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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
五章、全面戦争
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第六十八話 真実


「その…赤い聖痕は…」


声が震えるのが分かった。


赤い聖痕は嫌でも色雨の記憶に残っている。


色雨の恋人、柔木理念を殺した遊悪ユアクと言う違法聖痕使いだ。


あの男と同じ赤い聖痕…


「あぁ? オレの顔に何かついてるか? 江枕色雨」


不機嫌そうな目で色雨を睨みながら棺が言う。


その言葉にどこか違和感を感じる。


普段の棺とは、どこか違う気がする。


赤い聖痕と赤い瞳が爛々と輝いている…


困惑する色雨を無視して、棺は季苑を見た。


「アレか。うるさい奴は」


「待っ…」


引き止める色雨を視界にも入れず、棺は季苑の下へ歩いていった。


「…アレは本当に棺か?」


「アレは本当に棺である」


色雨の呟いた疑問にレイヴが答えた。


棺の少し後ろを歩いていたようで衣も傍にいる。


「瓦礫で頭を打って、しばらく気絶して、目が覚めたらあんな感じてある」


レイヴはため息をついた。


「打ち所でも悪かったのであるか?」








「よう、随分はしゃいでるじゃねえか。うるさくて寝れねえよ」


季苑の聖痕で飛び交う瓦礫をかわしながら棺は季苑に声をかけた。


季苑は棺の様子に訝しげな顔をする。


「…お前、先程とキャラが違うが…二重人格と言うやつか?」


「あー違う違う。そんな大層なものじゃねえよ。勿論意思を持つ闇の力とか、んな下らねえものでもねえ」


棺は吐き気がするような仕草をした。


「オレはただ記憶が戻っただけ。元々のオレに戻っただけ…」


棺は軽く右腕を振った。


その瞬間、飛び交う瓦礫の一つが凄まじい速度で季苑へと飛んだ。


その瓦礫はすぐに破壊されたが、季苑は油断のない瞳で棺を睨み付けた。


「元々の本来の、最強のオレにな!」


棺は笑みを浮かべて右腕を振るった。


先程の十倍以上の瓦礫が季苑へと襲い掛かる。


「お前、観念動力者か! そんなものが俺様に効く訳がないだろう!」


「観念動力? んなありふれた力じゃねえよ。このオレの力はなぁ!」


棺は右手で握り拳を作る仕草をした。


瞬間、季苑は地に伏した。


力尽きたのではない。


地に伏すことを『強制』された。


「グッ…こ…れは…衝撃波…違う…『重い』…!」


「うるせえよ、壁が」


地に伏した季苑に棺は鋭い蹴りを入れた。


先程まで笑っていたが、今は不機嫌そうな顔をして季苑を睨み付けている。


感情のブレが激しく、不安定のようだ。


「『壁』ごときが、このオレに楯突くんじゃねえよ、コラ!」


「ガッ…!」


「あー! マジでイライラするぜ、あの『檻』から折角出れたってのに、外も壁ばっかりでうんざりだ……真の自由とは一体どこにあるんだ?」


季苑を足蹴にしながらそんなことを呟く棺。


もう勝った気でいるのか、季苑に使っていた力も解除したようだ。


棺を睨みながら、季苑は立ち上がる。


「今の力…お前の本当の力は『重力』を増大させる力だな…なら、使わせる隙を与えなければいい!」


季苑は聖痕を起動する。


飛び交う瓦礫が、大地が、全てが棺を攻撃する。


「どんなに強力な力だろうと大地が揺れていてはまともに戦えない! 死ね!」


殺意の込もった季苑の視線を受け、棺は…


小さくため息をついた。


「大地を支配した程度で王にでもなったつもりか? ハッ、滑稽すぎて涙が出そうだぜ!」


棺は軽く地面を蹴ると、空へと浮遊した。


大地が揺れようが無関係。


空へ浮遊出来る棺は大地には縛られない。


「重力はオレが支配した! この場はオレの領域だ! オレのルールに従え!」


棺は空中で季苑の背後を指差した。


その行動の意味を理解できない季苑を笑いながら棺は告げる。


「たった今より、そっちが『下だ』」


「!」


