第七話 神無棺の日常
「で、結局どんな関係なのである? 幼なじみの私としては聞いておきたい所なのであるよ?」
「一年前に会ったばかりだろうが、このほら吹き女め…こいつは…その、何だ……バイト仲間?」
男装趣味の悪友に棺は衣との関係を棺なりに解釈して言う。
「間違ってはいないですけど、若干どこかおかしいような…」
やや天然の衣はその言葉に首を傾げる。
「ふーん」
聞いた割にさほど興味のなさそうに言うレイヴ。
「それで、お前のその口調はいつものことだからいいとして、今日は男装かよ」
「うん、今日は、男でいって見ようかなと思ったのであるよ」
自分の制服を見ながらレイヴが言う。
「…世界一適当な奴だな、相変わらず…」
「ええと?」
「考えるな衣。あと気をつけろよ、こいつは両刀遣いの変態だからな」
「失敬な! ただ、私は男も女も愛せる。ラブは地球を救うと思っている聖女なだけであるよ?」
神に祈るような、芝居がかった仕種をしながらレイヴは言う。
「…お前と話していると頭がおかしくなりそうだ」
うんざりしたように棺が溜め息をつく。
レイヴ・ロウンワードと棺は一年前からの仲だが、その頃から妙に好意的なレイヴとは正反対に棺はレイヴを苦手としていた。
何より、若干人間不信な所がある棺に対し、この一体何を考えているか分からないレイヴの性格は相性最悪だった。
「確かに男女どちらでも構わない、でも、今のところは棺にゾッコンラブ!」
「…放せ」
腕に抱き着いてきたレイヴを欝陶しそうに引きはがしながら棺が言う。
普通なら、西洋風美少女である、レイヴに抱き着かれれば嬉しいかもしれないが、全て冗談だと分かっているので棺は喜ばない。
というか、レイヴの言葉や仕種の一つ一つが嘘臭い。
「…あれ? 棺、平気なんですか? 女の人ですよ?」
抱き着かれた棺が顔色一つ変えないことに、先日棺の幼なじみから教えてもらったことを思い出して言う。
何かのトラウマなのか、棺は異性に触れられるとがたがた震える。
だが、レイヴに触れてもそれがない。
「あー、あれだ。多分、こいつのこと女だと思ったこと無えからじゃねえの?」
詳しくは分かんねえ、と自分のことなのに言う棺。
「はぁ、そんなものなんですか?」
よく分からないけど適当な人ですね、と思いながら衣は言った。
「しかし、意外でしたね、友達がいないって聞いてましたけど」
「友達なんかじゃねえよ。ただの……ストーカーだ」
レイヴを表現する言葉が見つからず、棺が言う。
屋上から出て、とりあえず購買部でパンでも買おうと二人で廊下を歩いていた。
弁当を持って来ない棺は、元々、先に購買部に行って屋上で食べるつもりだったのだが、
衣と一緒にいるところを出来るだけ人に見られたくない為、購買部から人がいなくなるまで待っていた。
別に気恥ずかしいとかでは無く、変な噂が立った時に迷惑するのは衣だろうと、棺なりに気遣かっていた。
ちなみにレイヴは用事が済んだからか、どこかへ消え果てた。
「ストーカーって…」
「大体、素行不良以前にこの髪や目の色で嫌でも目立つからな…」
忌ま忌ましそうに棺は自分の赤い前髪を見る。
「…イジメられてるとかですか?」
「いや、逆だ」
「逆?」
衣が意を決して聞くと予想外の返答が来た。
その意味を衣が考えて頭を悩ませていると、
二人の前から数人の男がやって来た。
金髪やピアスなど明らかに素行の悪そうな男達だ。
男達が衣を見て、その後、棺を見てニヤリと笑った。
そして、
「「「ちわーッス! 神無さん、おめでとッス!」」」
全員そう言って棺に頭を下げた。
衣は声の大きさとあまりの驚きに転びそうになった。
「…声がでかい。つーか、聞きたくねえが、何がおめでとッスなんだ?」
「その隣の…「ストップ、何となく理解した。今よりその話題は禁句にする、話している奴らがいたら、脅しておけ」…りょ、理解ッス、アニキ…「アニキ言うな」…」
近くにいた不良Aを片手で胸倉掴んで持ち上げながら棺は言う。
棺が手を放すと不良達はどこかへ走っていった。
「…今のは忘れろ」
「理解です、アニキ」
「アニキ言うな!」
疲れたように言う棺に珍しく衣が冗談を言い、棺がキレた。
触れられたくない所に触れられたようだった。
「この学校の番長ってやつッスか?」
「番長じゃねえよ、その話し方もやめろ」
「慕われてるみたいじゃないですか?」
「喧嘩売ってきたから返り討ちにしただけだ。馬鹿ばっかりだ」
レイヴの時より疲れたように棺は言う。
「喧嘩強いんですね、これから期待できそうです」
これからのパートナーとして嬉しそうに衣は言う。
「…お前も馬鹿だな」
言葉通り棺は馬鹿にしたような溜め息をついた。
「何でですか!」
「自分と体重の変わらない大の男を片手で胸倉掴むだけで持ち上げる…なんてリアルじゃ結構難しいことなんだぜ?」
「……?」
「聖痕使ったに決まってるだろうが」
「なっ!」
「触れたモノを無重力に…手から離れれば十数秒しか持たないが、触れてる間は無重力のままに…まあ、つまり、相手の重さに関係なく持ち上げることが出来る訳だ」
「イ、インチキです! 大体秘匿するべき力を…」
「言っとくが、思い付いたのは昨日で使ったのは今日が初めてだ。試してみたら思いの外、上手くいった」
「うう…」
手を開いたり閉じたりしながら棺が言うが、衣はあっさり騙されたことに呻く。
別に棺に悪い所は無いのだが、妙な敗北感を感じているのだ。
しかし、今まで自分の聖痕に微塵も興味を示さなかった棺がこのような応用を考えたのは、やはり、衣の手伝いをすることを考えているのかもしれない。
流されて、成り行きですることになった手伝いだが、それなりに責任感はあるようだった。