第五十六話 悪魔の証明
「くそっ、くそっ! あの雑魚共め…」
壁も天井もコンクリートで覆われ、特に私物もない寂しげな一室で王冠を被った青い瞳の女、ルシファーが叫んだ。
苛立ちながらルシファーが地面を踏んだり、壁を蹴ったりする事にルシファーの聖痕が暴発し、小さな爆発が起きる。
「私は…私は傲慢を推奨する悪魔ルシファー。実力は『ワーストシックス』」
再確認するようにルシファーは独り言を言う。
「我々『悪魔の証明』は、嫉妬の空席を除いた傲慢、強欲、憤怒、色欲、怠惰、暴食の現在六人。つまり、私は悪魔の証明、最強の聖痕使いだ!」
確認する度に怒りがぶり返してきたのか、ルシファーは更に激昂する。
「その私が! その私を!あのような!」
「怒りのあまり言葉を発することもままならないの? 少し落ち着きなよ。ルシファー」
怒り狂うルシファーにそう声をかけたのは、黒髪に、ルシファーと同じく青い瞳をしたベルフェゴールであった。
ポンチョのような服は飽きたのか、今は烏の羽根のような物で出来た黒いコートを着ている。
「貴様か…何をしにきた」
「何をしにって…君が暴れてて怖いから落ち着かせてきてって妹達に頼まれちゃってさ」
馬鹿正直に来た理由を告げるベルフェゴール。
「なら逆効果だったな、私は貴様が嫌いだ。貴様が来たことで更に怒りが湧いてきた」
「あ、今のはちょっと傷付いたな。君の瞳が綺麗な青色になってから僕達は家族だって言うのに」
「…傷付いただと? ハッ中々面白い冗談だ」
ルシファーはベルフェゴールを睨み付けると一つだけ人魂を生み出した。
そして、生み出したことを確認すると、無言で右腕を振るう。
「ちょ、ちょっと、ルシファーが反抗期!」
「死ね」
瞬間、爆発がベルフェゴールを包み込む。
煙と肉の焦げた嫌な臭いが辺りに広がるが、ルシファーは眉一つ動かさず、ベルフェゴールがいた位置を見続ける。
「イタタタ…! 痛いよ…なんてことをするんだ」
服に焦げ目すらついていないベルフェゴールがそこに立っていた。
「…貴様が傷付くものか。この私がこれほどやっても傷一つ負わない貴様が」
「いや、あのねぇ、僕の力は癒しであって、バリアーとか、無効化とかじゃないんだからね? 痛い思いした上で治しているだけなんだからね? そこんとこちゃんと理解してる?」
ベルフェゴールが涙目でルシファーに訴える。
いかに凄かろうとベルフェゴールの力は癒しなのだ。
どんなに早く完治するとしても、
どんなに深い傷でも癒せるとしても、
痛いものは痛いし、傷付くのは気分の良いものではないのだ。
「どうせ、すぐに治るのだからよいだろう。ケチケチするな、私にストレス発散させろ」
「え、ちょ、何その理屈。ちょっとやめて、生存率はともかく、戦闘力や破壊力については僕、ワーストツーなんだからさー!」
「ハハハ、踊れ」
「…どうやら、兄貴は犠牲になったらしいな」
露出度の高いが、色気はない格好をした少女、サタンはルシファーの部屋から聞こえる破壊音を聞きながら言った。
「心配してるのかな? 心配性で家族思いなサタンちゃんは」
サタンにそう聞いたのは、飴の包み紙のような可愛いリボンをつけた女、アスモデウス。
「いや、ルシファーなんかに兄貴が殺されることはないだろう。あの兄貴『生存率だけは』ゴキブリ並だからな。そう言うそっちはどうなんだ、ブラコン」
「やーね。私はお兄様を愛しているわ。愛するって言うのは、その人の全てを肯定するってこと。愛は地球より重いのよ」
「と言うと?」
アスモデウス独自の恋愛観に少し感心しながらサタンは続きを促した。
「つまり、逃げ惑うお兄様の姿が可愛い過ぎて助けられないのよ」
