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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
六章、赤と青
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第七十二話 戦後


「……………ん?」


赤髪赤眼の男、神無棺は目を覚ました。


どうやら今まで眠っていたようだ…


「…ん? 今まで?」


今までとは、一体どれくらいの時間だ?


辺りを見回しながら棺は思った。


辺りは白い清潔感のある、質素な部屋で…


と言うか病室だった。


「起きて早々に何をブツブツ言ってるんですか?」


「…衣?」


「三日も眠り続けていたんですよ、全く」


そう言い、棺の眠っていたベッドの隣に座っていた衣は棺に何かを差し出した。


これは…何だろうか。


小皿の上に乗った離乳食のようにドロドロとした物。


「何だソレ?」


「林檎です。皮を剥いたらそうなりました」


おかしいですね…と首を傾げる衣が大根おろしを持っていたことを棺は敢えて、スルーした。


まさか、アレで皮を剥くつもりだったのだろうか。


「怪我自体は大したことがなくて何よりです。あの男を吹き飛ばした後にいきなり気絶するんですから」


「あの男…?」


棺は記憶を探ろうとして、思い出した。


あの不気味で腹の立つ男のことを…


「…あいつはどうなった? 死んだのか?」


「…死体は見つかりませんでした。現在も行方を調査中です」


「………」


「五年前と姿すら違ったくらいです。まともな人間ではないのでしょう」


そう言う衣は微かに震えているように見えた。


トラウマの元凶だ。


無理もないことだろう。


あの男…


シャーデン・フロイデの塊のような、悪意と害意に満ちたあの男…


あの男だけは、必ず倒さなければならない。


棺は改めて認識した。


「グッモーニン棺! いい加減起きたであるか!」


しんみりした空気をぶち壊すような大声が病室中に響いた。


棺の悪友の銀髪男装少女…ついでに人外魔剣のレイヴ・ロウンワードだ。


「…シリアスって言葉が、お前の辞書から抜け落ちているようだな、レイヴ」


「おや、久しぶりのドライな棺であるな。また記憶喪失であるか?」


「ちげーよ。元から普段はこんな感じだ。ただ、昔の方が熱くなりやすかったってだけでな」


棺は自分の右腕に浮かび上がる赤い聖痕を眺める。


あの事件以来、棺の聖痕は赤いままだ。


記憶が戻り、棺が本来の性格に戻ったように…


この聖痕も本来の姿へと、戻ったと言うことなのだろうか。


「…ふん」


「え? あれれ…?」


レイヴが床を滑って病室の壁へ引き寄せられていく。


混乱しているレイヴは成すがままだ。


壁まで滑っていくとレイヴはぺったりと壁に張り付いて動けなくなった。


「ハハハ、面白いな」


「…棺ー、何をするのであるかー」


子供のように笑う棺にレイヴはようやく文句を言う。


棺の重力でレイヴを壁に張り付けているのだ。


「いや何、折角面白い物を思い出したのだから、遊ぼうと思ってな」


「…何か、子供っぽくなったであるね、棺」


「そりゃそうだろ、オレが失ってた記憶って八年前のだぜ? オレは精神的には十歳のガキなんだよ。レイヴお姉ちゃん」


「うっ…!」


レイヴは何故か壁に張り付いたまま胸を抑えた。


そして、何やら赤い顔で棺を見つめる。


「お姉ちゃん…これが今、噂の年下萌えと言うやつであるか!」


興奮した様子のレイヴに棺は興醒めしたような顔をして聖痕を解いた。


本来の性格は熱しやすく冷めやすいのだろう。


「…つーか、仮にオレが外見相応だとしてもお前の方が遥かに年上だからな?」


「それは禁句である! 私だって、この町に来るまでの記憶は曖昧だから、精神年齢は低いである!」


「…まあ、確かに精神年齢は低いな。お前は」


棺は呆れたようにため息をついた。


当時十歳だった割には棺の精神年齢は高かったのかも知れない。


「でも、棺は八年前から今までのことを覚えているのですよね? それだったら十七歳ってことになりませんか?」


「そうだな…『今ここにいるオレ』は八年前のオレに衣とかレイヴとかの知識が合わさった感じになってるんだよ」


