に何となくやる瀬なさを感じながらも衣が付け足す。
「…成る程ね」
納得がいったように間人は頷いた。
「前に来た時は聞けませんでしたが、やっぱりその足の怪我は…」
「ああ」
間人は今までとは違う乾いた笑みを浮かべて言う。
「『正義の味方』…なんて曖昧なものに憧れて、成ろうとした、身の程知らずなオレが受けた罰だよ」