季苑は困惑する暇すら与えられなかった。


後方へ吹き飛ばされる…


いや、引き寄せられる感覚に近かったかもしれない。


まるで、後方へ『落下』するように季苑は後方の瓦礫に突っ込んでいった。


「重力って言う絶対者には逆らえねえんだよ。人間ってやつはな!」


倒れる季苑を見下しながら棺は叫ぶ。


「オレの力は重力操作ではなく『重力の発生』だ。軽重のみならず、上下の概念さえも支配できる!」


人間が大地に立っているのは地球の重力が下へ向いている為。


棺はそれさえも上回る重力を季苑の後方へ発生させ、『下』と言う常識を変化させたのだ。


常識を覆す奇跡を起こす。


それこそが聖痕の本質。


「『自由落下フリーフォール』って言う名前なんだけどよ…自由な方向に敵を『堕とす』ことがその本質だ」


重力の聖痕『自由落下』


棺の無重力はそこから派生した副産物だったのだ。


強弱、向き問わず自在に重力を発生させる…それが棺の聖痕。


「とっとと死ねよ」


空中から大地に降り立った棺が季苑を睨み付け、右手を向ける。


その動作には一切の躊躇がなく、季苑に対する殺意が溢れていた。


季苑に止めを刺すつもりである。


「棺! 待って下さい!」


だが、それは衣によって阻止された。


棺の動きを止めるように背後から抱き付く。


「………」


予想外だったのか、棺は目を白黒させた。


驚いたことで聖痕は起動できなかったのか、何も起こらなかった。


「それ以上はその人が死んでしまいます…だから………棺?」


説得しようとした衣は棺の様子がおかしいことに気付いた。


何か、顔が青ざめているような…


「オレに触るな衣! 忘れたのか、オレは女が苦手なんだよ!」


「あ…いつもの棺です」


「うるせえ! んなことで安心してるんじゃねえ!」


慌てて衣を身体から引き剥がし、遠ざける棺。


何故か衣はその棺の様子に安心した。


聖痕が赤くなってから少しキャラが変わっていた棺に不安になっていたのだ。


「だって、さっきから何と言うか…いつもより精神年齢が下がっていたような」


「もう少し格好いい例えはねえのか!」


「おや棺、ナルシストなキャラ作りはもうやめるのであるか?」


「ナルシストだと! つーかキャラ作りじゃねえよ、こっちが素だ!」


後ろからノコノコやって来たレイヴを睨み付ける棺。


怒ってはいるが、先程までの殺意は消えていた。


「記憶が戻ったようだね」


「…ああ、色雨か。そうだ全部じゃねえが、大体は戻った。聖痕のこともオレ自身のことも…」


自分の赤い聖痕を眺めながら棺は呟いた。


「その赤い聖痕は…」


「ストップ。うるさい奴がまだやるみたいだぜ」


色雨の疑問を遮り、棺は前を向いた。


棺の攻撃を受け、ボロボロの季苑が立ち上がり、こちらを睨み付けていた。


「お前達隙間の神を殺す…絶対に」


再び瓦礫が揺れだす。


棺はうんざりしながらそれに構えた。


「構える必要はない」


棺の耳に聞き覚えのある声が響いた時、瓦礫の揺れは止まった。


「くそっ、時間か…!」


季苑は苛立ったように叫ぶが何も起こらない。


季苑の聖痕は起動しない。


「聖痕はエネルギーだ。エネルギーである以上、聖痕にも限界はある。聖痕使い内の聖痕を全て使い切らなくても、一度に使える限界に達すれば聖痕を使うことは出来ない」


隙間の神のトップ、天之原天士は言った。


季苑の聖痕は強力過ぎてコントロール出来ず、常に起動した状態だ。


故に不意打ちを受けない上に攻撃の速度が凄まじく速いが、それは利点ばかりだけではない。


消耗が激しいと言う欠点もある。


砂染木々と戦い、神無棺達と戦い、赤い聖痕の棺と戦い続け、もはや季苑は限界だった。


もし、季苑が部下を信用して部下と共に戦っていれば結果は変わっていたかもしれないが…


エゴイストの季苑は一人でしか戦うことが出来なかったのだ。


「直接手を下さず、優秀な部下を使う…二年前と同じだな、天之原天士!」


「二年前…だと? 何を言っているのかね?」


「…何?」


困惑する天士の顔に季苑は呟いた。


惚けている?


