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スティグマ  作者: 髪槍夜昼
四章、聖遺物
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第五十四話 回想が終わり…


「以上が五年前の事件の内容です。遊悪と名乗っていた男に私達は大切な家族を奪われました」


「………」


「あの事件の後、兄さんは戦闘部隊に入るのを拒み、権天使アルヒャイとなってこの町に残り、炬深さんは隙間の神に入って本部へ配属になりました。私は兄さんに引き取られ、江枕衣となりました」


衣の言葉に棺は黙り込む。


色雨は隙間の神として戦うことを夢見ていた。


だが、現在ではその夢を捨てて支部で過ごしている。


その理由は恐らく、五年前の事件で最愛の人を失ったからだろう。


これ以上、家族を失いたくなかったのだ。


だから、柔木理念の遺した衣を引き取り、ずっと傍にいて守ることを決めたのだろう。


「…こんな話をしたところで同情を誘っているようにしか思えませんよね?」


痛々しい笑みを浮かべて衣は言った。


「…は、同情なんてする訳ないだろ? オレはそんな経験したことないんだ、同情できる訳がない」


「………」


「ただ、まあ、何だ。オレは死なねえよ。それだけは約束できる」


いつもの元気のない衣の頭に手をおきながら棺は出来るだけ明るく言った。


「…棺。ありがとうございます」








「祭月君、それは…本当のことなのかい」


驚愕と僅かな憎悪を滲ませた表情で色雨は言った。


「ええ。まさか、江枕氏達が五年前の事件の当事者達だったとは…」


向かい合って話しているのは祭月だ。


「あの赤い聖痕使いの男は本当に…」


「はい。奴はただの無差別殺人鬼ではありません。五年以上前に本部から聖遺物を盗み出し、本部からマークされ続けている要注意人物です」


「どうしてだ。私は五年前から奴のことをずっと調べていた! だが、隙間の神は何一つ、教えてくれなかった!」


「それは…本部には本部の事情と言うものがあるのですよ。隙間の神の本質は、秘匿。同じ隙間の神にも秘匿しなければならない事柄もある」


苦い顔をして祭月は色雨に言った。


「奴の盗み出した聖遺物は通常の聖遺物よりも理解し易く『実用化を考えていた唯一のサンプル』だったのですよ」


「実用化…?」


「つまり、人類の歴史上、『新たな兵器』になり得たかもしれない…と言うことです」


「!」


「作られる理由は様々でしょうが、兵器と言うのは、生み出した時点で『害』なのですよ」


悪ではなく、害。


新たな兵器と言うものはそれだけで人類を、地球を、害する。


「万が一発覚したら大変なことになります。隙間の神と世界の戦争。隙間の神は目的を見失い、戦力を作るだけの組織になります」


本当は聖痕装置を開発し始めた時点で少し危うくなっていたのだ。


目的を見失った隙間の神に残るのは武装だけだ。


「なるほど、納得はできないが理解はした。その機密を盗み出した為に、奴の存在自体が隙間の神に秘匿されていた訳か」


「ええ。理解していただけて良かったです」


祭月は安心したように深く頷いた。


「だけど、ならどうして今になって君は教えてくれたんだい?」


「奴はただの無差別殺人鬼ではない。ならば、五年前のあの事件には何らかの意図があったはず。そして、その当事者はこの町に揃っている」


色雨を指差しながら祭月は言った。


「…この町に再び現れるかもしれないと?」


「そこまでは分かりません…ですが、近々この町には反逆者達が攻めてくる可能性もある」


「それに便乗してやってくるか…いや、もしかしたら反逆者達の中に奴が交ざっている可能性もある」


「何にせよ、用心に越したことはないです。江枕氏、妹さんもですけど、男なら年下の女の子は守らないといけませんよ」


祭月はそう言って笑う。


「君はもう少しドライな性格なのだと思っていたんだけど、どうやら誤解だったようだね」


「いや、その考えであっていますよ。本来なら私は頼まれない限りこんな面倒臭いことしません…」


