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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第七十三話 強欲


「やっぱいいね、実に芸術的だ。これがわからないとは、盟友も美的センスがないな」


部屋中の赤い器物を眺めながら、赤い髪にアイマスクの大男、マモンは呟いた。


壁に掛けられている赤い器物。


刀剣、盾、指輪、棘や杭…果ては何なのかよく分からない赤い塊など…


これらは全て、聖痕使いを材料に作り出されたものである。


人造聖遺物『レリック・レプリカ』と呼ばれる物だ。


強化された聖痕使い…悪魔がソロモンの作品なら、その悪魔を材料に作られたレリック・レプリカはマモンの作品である。


悪魔達は全てレリック・レプリカの材料である。


だが、悪魔であるマモンはこのことを知っている。


加えて、マモンは普段はアイマスクで隠しているが、赤い瞳をしている。


悪魔の特徴である青い瞳ではなく、赤い瞳を…


そのことからもソロモン達研究者にとって、マモンが特別な存在であることが分かる。


「んん? 盟友から呼び出しか…面倒臭えが、仕方ねえな…」


笑いながらマモンは髪と同じ赤いコートを翻した。


「『盟友』だからな」








「漸く、任務を再開する許可を寄越したか…」


立派な王冠を被った、王族のような女、ルシファーは通路を歩きながら呟いた。


前にルシファーが与えられていた任務。


一度失敗した『白垣散瀬を捕獲する任務』に再び挑戦する機会が得られたのだ。


組織の為に働く訳じゃない。


初めはこの任務もさほど乗り気ではなく、


聖痕を強化してくれた義理から仕方なく、命令を聞いただけだった。


「これで雪辱を果たせる…」


ルシファーは任務に失敗した。


敗北した。


プライドが高いルシファーはそれが何より許せない。


よって、任務を果たすことで失敗の汚名を返上しようと思ったのだ。


「…おや、お前は」


意気揚々と研究所を出ようとしていたルシファーに声がかけられた。


赤いコートとアイマスクを着けた大男だった。


「変なアイマスクだ…」


思ったことをそのまま呟きながら、ルシファーは男をスルーした。


その赤い髪は少し目を引いたが、この研究所にはもっと人間離れした者もいる…


この男も悪魔なのだろう。


男は目の部分も空いていないように見える仮面でルシファーの方を見つめた。


「オレはマモン。強欲を推奨する悪魔だ」


「!」


その時、ルシファーは初めてその男に関心を示した。


『マモン』


悪魔の証明の中で唯一、ルシファーが出会ったことのない悪魔だ。


ルシファーより以前から悪魔の証明にいることだけは分かっていたが、特殊任務中と言われ、見たことすらなかった。


「にしても、このアイマスクの良さが分からんとは…お前も芸術的センスがないな」


マモンは残念そうにため息をついた。


どうやらアイマスクも自作のようだ。


「…私はルシファーだ。悪魔の証明、ワーストシックス…いや、ワーストセブンになるのか?」


最近入った新入りを思い出しながらルシファーは言った。


新入りと戦ったことはないが、あれくらいの実力なら勝てる自負がルシファーにはある。


同時に、目の前の男にも勝てると暗に言っているのだ。


マモンはそのルシファーの言葉には特に反応しなかった。


「お前が傲慢を担当している者か…オレが入る時は、強欲か傲慢か迷ったものだ」


マモンの言い方がルシファーは少し気に障った。


それではまるで、ルシファーはマモンの『お下がり』のようではないか。


「その強い自信と意志は素晴らしいが…駄目だな。所詮飼われた『犬』に野生の狼の高潔さはない」


「何だと?」


「檻の中にいる自覚はあるか? 一番に拘っているようだが、井の中の蛙と言うやつだよ」


その瞬間、マモンのコートの切れ端が爆ぜた。


「楽に死ねると思うなよ」


「誰に生意気な口を効いている…犬如きが」