棺は衣とレイヴを指差してから自分を指差した。


「だからベースはガキのオレなんだ。だけど、知識は持っているから、記憶喪失時代に会ったお前達のことも忘れていない」


「………」


「…言ってしまえば、お前と出会った『神無棺』は死んだ。ここにいるのは『神無棺となる前のオレ』だ。名前も忘れちまったがな」


「…それでも、棺はやっぱり棺ですよ。そう言う自虐的な所も」


「…やれやれ意外と愛されてるね、『神無棺』も」


棺は小声で呟いた。








「炬深、そこの林檎を取ってくれないか?」


「食べさせてあげましょうか師匠」


「いや、遠慮しておくよ」


棺とは違う病室ではベッドに横になる江枕色雨を繰上炬深が看病していた。


炬深は機嫌良さそうに色雨に林檎を差し出している。


「そんなこと言って…師匠は重傷なんですからね」


少し憂いを含んだ瞳で炬深は色雨の姿を見た。


色雨は腹を槍で刺され、重傷だった。


幸い命に別状はなかったがそれでも炬深は深く心配していた。


「仲いいな二人共…パイロット、オレ達も…」


「しませんからね? あんなフワフワした空気は出せませんからね?」


「そんな~」


「大体、ご主人はそこまで酷い怪我ではないでしょう」


同じ病室に寝ている白垣散瀬とパイロットがそんな会話をしていた。


羨ましそうに色雨達を見ている散瀬をパイロットは冷めた目で見ている。


(まあ、あちらも色々とあったみたいだし、そっとしておこう…)


散瀬は心の中でそう呟いた。


祭月…遊悪の件は聞いていた。


天之原天士が知っていたように、散瀬も遊悪のことは知っていた。


遊悪がかつて隙間の神を支配していたことも、


追放された今でも遊悪を支持する連中が隙間の神にいることも…


何もできなかった天士に罪はないと散瀬は思う。


逃げ出した自分に比べたら必死に悩んだ天士は…


「そんなことより、ご主人。ご主人の聖痕を二つ持っていることについて隙間の神から呼び出しが来ているのですが…」


「ああ、やっぱりバレてしまったか…ずっと隠していたんだけどな…」


がっくりと肩を落として散瀬が言った。


聖痕が二つあることは隙間の神に隠してきたことだったのだ。


うっかり使うにしても場所を誤ったか…


「二つの聖痕使いなんて知れたら、どれだけこき使われることやら…憂鬱な訳よ」


「…本当にそうですか? 本当にそれだけの理由で隠してたんですか?」


真剣な表情でパイロットが散瀬に迫った。


「他に何か理由ある?」


「………」


惚けるような散瀬の目をパイロットは見つめる。


ふざけた調子の心の内を覗くように…


「…あまり深く考えないでいいよ。オレはただ戦いが怖いだけの臆病者な訳よ」


ごまかすように散瀬は笑った。








「ああ、ボスが目を覚まさない、ボスが目を覚まさない…」


ぶつぶつと呟きながら逸谷不戒は歩き回る。


落ち着きのない逸谷の視線の先にはベッドに眠る鐘神季苑が…


「アジトへ帰ってくるまでは意識があったのに、着いた途端に…ああー!」


禁断症状が起こった麻薬中毒者のように喚く逸谷。


季苑を心配している気持ちは伝わるが気持ちが悪い。


辺りで様子を見ていた季苑の部下達も不気味な逸谷に声をかけられずにいた。


「あ!」


部下の一人が思わず声を上げた。


季苑のベッドの近くの棚に積んであった本が倒れたのだ。


この配置だと、丁度、季苑の顔に本が落ちてしまう。


「ボス!」


逸谷もそれに気づいた。


慌てて眠る季苑の下へ向かおうとするが、気づくのが僅かに遅かった為、間に合わない。


本は季苑の顔にぶつかる…


と思ったら、急に角度を九十度変えて駆け寄る逸谷の顔面へ…


「ぶっ!」


情けない声を上げる逸谷を見ながら、部下達は思い出していた。


ボスは聖痕を自分の意志でオフに出来ない為、不意打ちは効かない…と。


今のも季苑が無意識に聖痕を起動させて、本を弾いたのだろう。


「…フフフ、フフフフフフフ」


不気味な笑い声を部下達は聞いた。


逸谷だ。


逸谷が顔面に本を張り付けたまま笑っている。


「聖痕が起動しているということは、ボスの傷も治ってきているということですね! フハハハハハー」


狂ったように笑う逸谷を見て、部下達は本気でこの組織から抜けたくなった。

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