祭月は手をブンブンと振って否定する。


「…ただ、大切な人を失うのは、やっぱり悲しいことだなって思いまして」


悲しげな顔で祭月は独り言のように言った。








「ボスー、次はどこを攻めますかー? もう敵本陣を攻めちゃいます?」


「いや、今まで通り支部を地道に潰す方がいいと思いマスよ。逸谷さん」


あるホテルの最上階の一室で日本地図を見ながら反逆者の一員、逸谷とオーミーが騒いでいる。


中央のソファーには金髪、くわえた電子タバコが特徴の男、鐘神季苑カネガミ キエンが座ってその様子を眺めていた。


少し離れた場所では青髪と銀色の目が特徴の中学生くらいの少年『ヘーレム』が座って本を読んでいる。


「一々お前達は意見を出す必要はねえんだよ。作戦や計画は全てヘーレムに任せてある。テメエらは酒でも飲んで黙って寛いでおけ」


季苑は二人に言うと、指を鳴らした。


すると、それに合わせるようにホテルの備え付けの冷蔵庫が開き、ワインのビンが浮かび上がる。


「おー! ボス格好いい」


「渋いデス、流石デス!」


季苑に心酔を通り越して、依存している二人はそれに目を輝かせる。


ヘーレムは本から目を離さなかったが…


「それにしても、このワインもですけど、このホテルって結構高級ですよねー。ボス」


「確かに。四人でもまだまだ広いし、景色もいいデスよね」


「は。無駄なことを気にする奴らだな。俺様はそれなりに金は持っている。言っておくが汚ねえ金じゃねえからな」


ワインを飲みながら少し機嫌よく季苑が言う。


「はー、そっかー、お金持ちなんデスね…この前のアジトも高い山だったし、お金持ちって高い所が好きなんデスか?」


「知らん。俺様は人を見下ろせる高い所は嫌いじゃないがな」


「ボスって、もしかして元々お坊っちゃんだったりします?」


オーミーに便乗して季苑に気になったことを逸谷も尋ねた。


「お前達は財界には詳しくないのか? 『鐘神』と言えばその筋ではそれなりに有名な大富豪の一族だぞ」


酔いが回ってきたのかいつもより饒舌になり、普段はあまり話さない自分のことを季苑は語る。


「そうだったんですか?」


「ああ…まあ、俺様が両親が死んだ後に財産を全て持ち逃げしたから、親戚連中が無事がどうかは分からないがな…ククク」


季苑はそう言うと悪い笑みを浮かべた。


「いつの頃の話デスか?」


「ふむ…十五歳、いや、十四の時だったか?」


「アクティブな青春時代を送っていますね…」


自分も人のことを言える程に真っ当な人生は送っていなかったが、逸谷は呆れたように言った。


「………おい、主」


その時、今まで本を読んでいたヘーレムが季苑に声をかけた。


「何だ? ヘーレム」


ヘーレムの不遜な物言いは気にせず、季苑は言う。


「レイヴ・ロウンワードのいた町を攻めろ。全ての人間を率いてだ」


「ふむ…それは別に構わないが、理由は何だ? 俺様の頭脳よ」


「私が手に入れた情報によると今、あの町には隙間の神のトップがいる。これはチャンスだと思わんか?」


ニヤリと嫌な笑みをヘーレムが浮かべながら言うと、季苑も同じような笑みを浮かべた。


「ククク…そうか。あの町に奴が…よくやった流石は俺様の頭脳だ。何か欲しい物はあるか?」


「形ある財に価値はない。私の目的はお前が町を攻めることで果たされるので、物は要らんよ」


「そうか…相変わらず物欲のない奴だな」


季苑がそう声をかけたが、それを無視し、ヘーレムは部屋から出ていった。


「ボスはあいつを随分信頼しているようですが、あいつは何者なんですか? ボスにまであんな不遜な態度を取る奴は珍しい」


「ククク…信頼などはしていない。奴の有能さを信用はしているがな」


機嫌よくワインの入ったグラスを回しながら季苑は逸谷に言った。


「不遜でも構わない。礼儀も忠誠も信頼も信用も要らない。我々の関係は利害の一致こそが望ましい。俺様にとって、他人とは、使えるか、使えないか…だ」


季苑は笑ってワインを飲み干した。

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