第六十五話 途中参加
「狙撃が止まってから、こちらが圧され気味な訳よ…どうしようかな」
由来達のバックアップが止まり、散瀬のいる戦場は圧され気味だった。
元々数で負けており、しかも聖痕も強力な者がたくさんいる。
その中でも強力なのが…
「邪魔よ! ボスの邪魔をする人間は全て殺すわ」
「ボスの下に新たな秩序が生まれるのよ!」
あの姉妹反逆者だ。
二人共電気を操る聖痕使いらしく、強力な電気を纏った刃を操ってたり、遠距離に雷を飛ばしたりとこちらの陣営を苦しめる。
散瀬の聖痕は近付かなければ使えないからあの姉妹と相性が悪い。
そして、何より…
(女性に聖痕を使うのは主義に反する…)
性格上の問題で散瀬は戦えなかった。
「美里。次はデカイの行くわよ?」
「了解、実里。充電開始」
姉が実里、妹が美里と言うらしい。
意外と可愛らしい名前…と散瀬がぼんやりと思っていると放電姉妹が攻撃しようとしている方角に驚くべきものを見つけた。
「キャプテン…どうして、ここに!」
まさか、散瀬を探して来たのだろうか。
キャプテンは聖痕とは無縁の一般人だが、散瀬と関わっていた為か避難誘導装置には一般人と見なされなかったらしい。
「マズ…」
散瀬が呟くのと、放電姉妹が電気を放ったのは同時だった。
「…あれ? 何あいつ」
「私達の電気を止めた?」
放電姉妹が首を傾げた。
「ご、ご主人…私…」
「何も言わなくていいよ、キャプテン。君は何も聞かずに何も見ずに…今日のことは忘れて今まで通りに、平和に生きてくれ」
穏やかな笑顔で散瀬は言うと放電姉妹の方を向いた。
「女性には聖痕を使わない主義だったんだけどな……悪いけど、少しだけお仕置きする訳よ」
「「意味わかんないわよ、さっさと死ね!」」
激昂する放電姉妹に散瀬は片腕を向けた。
放電姉妹はそんな散瀬の仕種は気にせず、再び電気を放つ為に充電を始める。
「うっ…あ…!」
「な、何?」
あと少しで電気を放つと言う所で二人は苦しそうに胸を抑えた。
「お前…一体何をした!」
「………」
放電姉妹の言葉に散瀬は答えない。
だが、散瀬が何かをしたのは明らかだった。
黄金掌握ではない。
散瀬は姉妹に触れるどころか近付いてすらいない。
「…君達はギリシャ神話を知っているかい? 触れた物を黄金に変えるミダース王を…そして、その力をミダース王に与えた神を」
「何の話よ…!」
「その神はね…『女性を狂わせる力』を持っていた。自分の神性を認めない人間なんかを狂わせ、狂死させたこともあったらしい」
無表情な顔で散瀬は語る。
「熱狂掌握……その神の名前にして『オレの二つ目の聖痕だよ』」
「そ、そんな馬鹿な…聖痕を二つ持っているなんて、聞いたことがない!」
「うん。オレも初めて二つ目が宿っていることに気付いた時には驚いた。そして出来ることなら、二度と使いたくはなかった」
変わらず無表情な顔で言う散瀬の言葉に、キャプテンは散瀬がトラブルが起きて隙間の神の戦闘部隊から外れたことを思い出した。
恐らく、二つ目の聖痕はその時に発現したのだろう。
そして、それがどれだけの苦痛だったか、どれほどこの二つ目の聖痕を嫌悪しているかは今の無表情の散瀬を見れば分かった。
だから、散瀬は平和主義で争いを嫌う。
自分の聖痕を使わなければならない機会を出来るだけ減らす為に…
「く、くそう…」
「君達はもはや狂信女だ。残念ながら女性である限りこれは拒むことはできない…別に恨んでくれて構わない。しばらくの間、好きに暴れてくれ」
「ふう…何とかなったであるな」
捻れた剣を担ぎ上げながらレイヴが言った。
ヘーレムとは力の相性が良かったのが、勝因だ。
奇跡を込める力と奇跡を喰らう力…
それにヘーレム自身の身体能力が低かったことも勝因の一つだろう。
そもそもヘーレムは、奇跡を記す書物であって、レイヴのような戦う為の剣ではない。
幾ら清浄で高貴な力だろうと戦闘に使えるかどうかは別なのだ。
「それにしても…」
レイヴは呟いた。
ヘーレムが言っていた『争いを起こす必要があった』と言う言葉が気になる。
一体、反逆者と隙間の神をぶつけることで何を企んでいたのだろう?
