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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第七十九話 強奪


「この間は酷い目に遭った」


白垣散瀬は本部の建物内を歩きながら呟いた。


その顔は少しやつれ、トレードマークの赤い帽子もボロボロだ。


「結局本部に連れ戻されちゃったし、退屈な訳よ」


欠伸をしながら散瀬は言った。


散瀬の本来の仕事は隙間の神のトップである天之原天士の補佐だ。


だが、現在していることと言えば、黄金を作り、資金援助をしている程度。


正直な所、本部ではすることがない。


散瀬が思わず抜け出したくなるのも無理はないだろう。


と言っても、実際に逃げ出し、日本全国を逃げ回っていたのはやり過ぎだが…


「…おや、貴女は」


視界に入った人物を見て、散瀬が身を正した。


いつもの軽薄な態度をやめ、丁寧な口調で声をかけた。


濃い隈が目の下にある、黒いスーツを着た女だ。


あまり表情のないクールな顔立ちが印象的だ。


「お前か…白垣散瀬」


「お久しぶりです、探女サグメさん」


陰鬱な声の女、探女は散瀬を一瞥した。


「オレが聖痕を二つ持っていることがバレてから、戦闘要員に考えている人がうるさいのですが…何とかしてもらえませんかね?」


「知るか、私は忙しい」


「そんなこと言わないで下さいよ…オレの秘密をバラしたの、『貴女の部下の堕天使』ではないですか」


散瀬は探女を見つめながら呟く。


いつもとは違い、その目は冷たい色をしていた。


「…堕天使はただ、組織の汚れ役を担う…誰の部下でもない筈じゃが?」


「惚ける必要はありませんよ。ほら、オレって、貴女が遊悪の補佐をしていた時からよく知ってますから」


「…逃げ出した臆病者の割によく言う」


探女が散瀬の方へ初めて目を向けた。


その目には何の感情も込められていなかった。


ただ、視野の情報を伝えるだけの機械のような目だ。


「貴女が堕天使を使って何を企んでいるのかは知りませんが、貴女方のリーダーである遊悪は既に追放されているのですよ?」


「時はいつでも流れているのじゃよ。光陰矢のごとし…じゃ。ただ、逃げ出して震えながら時を無為に過ごした貴様とは違うのじゃよ」


侮蔑を込めた言葉を散瀬に送り、探女は歩き出した。


「時間の無駄じゃ。私は待つのも待たせるのも嫌いなのでな」


最後にそう言い残し、探女は去って行った。








「珍しいですね。兄さんが買い物に付き合ってくれるなんて…」


「まあ、たまにはいいじゃないか。家族水入らずというだろう」


「………」


江枕衣は棺から少し遅れて退院した江枕色雨の姿を見る。


薄々は気付いている。


恐らく、色雨がいつにもまして自分に構うのは例の男の一件が原因だろう。


衣にとって最大のトラウマだったが、最近は棺達のお蔭で何とか持ち直している。


とはいえ、普段から過保護な色雨からすればまだまだ心配なのだろう。


「そういえば、あの一件以来、砂染木々さんが行方不明だとか?」


「ああ、そうらしいね。本部の方で探しているらしいけど…」


「無事だといいのですが…」


一度会っただけの間柄だが、それでも心配なものは心配だ。


知っている人間が死んでしまうのはもう、こりごりだった。


「衣は優しいね」


色雨は本心を呟いた。


色雨は五年前の事件以来、弱くなった。


かつての理想を捨て、自分の周囲だけが無事なら満足する臆病者になったと自覚している。


だから、よく知らない人間にもこのような言葉を言える衣の優しさは眩しかった。


全てを救うことは考えない。


だからせめて、自分の大切な人だけはもう誰も失わせない。


そう、心に決めているのだ。


「優しさとは短所だ…そうは思わないか?」


二人の眼前に人間が出現した。


歩いてやってきたのではない、文字通り出現したのだ。


まるで水中から顔を出すように、地面から出てきた。


炎のような赤い髪をした、二メートル近い身長の大男。


髪と同じ赤いコートを纏い、目には奇妙な装飾のゴーグルを付けている。


「オレはマモン、強欲を推奨する悪魔だ」


男は機嫌良さそうに口元を吊り上げた。


「と言っても分からないか…悪魔の証明…この町に以前来た、ベルフェゴールやルシファーの仲間だよ」


「あの青い瞳の連中の仲間…!」


色雨は警戒を強めた。


行動が理解不能だったベルフェゴールはともかく、ルシファーは明らかな敵対心を持ち、暴れていた。


それに、どちらも強力な聖痕使いだった。


「その呼び方だと若干誤りがあるな…まあ、些細なことだが」


「どういうことですか?」


衣が尋ねると、マモンは首を傾げた。


じっと衣の顔をゴーグルで隠された瞳で見つめる。


「…ハハッ、いいね、お嬢ちゃん。盟友に良い手土産が出来た」


笑いながら言うマモンの言葉に色雨は衣の前に出る。


言動から察するにマモンは衣を狙っている。


「何だ、やる気か? 言っとくがオレはかなり強いぜ?」


出会った当初の気取った口調をやめ、素の口調で話し始めるマモン。


迷惑そうな口ぶりに反して、その顔は先程よりも機嫌が良さそうだ。


「関係ない。家族を守る為なら、私は誰とだって戦う」


「ハハッ…」


