第六十話 各々の戦闘
「聖痕とはエネルギーだ。俺様達聖痕使いはそれを体内に蓄積し、個々の形で放つことが出来る人間」
電子タバコをくわえた金髪のマフィアのような雰囲気の男、鐘神季苑は自分の考察を披露するように言う。
「分かるか? 俺様達は何も特別ではないんだ。自分の力ではなく、ただ拾った聖痕で好きに遊んでいるに過ぎない」
「………」
「俺様達は他人の力で戦っている。努力や工夫によって変わるのは聖痕の使い方のみで、最初に拾った量は変わらない。つまり…」
そう言うと、季苑は先程まで戦っていた砂染木々の方を向いた。
「この結果はお前が不運だっただけだ。気にするな」
「……くっ」
そこには膝をついて苦しげに息を荒げる木々がいた。
隙間の神最強とされる砂染木々が、容易く膝をついていた。
対して鐘神季苑には体力を消耗した様子もない。
これが二人の実力差。
聖痕の絶対的な差。
「自力の差じゃない、拾った武器の性能の差だ。どう足掻いたところで、短剣で戦車は倒せない…」
「なら、銃ならどうだ? 反逆者!」
季苑が余裕を持ちながら、木々を諭した瞬間、声と共に辺りに銃声が響く。
一発や一人ではない。
何十発も何人もの隙間の神が銃を容赦なく、季苑に撃ち込んだ。
一分程銃声が続いた後に、リロードの為か、一先ず銃声が止む。
いくら強い聖痕使いでも、不意打ちであれだけ銃弾をくらえば死ぬだろう。
そう考えた時だった。
「中々素晴らしいな、それは聖痕装置か? いよいよそんな便利で殺傷力の高い物まで開発したのか」
鐘神季苑が余裕を崩さずに言った。
その周囲には無数の銃弾が虚空で停止している。
「なっ…馬鹿な、完全に不意打ちだったはず…」
「不意打ちねえ…ククク、悪いけど、俺様に不意打ちは効かねえんだ」
季苑は隙間の神達にニヤニヤと笑みを向ける。
「別に俺様が未来予知出来るとか、人の気配を読み取れるとか、そう言う訳じゃねえ…俺様の聖痕はなあ、『強力過ぎてオフにすることが出来ねえんだよ』」
季苑はそう言うと右腕の袖を捲った。
そこには右腕の殆どを埋め尽くす巨大な聖痕が刻まれていた。
「俺様の聖痕は完全に消耗して肉体が限界でも迎えない限り、オフになることはない。いやあ、コントロールが難し過ぎて昔は苦労したぜ」
虚空で停止していた銃弾が回り、銃弾を放った本人である隙間の神達に狙いを定める。
「あり得ない…観念動力は動かす物体との間に何らかのパスが必要のはずだ…こんな早さはあり得ない…」
「ククク、特別に教えてやろう。俺様の聖痕は『強制振動』…俺様の観念動力のパスは『音』なんだよ。故に、俺様の強制振動は音速で発動するんだ」
手の届かない位置にある物を動かすのが観念動力。
例えば、江枕衣の場合は紐や縄などの延長した手足を生み出すことで物を動かすことが出来る。
季苑の強制振動はそれを音で行う。
共鳴と呼ばれる現象のように音を大気を伝わせて静止していた物を動かす。
つまり、季苑の攻撃範囲は音や振動の伝わる距離全てであり、季苑の攻撃の速さは音速である。
「疑問は晴れたか?」
季苑が言った瞬間、静止していた銃弾が隙間の神達に襲い掛かる。
季苑のコントロールによりその全ては隙間の神達に致命傷を負わせるようにルートを辿った。
隙間の神達にその銃弾をかわすことなど出来るはずもなく、全てが被弾した。
「…ん?」
痛みに苦しむ呻き声を聞きながら季苑が首を傾げた。
銃弾は全て急所を狙った。
だと言うのに、呻き声が聞こえる…
つまり、狙いがそれたと言うことだ。
「流石に銃弾を吹き飛ばすことは出来なかったけど、致命傷を負うのを避けさせることは出来たみたいね」
「ほう、意外だな。木々、お前は俺様と同じで損得勘定でしか動かないものだと思っていたが…二年の内に変わった?」
