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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
五章、全面戦争
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第七十話 悪意


「真実を教えてあげただけなのに、どうして責められるんですか?」


「うるせえ!」


先程まで祭月が立っていた地面が軋んだ。


まるで、巨人が足踏みしているかのように地面は次々と陥没していく。


棺の重力攻撃を祭月がかわし続けている為だ。


「イヒヒ! オレの『釘』の性能がただ、死体を操ることだけだと思わないで下さい!」


祭月は『釘』と称した赤い槍を振るう。


同時に祭月の脇腹から零れていた血が凝固し、弾丸のように棺へ射出された。


「血の釘! さっき色雨に不意打ちをくらわせたのはコレか!」


目を抉るような角度で射出されたソレを棺は紙一重でかわす。


鉄並みの硬度に凝固した血の釘だ。


まともにくらっていたら、失明していただろう。


「死体だけではなく、血を操る力も持つようだな…」


「オレの釘の力は『人間を操ること』。人間と言う定義に含まれるものなら何でも操ることが出来ます」


人間を操る。


それが、祭月の持つ力。


人間を弄ぶ祭月らしい悪魔のように残酷な力だ。


「ハッ、死体だろうが、血だろうが、全部ぶっ潰してやるよ!」


「勇ましいですねえ…自由を掴む為に、壁や障害を全て叩き潰す…」


祭月の盾になるように人影が現れた。


まだ死体が残っていたのか…と構えた棺はその顔を見て凍り付いた。


「操れるのは死体だけではないと言ってませんでしたっけ?」


立ち塞がるように現れた人影は江枕衣だった。


身体に青く光る糸を纏い、感情を失ってしまったかのように、ぼんやりとした瞳で棺を見つめている。


「『中身』がある状態だと操りにくいのですけどね、ちょこっと揺さぶってあげればこの通り」


自慢話をするように祭月は衣を指差した。


「中身は今の内に壊しておきましょうか。その心臓を釘で貫いて…イヒヒ!」


「テメエ!」


「おおっと、聖痕を使うんですか? 聖痕を使えるんですか? お友達が死んでしまいますよ?」


「ッ!」


思わず、棺は聖痕を使うことを中断した。


無意識的な行動だった。


身体が痙攣するように震えてしまい、聖痕を使うことが出来なかったのだ。


「何だ…?」


棺本人にも理解できない。


祭月に恐怖している訳では断じてない。


衣をかわして祭月だけを叩き潰すことなど簡単だ。


そう頭では理解していても何故か聖痕を使うことが出来ない。


身体の震えも止まらない。


これではまるで…


「女性に触れるのが苦手なのは女性自体が怖いのではなく、近付いた女性を傷付けるのが怖いから」


「…!」


「ですよね? 神無棺」


祭月は告げた。


そう、これではまるで、異性に触れた時のようだ。


棺の記憶にないトラウマ。


それはまさか、


『コレ』なのだろうか?


「お前、オレの何を知っているんだ!」


「知りたいんですか? 本当に? 忘れていたいんじゃないですか? 本当は? イヒヒヒヒヒ!」


馬鹿にするように祭月は嘲笑う。


棺の過去について何か知っているのは明らかだった。


「知りたければ…オレを殺してみて下さいよ! こんなお子様一人、躊躇せずにぶっ殺して下さいよ!」


「…ッ」


煽るように祭月は言うが棺には衣を見殺しにすることは出来ない。


未だに震える棺の姿を見て祭月は呆れたようにため息をついた。


「…はぁ、がっかりさせないで下さいよ『救世主』…そのトラウマはさっさと克服してもらわないといけませんね」


「救世主だと?」


「さてさて、どうしますか……ん?」


祭月が首を傾げる。


衣に絡み付いていた青い糸が切れていた。


そう簡単には切れることはない筈だが…


「よし、棺! 衣の糸を切ったである。これで衣を操られることはない!」


「…なるほど、切ったのはお前でしたか」


文字通り糸の切れた人形のように倒れる衣をレイヴが抱き止めた。


祭月が棺との会話に夢中になっている中、レイヴは機会を狙っていたのだ。


人質である衣を自身の力で助け出す機会を。


「人格すら曖昧なガラクタであるが故に、トラウマの対象にならない…意外と、お前がトラウマ克服の鍵かもしれませんね」


「フッ、か弱い乙女だと棺に認識されていなかったのは割とショックであるが、そんなことは些細なことである!」


レイヴは捻れた赤い剣を振りかぶる。


金属同士がぶつかる音が辺りに響き、赤い剣は赤い槍に受け止められた。


「お前は何者であるか…人ではない…けれど聖遺物でもないような…」


「オレは『者』でも『物』でもない存在。誰でもない無形だ」


「うわっ!」


祭月は人間離れした身体能力で剣を押し返し、レイヴを蹴り飛ばした。


「ガラクタ如きがオレの邪魔をしないで下さい」


「聖痕使いなのに触れても気絶しない…力が…効いていない?」


「気絶しない? イヒヒ! そんな勘違いをしているからお前は、ガラクタなんですよ!」


「勘違い?」


首を傾げるレイヴに祭月は口端を三日月のように吊り上げた。


「奇跡を喰らい、聖痕使いを気絶させる力? 『赤い聖遺物』の力がそんな陳腐な訳ないでしょう? 何故なら、『赤い聖遺物』とは本来、聖痕使いをより多く殺す為に駆動しているのだから!」


