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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
五章、全面戦争
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第六十七話 覚醒


『ほら、そこ、右から来るである!』


「了解!」


レイヴの声に合わせて剣を右へ振るい、棺は瓦礫を薙ぎ払う。


技術なんてあったものではないが、レイヴの剣は触れるだけで聖痕を無効化することが出来る。


「…ふう、振り回すと意外と重いな」


『レディに向かって重いとは何事であるか!』


「へーへー…」


軽口を叩きながら棺は走り続ける。


既に季苑は目の前だ。


「素晴らしい。生ける剣と言うやつか……聖痕を無効化する力のようだな」


絶賛するのと同時に季苑はレイヴの力を分析する。


傲慢でエゴイストだが、季苑は愚者ではないのだ。


季苑は眼前の棺に向けて再び聖痕を起動する。


「なっ…」


「これなら、どうだ?」


季苑が酷薄な笑みを棺に向けた。


『乗用車』


道路に乗り捨ててあった、幾つもの乗用車が浮かび上がる。


先程の瓦礫とは重量も質量も桁違いの鉄の弾丸だ。


「いくら聖痕を無効化出来ようと、この重量までは防ぎきれまい…潰れろ」


季苑の声に呼応して、鉄の塊は弾丸の如く棺へと襲い掛かった。


重量もそうだが、その圧倒的な質量のせいでかわすことすら棺は出来なかった。


しかし、


「悪いが、オレに重さは関係ねえ!」


棺が鉄の弾丸に潰されることはなかった。


原因は無論、棺の聖痕『無重力』だ。


鉄の弾丸に掛かった聖痕はレイヴが無効化し、重量は棺の聖痕が無くした。


二人のチームプレーによって鉄の弾丸は完全に無力化したのだ。


『いいねいいね! 初めてのタッグにしては上出来であるね、私達!』


「ああ、そうだな!」


レイヴの弾んだ声に答えながら、棺は季苑に向かって剣を横に薙ぐ。


だが、それは季苑の操る瓦礫で防がれた。


「チッ、やっぱり速度はお前の方が速いな…」


「…重さを無くす聖痕に、聖痕を無力化する力か」


季苑は棺とレイヴを見据えて呟く。


自分の邪魔をする相手を憎々しげに睨んでいる訳ではない。


むしろ、好意的な目で二人を見ていた。


「称賛しよう。お前達程の者達はオレの駒共の中にはいなかった…お前達を駒に勧誘することは、止すとしよう…」


「…?」


棺は首を傾げた。


使えるものは使う季苑の性格上、ここまで評価されれば更に勧誘をしてくると思ったのだが…


「お前達は有能な『害』だ…有能過ぎる駒は要らん。いつの世も絶対者と言うものは有能な部下に裏切られて滅ぶ」


「…どこまで人間不信なんだよ」


「性分だ。有益な者、無害な者には比較的寛容なつもりだが…」


季苑は右手を広げて、棺へ向けた。


棺は季苑の行動の意味が分からず、訝しげな顔をしている。


「…有害となる者は確実に潰す」


瞬間、棺の全身を衝撃が襲った。


不意打ちをくらった棺はその場から吹き飛ばされ、近くの瓦礫に突っ込む。


「棺!」


季苑との戦闘を見守っていた衣が棺へ駆け寄る。


「言ったはずだ…『確実に』潰すと」


季苑はそれを眺めながら、右手を棺の吹き飛んだ方向へ向けた。


確実に棺を殺害する為に、追撃をするつもりだ。


「させないよ!」


「チッ、またお前か」


それに気付いた色雨が光の聖痕を使い、阻止した。


色雨の聖痕を苦手としているのか、苛立ちながら季苑は睨み付ける。


「音…振動…今のは…」


色雨が今の季苑の攻撃を冷静に分析する。


吹き飛ばされた棺のことは衣と同様に心配だが、今はこちらが先だ。


「…衝撃波、か」


色雨は独り言のようにそう呟いた。


季苑の力は音を媒介に物を操る力だ。


音とは振動。


ならば、振動を操り、衝撃波を起こすことも出来るのではないか?