「…何だ、変態かよ」
感心して損した…とため息混じりにサタンは呟いた。
二人がそう廊下で会話をしていると、別の方から一人の男が歩いてきた。
くたびれた白衣を着た科学者風の男で、その自然な金髪は日本人ではないように見えた。
「サタン、アスモデウス…検査の時間だぞ」
金髪の男は感情を込めずに告げた。
「『ソロモン』かよ。研究所の最高責任者がこんな『実験材料』をわざわざ呼びに来てれるなんてな?」
「自分を過小評価するな、悪魔のコードネームを持つ者達は全て私の手掛けた作品だ…まあ、尤もお前達六人は『失敗作』だがな」
慰める訳でもなく、貶す訳でもなく、ただ自分の作品の『評価』の間違いを正すようにソロモンは言った。
高かろうが、低かろうが、作品に正当な評価さえ与えられればよいのだ。
「…相変わらず、機械みたいな奴だぜ。お前の方が悪魔らしいよ」
「いや、私に悪魔など過大評価だよ。私にとっての悪魔の定義とは『致死性』ただ一つだけなのだから」
サタンの皮肉にそう答えると検査の場所だけを告げ、ソロモンはその場を去って行った。
「…失敗作? それってどういう意味なの?」
状況が飲み込めていないアスモデウスが聞いた。
それに対し、そう言えば、お前は新入りだったな…と言ってからサタンは説明を始めた。
「この研究所には私達以外にも悪魔の名前を持つ聖痕使い達がいる。聖痕を強化する為に施した実験の影響で瞳が青くなっているのが特徴だな」
自分の瞳を指差しながらサタンが言う。
「その中から生まれた七人の失敗作が集まり、悪魔の証明は結成された。まあ、その初期のメンバーは兄貴だけでそれ以外は死んじまったり、それを兄貴が補充したりして、完全に入れ替わったがな…嫉妬の空席が出ているせいで六人だし」
「…なるほど…上からじゃなくて下から強さを数えるのもその名残って訳ね……でも、それなら何故私は勧誘されたの? 私は元々研究所の人間じゃないし、確かルシファーも元は一匹狼の違法聖痕使いだったらしいし」
「悪魔の証明を結成したのは兄貴だ。兄貴曰く、当時残酷に扱われる失敗作を救う為に結成したらしい……兄貴は人が死ぬのが何より嫌いだからな」
「………」
「脆くて、今にも死にそうな程に弱々しいと言う点では失敗作もお前達も違いはなかったんじゃないか?」
アスモデウスは不治の病にかかり、ベッドから起き上がることも出来ずに絶望していた。
恐らく、あのままであったなら、いずれ病で死ぬか、それよりも早く自殺していただろう。
ルシファーは一匹狼の違法聖痕使いをしていた。
自分の強さを証明する為だけに無意味に戦い続けて、疲弊していた。
ベルフェゴールと出会い、戦い、決着を曖昧にされ、執着した結果、悪魔の証明に入ったが、そうしなければその内誰かに負けて殺されていただろう。
是か非かは一人一人分かれているが、悪魔の証明のメンバーはベルフェゴールに救われているのだ。
「ふふ…お兄様に聞きたいことが出来ちゃった」
サタンの言葉を聞いたアスモデウスは笑った。
「何をだ」
何を言うかは予想がつくのかサタンの言葉は疑問系ではなかった。
「お兄様に…年齢を聞かないと!」
「………は?」
だが、アスモデウスの言葉はサタンの予想外の言葉だった。
「だってお兄様、悪魔の証明の結成者だなんて、実はもうおじさまな年齢だったらどうしましょう…」
「…アスモデウス、お前まさかそこしか聞いてなかったんじゃないだろうな」
サタンがひきつった顔でアスモデウスに聞く。
「え? それ以外に何かあったかしら?」
「…殺す! 私はサタン、憤怒を推奨する悪魔だあああああー!」