「なっ…」


「数多の聖痕使いを殺す…それこそが貴女の存在意義…前から分かっていたのでしょう? 自分が聖遺物とどこか違うことは?」


ジワジワと祭月の言葉がレイヴの心を蝕んでいく。


衣の時と同じだ。


祭月の言葉は妙に説得力があり、現実味があり、心を抉る。


祭月はレイヴの心が壊れていく音が聞こえるような気分だった。


「さあ、貴女の使命を……あれ?」


止めの一言を告げようとした祭月は異変に気づいた。


全身に感じる浮遊感。


まるで空を浮いているような奇妙な感覚…


「ぶっ飛べ」


次の瞬間、祭月の身体は落下するように支部の壁へ激突した。


「ぐあっ! い、意外と効きますね………え?」


「潰す」


棺は祭月へ向けた右手を握り締める。


壁へ磔にされていた祭月は更なる重力を受け、ミシミシと嫌な音を発てた。


壁が軋む音ではない。


祭月の骨や肉が潰れようとしている音だ。


人間が生きながらミンチになっていく様を見ながらも棺の表情は変化しない。


殺意と憎悪。


ただそれだけだ。


「グ…ガ…これは少し……ヤバイですね…!」


「とっとと潰れやがれ」


冷めた目で祭月を見つめながら棺が言う。


「イヒヒ…良い…ですよ…期待してますよ…救世主」


「その救世主ってのは…」


棺が祭月の言葉を疑問に思った瞬間、棺に青い糸が襲い掛かった。


糸自体は大したことはなかった。


人間を操ると言っても死体や精神喪失状態の人間以外にはただの光る糸だ。


問題はその目眩ましによって祭月から目を離してしまったこと…


「イヒヒ!」


祭月が虚空を舞う。


周囲に張り巡らさせた糸を使い、重力を感じていないかのように浮遊した。


「逃げる気である!」


「今の身体ではお相手出来ませんが、次の機会には、お相手をさせていただきますよ!」


レイヴが叫ぶが、遅い。


既に棺と祭月の間には距離が空いてしまっている。


「それでは皆さん…」


さようなら…と笑いながら続けようとした祭月の身体が拘束された。


『光る鎖』によって…


「逃がしません」


「江枕衣…!」


その鎖の主を祭月は空中で睨み付けた。


レイヴによって解放された後もノーマークだった。


既に心を折ったものだと…


「棺!」


衣の叫ぶ声で祭月はそれに気付いた。


神無棺が目前まで迫ってきていることに…


「く、そ…」


「ぶっ潰れろ!」


瞬間、祭月の身体は空の彼方へと消えた。








「戦いは終わったのかな? 状況が全く掴めない…」


色素の抜けた灰色っぽい黒髪に、白い眼帯、色白の華奢な身体と全体的に白い印象を受ける少年、桐羽由来キリバネ ユライは歩いていた。


先程までは端橋寧利と共に行動していたのだが、突然起こった地震ではぐれてしまったのだ。


重複所在バイロケーションを使って探すかな……うん?」


広範囲に分身を生み出す聖痕を使おうとした時、由来の視界に何かが入った。


地面に倒れ伏す少年だ。


由来はすぐにその傍に駆け寄る。


「大丈夫? 一体何でこんな所に…」


中学生くらいの歳の少年だった。


サファイアのような見事な青髪が少し目を引いたが、由来は気にしなかった。


一般人は避難した筈だ。


つまり、この少年も隙間の神か、反逆者のどちらかと言うことになる。


「うう…あの愚物め」


「ぐ…ぶつ?」


首を傾げる由来を少年は銀色の瞳で睨んだ。


「貴様は何者だ」


「オレは桐羽由来。歳は十九歳だよ」


「………」


聞いた割に由来の返答は無視して、少年は考え込む。


変わった少年だと由来は思った。


「おーい、おじーさーん。探したよー」


困惑する二人の下へ明るい声がかけられた。


声から判断するに少女のようだ。


由来は声の主の方へ視線を向けた。


「おや、おにーさんは誰ですか?」


少女は不思議そうな顔をしながら言った。


小さな黒いシルクハットを被り、道化師のようなフリル付きでカラフルな服装の少女だ。


鮮やかな青い髪に美術品のような端正な顔立ちをしているが、瞳だけはパーツを間違ったかのように濁った青色をしている。


「オレは桐羽由来。君達は…姉弟かな?」


「違う違う。ボクの名前はモヌケ。そっちはへーレムって言うんです」


「………」


変わった名前だ。


人のことは言えないが、由来は思った。