その色雨の推測を聞き、季苑は余裕そうに口元を歪めていた。


「ハッ、その通りだ。だがどうする? 見えない攻撃をかわせるか!」


季苑は開いた右手を色雨へと向けた。


季苑と色雨の距離は近い。


この距離なら光を集める前に季苑の攻撃が色雨を殺害するだろう。


「死ね」


季苑は衝撃波を放った。


それは先程までの猛威とは違い、分かりやすい脅威を感じない攻撃だった。


見えない攻撃が色雨を吹き飛ばす…


その筈だった。


「…どう言うことだ?」


色雨は何も変わらず、その場へ立っていた。


変化があったのは季苑の方だった。


骨が軋む嫌な音共に季苑は膝をつく。


同時に軽い咳と共に赤い血を季苑の口から溢れた。


「こう言うことさ…」


濁里が手を振ると季苑と色雨の間の空間が歪んだ。


濁里の聖痕『湾曲通路ワームホール』だ。


「なるほど、衝撃波をその中に送り込んで俺様自身に返したのか…」


「初めてだったので多少威力は下がったけどさ」


濁里は空間と空間を繋ぐ力を応用し、季苑の攻撃を季苑へと転送したのだ。


鏡のように攻撃を反射したのだ。


転送する過程で衝撃が弱まったのか、季苑が吹き飛ぶことはなかったが、どの道もう戦う力は残っていないだろう…


「これ以上は無意味だ。大人しく投降するんだ…復讐は何も生まないのだから」


色雨が膝をつく季苑を宥めるように言った。


恋人を殺した殺人者を追っている色雨だが、それ故に復讐の為に道から外れた季苑の気持ちは分かる。


季苑にも反逆するだけの理由があったのだろう…


季苑は色雨を鋭い目付きで見て薄く笑った。


「…ククク、復讐は何も生まない? 信じていたものに裏切られた時、その台詞を吐けるか、隙間の神!」


季苑の瞳には激しい憎悪と決意が宿っていた。


ここまで人間は激情を抱くことが出来るのか…と思う程に季苑のその憎悪は膨大だった。


季苑の激情に呼応するように周囲の瓦礫がカタカタと揺れる。


来る…と色雨は直感的に感じた。


今まで見たこともないようなモノが、襲いかかってくる…と。


「鐘神季苑。待ちなさい」


その言葉と同時に周囲の異変が止まった。


季苑は静かにその声の主を睨み付けていた。


「私にご所望のようだが…私に何か用かね?」


隙間の神、熾天使セラフ…天之原天士がそこに立っていた。








「よく、ノコノコ現れてくれた。お望み通り、殺してやるよ!」


今までの余裕に満ちた口調ではなく、憎しみに満ちた口調で季苑は言った。


その殺意に満ちた季苑の目を見て天士は静かにため息をついた。


「…どうしてそこまで恨まれてしまったのかね…私とお前は初対面の筈だが?」


その言葉に色雨達は訝しげな顔をした。


季苑の様子から少なくとも二人は知り合いだと思っていたのだ。


顔も合わせたことすらないのに、ここまで憎まれる理由が色雨達には思い付かなかった。


「私の行動で間接的に被害を被ったのか? なら…」


「二年前、俺様は『ロザリオ』を知った」


季苑の言葉で天士の顔が凍り付いた。


その顔を見て、季苑が確信したように天士の顔を睨み付ける。


「やはり知っていたのか…貴様は俺様の手で殺す……いや、隙間の神と言う腐った組織そのものを殺し尽くしてやる」


「…ッ」


憎しみを向ける季苑に天士は答えない。


まるで、罪悪感に耐えるかのように俯くだけだ。


周囲の瓦礫が揺れだす…


いや、大地そのものが揺れだした。


「まずは、この町の隙間の神を町ごと潰す…その後、本部へ乗り込み、全てを殺し尽くす!」


季苑の叫んだ瞬間、『町』が大きく揺れた。


『地震』


人間ではどうにもならない筈の災害が一人の人間によって起こされた。


「くっ…これは本気でヤバイよ」


揺れる大地の中では立っていられず、地に肩膝をつきながら色雨が言う。


冗談や大袈裟抜きで町が潰される。


聖痕を使うどころか、まともに立つことすら不可能。


このまま見ていることしか出来ないのか…


「…あー、うるせえなぁ…ゆっくり寝てもいられねえっての」


不機嫌そうな声が背後から聞こえた。


棺の声だ。


「無事だったのかい!」


棺は先程まで季苑の攻撃で沈黙し続けていた。


季苑と対峙しながらも心配していた色雨は慌てて棺の方を振り返った。


そこには…


「ああ、オレは無事だぜ…捜し物が見つかって、本当に最高の気分だ」


赤い聖痕が右腕に浮かび上がった棺が立っていた。

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