第六十四話 対照的
「何か今、揺れなかったかしら?」
ファッションモデルのような服装の割に、何故かシャンプーハットを被った女が言った。
端橋寧利。
『ハッカー』の異名を持つ意志受信系の聖痕を持つ隙間の神の一人だ。
「さあ、オレは気付かなかったけど?」
寧利の言葉に答えたのは、色素の薄い黒髪に華奢な身体の眼帯男、桐羽由来だ。
視界を共有する分身を生み出せる由来の周囲には由来と瓜二つの分身が無数に存在し、全員が銃を手にして構えている。
分身体の身体能力は本体と変わらない為に、直接の戦闘はあまり成果を期待できなかった。
しかし、遠距離から狙撃することには由来の聖痕は適している。
由来は目立たない廃墟のビルの屋上から、隙間の神のバックアップを行っていたのだ。
何故、拘束されていた由来が隙間の神の味方をしているのかと言うと…
「私があなたは無害であると言ったら、案外早く隙間の神に入れてくれたわね〜…『情報開示』を持つ、私の『人を見る目』が間違ったことはないんだけど」
一重に寧利のお陰だった。
情報開示と呼ばれる人の心を読む聖痕を持っている寧利の仕事は何も、悪人から情報を盗み出すことだけではない。
例えば、由来のように悪人か善人か判断しかねる人間の記憶や心を読み、判断する仕事もある。
それにより、由来は力を貸す誰かが悪人でなければ無害であると判断され、隙間の神に手綱を握られることになったのだ。
「…人に施しを受けたことがないから、少し複雑な心境だけど………ありがとうって言えばいいのかな?」
「うふふ、全くもう、可愛いわね〜」
複雑な表情で由来が言うと寧利は笑顔になった。
由来を解放したことに幾分私情が含まれているのは間違いないだろう。
「見つけましたヨ。あなた方デスか、さっきからこちらを狙撃していたのは」
寧利達の背後から声が聞こえた。
濡れたレインコートに青い傘を持った男、オーミー・氷咲だ。
「案外早く見つかっちゃったね。死角はなくしたつもりだったんだけど…」
「幾ら視点を増やそうと、ボクを見た人間の瞬間は止まるんデスよ」
自分の力を自負するようにオーミーは傘を振るった。
「行きマスよ、魔法と言うものを教えてあげマス」
「駆け付けたくせに逃げてばかりではつまらないぞ? せめて、お前の聖痕を俺様に見せてみろ」
「うるせえ!」
降り注ぐ季苑の弾丸を棺はかわし続けながら叫ぶ。
ただ、落ちてくる物ならともかく、季苑の聖痕で加速した瓦礫に棺の無重力を使ったところで、勢いが殺し切れる筈もない。
触れて力を使った瞬間に、棺の腕が折れるだろう。
「チッ、つーか、女子供を狙わない程度の良心はお前にもあったようだな」
対策を見つけるまでの時間稼ぎに季苑に棺は言った。
棺の言うように、先程から狙われているのは棺のみで衣には一切攻撃が向かっていなかった。
その隙に衣はまた鎖で季苑を拘束しようとしているのだが、それを破壊するだけで追撃は行っていない。
思えば、木々の方もあれだけ実力差があったにも関わらず、止めをさすことはなかった。
それに木々との戦闘は木々の方から仕掛けたものであった。
無情なエゴイストの季苑にもその程度の良心はあったのか…
「良心か…ガキは嫌いなだけだ。ガキが死ぬのが云々と言うより『俺様が』ガキの泣き声を聞きたくないだけだ」
「…そんなことだろうと思ったよ、自己チュー!」
良心ではなく、季苑自身が子供が嫌いだから積極的には殺さない。
足が汚れるのが嫌だから、虫を踏んでは殺さない……程度のことなのだろう。
こいつとは意見が絶対に合わない…と棺は思った。
「…そんなことより、そろそろ聖痕を出してはくれないか? 加減するのにも限界はある。うっかり殺してしまうぞ?」
(…やっぱ、手加減してやがったか)
棺は思わず心中で思った。
季苑が棺に対して手加減をしているのは棺にもよく分かった。
先程までは隙間の神最強と言われる木々を追い詰める程だったのに、今は完全に素人である棺がかわせる程度に季苑の聖痕が弱くなっている。
棺の聖痕に興味を抱いているのか、それとも本気を出すまでもないと驕っているのか…
正直、棺は木々に対して行っていたレベルで攻撃されたら、数分と生きていられる自信がない。
しかも、季苑はその木々の時でさえ手加減していたような口ぶりだ。
本気で来られたら棺は一分と持たない。
情けない。
「くそっ…」
「…もう諦めムードか? 諦めが良すぎるのは良くないさ」
棺に向かって来ていた季苑の弾丸が全て消えた。
棺は思わず声のした方を向いた。
「ヒーローには助っ人が登場するのが定石さ。己の無力を嘆く前に頼れ」
着物を着て、日本刀を持った侍のような男、銘式濁里は言った。