「…考えても仕方がないであるな。さっさと棺達と合流するである」
そう言うと、レイヴは駆け出した。
「ゴホッ…一体何が…あなたは誰デスか!」
内臓を傷付けているのか、血を吐きながらオーミーが尋ねた。
状況が理解出来ない。
先程までオーミーは遠くからバックアップを行っていた由来達を排除しようとしていた。
逃げようと身構えた由来達を追いかけようとした所までは覚えている。
その瞬間、唐突に死角から攻撃を受け、気が付くと、オーミーと『今こちらを見ている者』以外いなくなっていた。
救援に駆け付けた隙間の神だろうか?
だとしたら、尋常じゃない早業だ。
オーミーに気付かれない速さで接近して攻撃し、由来達を逃がした…
そんなことが出来る隙間の神がいたとは…
「先に言っとくと、ボクは隙間の神じゃないぜー?」
えらくフランクな口調でソイツは言った。
女の声だった。
二十にも満たないような、少女の声だ。
「おかしいな。ここで待ち合わせの筈なのに…さてはヘーレムおじーさん、トラブってるな」
「ヘーレム…? あなた、ヘーレムさんの知り合いデスか?」
「どうせ、トラブってるのなら、そのまま事故死してれば良いのに…しぶとく、まだ生きてるみたいだな」
オーミーの話を聞かずに少女は独り言を言う。
オーミーの存在すら忘れているかのように、視線すら向けていない。
「ちょ、ちょっと、質問に答えて下さい。あなたがヘーレムさんの知り合いならボクは味方デス!」
「………ああ、まだ居たんだ君。君退屈なんだよね、もう飽きたって言うか…」
ため息すらつきながら少女はオーミーに言う。
挑発しているとしか思えないその発言に流石のオーミーも頭にきた。
「良いでしょう。魔法使い(マジシャン)として、あなたにとっておきの魔法を魅せてあげマスよ!」
オーミーが傘を振り上げると同時に青い人魂が周囲に現れる。
これがオーミーの魔法。
『怪火だ』
見た者に時間を忘れさせる(時間の間隔を狂わせる)催眠の聖痕。
視界に入りさえすればそれだけで催眠にかかる。
それだけで終わりだ。
「…ガハッ!」
「だから見飽きたって……君も君の聖痕もじっくり、見たけど、最高につまらなかった」
オーミーは背後からの攻撃に膝を折った。
魔法を使うとほぼ同時に、少女はオーミーの背後に移動したのだ。
何かの聖痕を使っていることは分かったが、どんな物なのかオーミーには理解できない。
まるで、手品の種が分からない子供のような気分だ。
「正面から見ない限り催眠には掛からないみたいだな…一度ネタバレした手を何度も使うなよ。観客はがっかりだよ」
「最初に…背後から不意打ちした時に、既に全部わかっていたとでも、言うのデスか?」
「一流のマジシャンは他のマジシャンの種も一目で見抜く…まあ、君とボクでは魔法使い(マジシャン)と手品師の違いはあるけど…」
ふざけた調子だが、要はオーミーの聖痕の力、弱点、その全てを把握したと言っている。
「持ちネタは複数用意しとかないと………マンネリは一番あってはならないことだろう?」
笑みを浮かべて少女はオーミーに言った。