マモンが言うと同時に、無数の人魂がマモンに襲い掛かった。








「兄貴、大変だ!」


血相を変えたサタンが部屋へ駈け込んできたことで部屋の主、ベルフェゴールは目を覚ました。


「…何? 僕、一応怠惰を推奨する悪魔だから、オフの時は堕落していたいんだけど」


髪と同じ、真っ黒な布団から出ながらベルフェゴールは言った。


そんな眠そうなベルフェゴールとは対象的にサタンは落ち着きがない様子で布団まで駆け寄る。


「アイツがルシファーと戦ってる!」


「…まさか、マモンが?」


「そうだよ! 何でアイツが私達に干渉してくんだよ!」


やや青ざめた顔でサタンは言った。


憤怒と恐怖が入り混じったような表情だった。


怯えるサタンを慰めるようにベルフェゴールは頭に手を置いた。


「…面倒なことにならなければいいけど」








「く、そ!」


ルシファーが悪態をつくと同時に爆発が起きる。


これで何度目か…


通路は既に壁が剥げ、地面が焦げた。


だが、


「やれやれ、期待外れだ。所詮お前も奪われる側だったか」


マモンは無傷で立っていた。


いや、『立っている』と表現するのは誤りかもしれない。


足が床に『沈んでいる』


床のマモンの足に触れている部分だけが『液状化』している。


「…物体を液体に変える聖痕か」


ルシファーの呟く声が聞こえたのか、マモンは笑った。


その余裕の態度が気に食わなくて、ルシファーは舌打ちをした。


先ほどから全ての爆発を地中に潜むことで躱される。


ルシファーの爆発より、マモンの方が早いのだ。


余裕の為か、マモンから攻撃を仕掛けてくることはなかった。


それがルシファーのプライドを更に傷つけた。


二度目だ。


触れて物体を変化させる聖痕使いに苦戦するのは…


かつては触れた爆発を黄金に変えられて苦戦した。


故に、


「既に対策は用意しているんだよ! 雑魚が!」


ルシファーは片膝をつき、床に触れた。


瞬間、コンクリートの床がひび割れる。


ひびは段々と広がり、マモンの足下までたどり着いた。


「何をした?」


「『床そのものを爆弾に変えた』」


ルシファーは答えた。


ルシファーの力は状況を弄り、誘爆させること。


その応用をすれば、人魂以外のものを爆弾に変えることもできる。


かつては行わなかった応用、勝つ為の努力。


敗北したことでルシファーの考えが変わったのだ。


「そら、起爆するぞ」


マモンを光と衝撃が包み込んだ。


地に潜っても意味はない。


床そのものが爆弾なのだ。


遅れて轟音が響いた時にはマモンの姿はなかった。


もう慣れてしまった焦げた臭いが辺りに漂う。


「…やれやれ、少しやりすぎたな。まあ、ベルフェゴールにでも直させれればいいだろう」


一応、死なない程度には加減した。


まだここを出る訳にはいかないからだ。


「どのみち虫の息だろうが…」


「ハハハハハ! スゲースゲー! お前は素晴らしい!」


硝煙の中に人影が一つ。


赤いコートの大男。


爆風で消し飛んだのか、アイマスクは着けていなかった。


アイマスクで隠れていた赤い瞳がルシファーを見つめていた。


「赤い…瞳? 青ではない、貴様、実験を受けていないのか…?」


「実験? このオレが何で他人に身体を弄られなければならねえんだよ。そういうのはテメエらみたいな『消耗品』の仕事だっての」


「消耗品…? それはどういう意味だ!」


「今にわかる。お前はいい素材になるだろうよ。ハハハッ!」


マモンがルシファーに近づいていく…


歩くような速度で、或いは弾丸よりも速い速度で…


ルシファーは動くことが出来なかった。


恐怖で動けないのではない。


足が床に沈んでしまって動けないのだ。


「さて、今回のタイトルは………あん?」


ルシファーへ伸ばされたマモンの手が掴まれた。


掴んだ主はルシファーを庇うように、マモンとルシファーの間に入る。


ベルフェゴールだ。


「…これはこれは兄上。オレの芸術の邪魔をすんじゃねえよ」


「家族には手を出すなと言わなかったかな? あとこちらには干渉しない約束だよ?」