「そんなことより、おにーさん。上質な聖痕持ってますねー…ボク、面食いだから、おにーさんみたいな聖痕使いには目がないんですよー」


濁った青い瞳をキラキラと輝かせてモヌケは言う。


「はぁ…上質?」


段々近付いてくるモヌケに由来は困惑していた。


そんな二人をへーレムは睨み付ける。


「行くぞ。争いを起こし、『奴』を炙り出す作戦だったが、予想外のダメージを負ってしまった」


「もう帰るの? だったらおにーさんもついてきて下さいよー、きっと楽しいですからー」


「え?」


モヌケは言った。


他人の為にしか生きられない便利屋に。


言ってしまえば、頼まれたら断れない人間に。








「いたた…全くやってくれましたね。救世主」


町外れにて、祭月は呟く。


仰向けに倒れた近くに空いている大穴が、祭月がこの場に落下した時の衝撃を物語っている。


余裕そうに呟く祭月だが、身体はボロボロ…


身体中の殆どの骨が折れているせいで起き上がることすら出来ない。


死にかけ…いや、既に致命傷を負っている。


だが、祭月は死なず、ヘラヘラとした笑みを止めることはない。


「…ん?」


動けない祭月の周りに黒い影が現れた。


黒いコートに身を包んだ複数の男達。


堕天使アザゼルだ。


「おやおや、何ですかオレを暗殺しに来たのですか? かつての部下達諸君」


『殺しに来たのではない。迎えに来たのじゃ遊悪』


堕天使の一人が持っていた聖痕装置から声がした。


その声に祭月は聞き覚えがあった。


「その声…探女サグメですか! イヒヒヒヒヒ、老けましたね!」


『私はまだ二十九歳じゃ。失礼な』


「イヒヒ! 年寄り臭く思われたくなければ、まず、その爺口調を何とかするんですね、ババア!」


『…殺せ!』


「うおっ!」


機械から発された声に反応して堕天使の一人が炎の聖痕を放った。


慌てて祭月は身をよじってそれをかわす。


「危ないですねー! 殺す気ですか!」


『チッ…まあいい。貴様、私の計画に協力しろ。そうすれば貴様の望むモノをやろう』


「望むモノ? 生憎と地位や富とかに執着はないんですけど」


探女の言葉に祭月は首を傾げる。


それを予想していたのか、探女は堕天使の一人に指示を出した。


黒いコートの男は懐からカタログのようなモノを取り出し、祭月へ投げる。


『貴様好みの身体達じゃ。好きなのを選べ』


「…へえ」


祭月は片手でそのカタログを開き、倒れたまま中身を見た。


様々な人間の名前と顔、身体的特徴などが書かれた『リスト』のようだ。


全て、隙間の神に所属する生きている人間だった。


「流石、分かってるじゃないですか」


『なら…』


探女が言いかけた時、堕天使が苦悶の声を上げた。


全ての堕天使が巨大な血の釘に貫かれている。


心臓を一突き…全て即死だった。


『…理由を聞こうか?』


「そうですねー、オレは娼婦はあまり好みではないんですよ。欲しい物は苦労して手にいれなければ価値がない」


『品のない表現じゃ…』


そこまで言って機械からの声は途絶えた。


堕天使が落としたせいで壊れてしまったのだ。


「さて、結局どうしましょうか…」


「うわっ、何デスか。この死体の山は!」


祭月が地面に転がりながら考え込んでいると誰かが通りかかった。


濡れたレインコートを着て傘を手に持った男、オーミー・氷咲だ。


「…丁度良かった」


「え?」


オーミーは反応することすら出来なかった。


倒れていた祭月が赤い槍を握ったことに気付いた時にはその槍はオーミーの胸を貫いていた。


「カ…ゴホッ!」


「もう何も苦しむことはありません…『お前はオレになる』」


祭月が不気味な言葉を告げると、槍が赤く輝き、絡み付いた青い糸がオーミーの身体に纏わりついていく。


それと同時に祭月の赤と青の瞳から光が消える。


「………」


オーミーは既に絶命してしまったのか、目を閉じ、動かなくなった。


槍が赤く輝くのが終わると祭月は死体になったかのように完全に生気を失う。


「………」


静かに目を開いたオーミーの両目は赤と青のオッドアイへと変色していた。


オーミーは無言で手鏡を取り出し、自分の顔を見る。


「…案外イケメンですね。この人。イヒヒヒヒ!」


『遊悪』はそう言って笑みを浮かべた。

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