「見殺しにする程非情に成りきれないだけよ…そっちは相変わらずね。まるで自分以外全ての人間が踏み台であるかのように『自分』しかない」
「ハッ、人間など皆そんなものだ。誰だって自分の得の為に行動する…人間程信用ならない生き物はこの世にいない」
徹底的な利己主義者。
他人など、どれだけ利用できるか…それしか考えたことがない。
他者を見下して傲っていることもあるが、何より他人と言うものを信じていないのだ。
「あなたがそう言う考えをすることを否定する気はないけど、誰もがあなたの踏み台になるとは思わないことね…」
木々の言葉と共に周囲の風が乱れ始める。
「『下降噴流』だったな? 風を操る程度、俺様に通用しないことがまだ理解できないようだな? 仕方ない、一時はお前を育てた身…教えてやるのも俺様の役目だ」
季苑は余裕の表情のまま、笑みを浮かべた。
「だからさ、オレは迷い込んだだけな訳よ。見逃してくれない?」
白垣散瀬はため息をつきながら言った。
現在散瀬がいる場所は隙間の神と反逆者が戦っている激戦区。
町の東側から反逆者が侵入をしようとしている場所だった。
何の偶然か、平和主義者の散瀬は何故かこの場所に立っていた。
「知るか、隙間の神は皆殺しだ!」
「…やれやれ」
反逆者の一人が大気を固めて作ったような風の剣を出現させて散瀬に迫る。
重さのない大気の軽さと鎌鼬のように斬る殺傷性を伴う聖痕だ。
それに対し、散瀬は更に深いため息をつきながら右腕で風の剣に触れた。
「なっ…ぐっ…」
瞬間、軽い風の剣は重い黄金の剣へと変化した。
反逆者はその重さに耐えきれず、その剣を手放す。
「『黄金』は栄光と破滅を表す。神話に登場する財宝には人を狂わせる物もあるんだよ」
うんざりしたように、あくまで嫌そうに散瀬は自分専用の聖痕装置である黄金の剣を出す。
「さて、黄金の像になりたいのは誰な訳?」
「ちょ、嘘だろ! お前は聖痕が使えないんじゃなかったのかよ! うおっ!」
喚きながら逸谷不戒が槍のような光の筋を避ける。
数本ずつ放たれるそれらは全て江枕色雨の手から生み出されている。
「確かに何の反動も無いと言えば嘘になるけど、日中の今、この程度なら私は戦える」
「はあ? 何だよそれー! くっそ! 遠距離攻撃出来る相手とは相性がワリーんだよ、オレは!」
逸谷は自分の不幸を嘆くように叫んだ。
そもそも逸谷は殺人鬼であって戦士ではない為、あまり戦闘は得意ではない。
だから季苑の命令で隙間の神を一人で敵に回した時も人質を確保していた。
だが、生憎と周りに都合の良い人質はいない。
「ぐあっ!」
色雨の放った光の一つが逸谷の肩を貫いた。
火傷なんて生易しいレベルではなく、その光の槍は逸谷の肩を貫通していた。
「痛てー…だけど、まだ始まったばかりだ。ボスの右腕であるこのオレが最初に脱落する訳にはいかねーんだよ」
「…わからないな。お前は快楽殺人鬼だ。だが何故、他人に従うんだ?」
肩を抑えて膝をつく逸谷に色雨は思わず手を止めて、聞いた。
「ハハハ…『道を示してくれた』…その人に付き従うことにそれ以上の理由がいるか? 人を尊敬する心は常人にだって、狂人にだって存在するんだよ!」
「………」
色雨は逸谷の言葉を聞いて一瞬、自分より前に、この町を守っていた者を思い出した。
既に死んでしまったが、彼女は何を守るのかも分からなかった色雨に道を示してくれた。
同じなのだ。
尊敬して、慕っているその心はどちらも…
「いくぜ、お前の隠し玉の次は、オレの隠し玉を見せてやる」
逸谷が言うと同時に逸谷の身体から黄色いガスのような物が発生した。
「出来るだけ早く死ねよ、共倒れは嫌だからな!」
ガスは一瞬で色雨を包み込んだ。