いや、『ロザリオ』の件の時には分かりやすい程に動揺していた。


なら…


「そこまでだ。反逆者を殺害する」


その時、黒いコートの男達が季苑を取り囲むように現れた。


隙間の神の一員なのか、それぞれが聖痕装置を持ち、季苑に向けている。


「こいつらは…」


季苑が自身を取り囲む者達を睨み付ける。


「第零部隊『堕天使アザゼル』…隙間の神の暗部共か」


聖痕装置を突き付けられても動揺せずに季苑は呟く。


堕天使アザゼル


隙間の神の暗部。


更正不可能な違法聖痕使いを処刑したり、反逆者を暗殺したりなど汚い仕事を受け持つ…隙間の神の『汚れ役』だ。


反逆者である季苑を殺害する為に本部からやって来たのだろうが…


「ククク…タイミングが良すぎるな。まるで俺様の口封じにやって来たみたいじゃねえか…いよいよきな臭くなってきやがった」


「………」


堕天使達は笑みを浮かべる季苑の言葉には答えない。


無言で無表情で武器を構えている。


「処刑を開始する」


「待て!」


トップであるはずの天士の言葉にさえ従わず、堕天使達は季苑へ襲い掛かった。


聖痕を使えない季苑はそのまま殺害される…


筈だった。


「グ…ガァ…」


「な、何だ? 息が…」


首を押さえて堕天使達は倒れていく。


季苑が何かしたのではなかった。


武器を振りかぶる直前に勝手に苦しみだしたのだ。


「無事ですかボス?」


黒いコートの男達の中で唯一苦しんでいない者が季苑へ言った。


「…逸谷か?」


「あなたの右腕、逸谷不戒ッスよ。助けに来るのが遅かったみたいですねー」


ヘラヘラと笑いながら逸谷が言った。


逸谷はボロボロの季苑へ手を差し伸べる。


「さて、とっとと逃げましょうか」


「………」


その手を見て、季苑は黙り込んだ。


一人で戦うと決め、慕う部下を切り捨て、その駒に救われた。


季苑の心中は季苑以外誰にもわからない。


「…ボス?」


「…いや、何でもない」


そう言うと季苑は立ち上がり、逸谷と共に走り出した。


「待て!」


苦しんでいる者達とは別の堕天使達が季苑達を追っていった。








「この町にいる違法聖痕使いが撤退を始めたようだ」


天士が携帯電話のような聖痕装置を弄りながら言う。


「他の者達にも連絡は取ることが出来た。皆無事のようだね」


色雨が安心したような笑みを浮かべた。


現在、この場にいるのは、棺、衣、色雨、レイヴ、天士の四人だ。


濁里、木々は違法聖痕使いが町に残っていないか見回りに行き、残った四人はいつもの支部へと向かっている。


皆、疲労困憊だ。


今日は色々なことがあり過ぎた。


「そういえば、棺は記憶が戻ったのですよね?」


「そうだが?」


衣の言葉に棺が頷く。


今日あったことの一つ、棺が記憶と本来の聖痕を取り戻したこと。


衣達は棺に聞きたいことが沢山あった。


「なら、棺の本名もわかったのではないですか?」


「それよりも私はその赤い聖痕について聞きたいな」


「それより家族構成とかを私は聞きたいである」


「待て待て待て…一度に言うなよ」


衣、色雨、レイヴの質問攻めに遭い、棺が困ったように両手を上げる。


「大体オレ自身全部は思い出してねえんだ。オレが覚えてるのは、オレが自由ではなかったこと、そして、自由になったこと、それだけだ」


「…?」


棺の言葉は抽象的過ぎて分かりにくかった。


自由ではなかった。


戦闘中に棺が言っていた、『檻』や『壁』と何か関係があるのだろうか?


「オレは自由を愛する奴だった。それだけは分かったがな。他は覚えてねえ」


「つまらないであるな」


ガッカリしたようにレイヴがため息をついた。


棺の過去話を楽しみにしていたのだろうか…


「そう落ち込むな、着いたようだぜ」


そんな会話をしていたら、支部が見えてきた。


何故か懐かしい気がする。


それだけ今日の出来事は濃かったと言うことか…


「…ん?」


棺が首を傾げた。


アレは何だ?


支部の入り口近くに転がっているアレは?


「なっ…!」


「コレは!」


色雨と天士が息をのむ。


死体だ。


全身に釘を刺された標本のような死体が幾つも地面に縫い付けられていた。


グロテスクなオブジェのように左右対称に支部の入り口に並べてある。


「一体誰が…」


「お帰りなさい。意外と早かったですね、皆さん」


支部の中から一人の男が歩いてきた。


年不相応な白い髪に学者帽を被った男。


「令宮…祭月…」


天士が呟く。


帰り血塗れになりながら、ヘラヘラと笑っている男の名前を呼ぶ。


「中々素晴らしいオブジェでしょう。『オレ』も気に入っているんですよ」


「君が、やったのか?」


死体に怯えている衣を庇うように前へ出ながら色雨が言う。


そんな色雨を見て、祭月は更に笑みを浮かべる。


「おやおや、久しぶりですね江枕氏…五年前の傷も癒えたようで本当に安心しましたよ?」


「…何を言っている?」


「イヒヒヒヒ! まだ気付かないんですか? 仕方ありませんねえ!」


祭月は自分の顔を右手で隠した。


そのまま撫でるような仕草をした後に右手を外す。


「ご対面ー!」


右目が青、左目が赤のオッドアイ。


右目の下に浮かび上がる、赤い聖痕。


手を外して現れたその顔は…


「お前、まさか!」


「ピンポーン。あなたの恋人をぶっ殺した遊悪さんですよー」


令宮祭月は悪意に満ちた笑みを浮かべながら、真実を告げた。

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