「偶然、良質な素材と出会ったら創作意欲が湧くのは、芸術家の性ってやつだろ?」


「君がソロモンの所へ向かうのに、ここは通らないはずだけど?」


ベルフェゴールが珍しく、殺意の込められた目でマモンを睨む。


睨まれたマモンは薄く笑って手を引っ込めた。


「はいはい、オレが悪かったよ。じゃ、オレお仕事あるからいくわ」


睨み続けるベルフェゴールにマモンは背を向け、歩き出す…


「バイバーイ」


ひらひらと手を振りながらマモンは去っていった。








「遅かったな」


「悪いな、ちょっと遊んでたわ」


ソロモンの部屋に入り、悪びれずにマモンは言う。


ソロモンの方もマモンの謝罪など期待していなかったので、特に気にしなかった。


「新入りのレヴィアタンの実験はどうよ?」


「成功だ。アレは中々の出来栄えだ」


自分の作品の出来を喜ぶかのようにソロモンは言った。


人体実験の出来栄えに満足するという、常人には理解できない感情だが、マモンは理解できた。


同じ製作者として、友人の成功を認めている。


「素材にすっか?」


「いや、アレには任務を与えた。鐘神季苑という男を殺しに行かせた」


「へえ? 約束を守るのか」


確か、それがあの新入りの少女の願いだった気がする。


しかし、神秘を解き明かすことにしか興味がないソロモンなら、約束くらいは平気で破ると思っていたのだが…


「というより、ベルフェゴールが勝手に行かせた」


「ああ、なるほど。随分と好き勝手やってるな」


「他の悪魔の証明の連中ならともかく、あのサンプルはそこそこ貴重だからな。多少の我が儘も通る」


「ハッ、せいぜい下剋上に合わないようにな。あいつ、何か企んでやがるぜ」


警告するようにマモンが言う。


脅しではない、本気だ。


そこそこ付き合いが長いのでマモンには分かる。


ベルフェゴールの動きが怪しい。


「人材を勝手に集めだした時点から警戒はしている。確かに言うことを効かない失敗作ながら、奴らは優秀だ」


ソロモンは近くのモニターを見た。


研究所内のカメラの映像が映し出されている。


そこにいるのは白衣を着た研究員達、


そして、それに付き添い、実験に協力している青い瞳の悪魔達だ。


「だが、我々に従う悪魔達は奴らの十倍近く存在する。反逆は不可能だ」


「ガキを外から攫ってきて、教育し、忠誠を誓わせる…正に弱肉強食だな、アンタ必ず地獄行きだぜ」


げらげらと笑いながら、マモンはソロモンを指差した。


ソロモンはそれを鼻で笑う。


「攫ってきた本人が何を言う」


「ハハハッ! そうだ、この世は既に地獄。財も食物も家族も命も幸福も、全て奪い合うチップに過ぎないんだよ!」


強欲を推奨する悪魔が笑う。


ただ、奪う。


それしかマモンにはない。


良心も道徳も存在しない。


財も食物も家族も命も幸福も全て等価値のチップなのだ。


故に小銭を盗むようながめつさで、人の命を奪うことが出来る。


「そんなことより、お前を呼んだ理由だが…」


「おお、そうだったな。何だ何だ?」


「…完成した」


ソロモンは簡潔に言った。


簡潔過ぎて、マモンには何のことか分からなかった。


ソロモンもそれを予測してしたのだろう、部屋に運んできていたケースの一つを開けた。


まるで棺桶のような人間が一人くらい入りそうなガラスのケースだ。


中には眠る一人の少女…


死人のような白髪に白い肌、大きめのパジャマを着た少女だ。


まだ十代前半ぐらいの小さな少女を見て、マモンは目を輝かせた。


「ハハハッ! マジかよ! ヤベーワクワクする、お前最高だよ!」


「完全…とはまだ言い難いが、コレは完成している。初の成功作だ」


ソロモンが呟くように言ったが、マモンは聞いていなかった。


夢に近づいたことを喜ぶ少年のような笑顔で、その少女の名前を呼んだ。


「『ベルゼブブ』!」


悪魔の証明の最後の一人の名を…

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