マモンは笑いながら、両手を広げて地面へと沈んでいった。


地面に潜む力…


これが奴の聖痕か。


「イィィヤッハー!」


「!」


考え込む色雨の背後から複数のナイフが飛んできた。


完全な死角から放たれたナイフだったが、色雨に突き刺さることはなかった。


丁度、色雨に守られる為に背後にいた衣が聖痕を使ってそれを防いだのだ。


ナイフが飛んできた方向を見ると、少し離れた場所にマモンが立っていた。


「防がれたか…どうも、こういう尋常な勝負はオレ向きじゃな……あ?」


ため息をつくマモンは身体に違和感を感じた。


光だ。


色雨の手から放たれた光の筋がマモンの身体を貫通している。


「やった…!」


「………」


だが、光を放った色雨の顔色は優れない。


確かに色雨の攻撃はマモンの身体を貫通した。


しかし、マモンは顔色一つ変えていないのだ。


「まさか、あいつのような…」


色雨の脳裏に不気味に笑う男の姿が過ぎる。


あの男に聖痕を使った際もそうだった。


あの男も腹に風穴を空けられても笑っていた。


まさか、こいつも…


「おいおい、そんな目で見るなよ。オレだって身体に穴が空いたら血を流すし、頭や心臓が潰れれば死ぬ」


マモンはそういうと赤いコートを広げた。


色雨の聖痕に貫かれた場所を見せるように…


「つまり、お前の攻撃はどちらでもなかったっつーことだ」


マモンの身体には傷一つなかった。


それどころか、コートに焦げすらついていない。


「どういうこと…ですか?」


衣の疑問にマモンは口元を吊り上げる。


その表情はまるで、自慢の玩具を自慢する子供のようだった。


「オレの力は『異物混合ベイソス』…その本質は『異物の融合』だ! 異なる物体をオレは融合させることが出来る!」


マモンの力は異なる物同士の融合。


例えば、生物と無生物、


例えば、有機物と無機物、


例えば、人間と光…


あらゆるものと同化できる力は、あらゆるものを透過できる力と同義。


「故に何者も、オレに触れることすらできない」


「………衣!」


マモンの無敵に近い力に呆然としていた色雨は気付いた。


衣の立っている場所の地面が不気味に赤く染まっていることに…


「え…?」


色雨の言葉に反応すると同時に衣はその赤い地面に飲み込まれていった。


落下するような速度で沈んだ衣の姿はもうない。


後にはただの地面があるだけだ。


「お前!」


「何だよ、奪われたのが悔しい? 守るとか言って何も出来なかったのが情けない?」


「黙れ!」


「ハハッ…『出ろ』」


笑うマモンの大きなコートの中から何かが飛び出す…


「………」


それは白髪と白い肌をした少女だった。


色雨は気にも留めず、閃光を放つ。


効かないとわかっているが、わかっていても、攻撃せずにはいられなかった。


「痛くはねえが、身体の中にビームが通り抜けるのは気分が良いものじゃねえな」


そういうとマモンは何故か眠っているかのように両目を閉じている白い少女の方を向く。


白い少女は着ているパジャマのような服の中から一本のナイフを取り出し、マモンに渡した。


「…何をしている? そのナイフに何かあるのか?」


一連の動作を見ていた色雨が攻撃の手は休めずに言う。


「いや、このナイフは正真正銘ただのナイフだ。だが…」


そういって、マモンはナイフを振りかぶった。


色雨はまた投擲するつもりか…と身構えたが、それは杞憂だった。


マモンはナイフを『隣の少女に突き刺した』のだ。


「なっ…」


「こいつは最高傑作だぜ?」


白い少女は自分の胸にナイフが突き刺さっても、表情を変えることはなかった。


それどころか、閉じた目を開くことすらしなかった。


まるで眠っているかのように不動のままだ。


「お前、一体何を…ッ!」


叫ぼうとして、色雨は倒れた。


胸に激痛が走る。


丁度、目の前の少女が刺された部分と同じ部分が…


「聖痕の本来の意味は、理由なく浮かび上がる傷跡のことだ。それに注目し、完成させた生ける聖遺物…それがこのベルゼブブだ」


白い少女、ベルゼブブの頭を掴みながらマモンは言った。


「傷を…他者に複写する力か…!」


「そう、周囲の聖痕使い全てに傷を強制的に刻み込む…『強制聖痕スティグマ』とでも呼ぼうか…ついでに言うとこいつ自身はいくら傷を負っても壊れないように調整してある」


周囲に傷を複写する力と聖遺物の持つ強靭な身体…


これと言った感情も持たず、まさに道具としては優秀だろう。


まともな神経の持ち主には使うことが出来ないだろうが…


自慢するようにベルゼブブを前に突き出すマモンにそんなものが存在する訳がない。


「…待て、周囲の聖痕使い全てだと?」


色雨は一つ疑問に思った。


周囲の聖痕使い全てに傷を複写する…


なら、『マモンが無事なのは何故だ?』


「気付いたか…その通り、オレは聖痕使いじゃねえんだよ!」


「なっ」


色雨の思考が止まった。


マモンは聖痕使いじゃない。


ならば、今まで色雨を苦しめていた力は一体…?


「話は終わりだ。あばよ、負け犬。せいぜい、この世の理不尽に苦しめ」


地面と同化し、マモンは去って行った。


後には色雨だけが取り残された。

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