第五十話 黄金
「お前、今度は何をしに来たんだ!」
間人はルシファーに向かって叫んだ。
以前音実の命を狙い、間人を打ちのめした張本人だ。
間人はいつでも聖痕が使えるように警戒している。
逆にルシファーの方はその言葉を聞いてようやく間人の存在に気付いたかのように間人を見た。
「お前は…誰だ? 以前どこかで潰した奴か? 悪いが潰した雑魚を一々覚えていないんだ。私は」
道に落ちた石ころを見下ろすような、無関心な目で間人を見るルシファー。
「何だと…」
「私はそこの男を消すか、もしくは連れ帰る為にここへ来た。自惚れるな、貴様に興味などない。今すぐ私の視界から消えるのなら見逃してやってもいいぞ」
自分以外の全てを見下したような目で間人を見ながらルシファーが言う。
「…馬鹿言うなよ。仮にこの巡り合わせが偶然だったとしても、オレは二度とお前には負けない。オレが正しくある為には、オレが正しくないと思ったことから逃げ出してはならない」
迷いのない目でルシファーを見ながら間人は聖痕を発動させる。
それによって金属が浮かび上がる。
準備する時間がなかったのでごみ箱などの周囲の金属を集めただけだが、それなりには武器として使えるはずだ。
「…なるほど。貴様のことは何一つ覚えていないが、貴様を何故、私が潰したかは理解した。貴様は私が最も嫌いなタイプの人間だ」
無関心な目をやめて、今度は憎しみすら込もっていそうな程の敵意の目でルシファーは睨んだ。
「『力』の使い方を正しいだの、正しくないだのと言うタイプだ。下らないな、正と不正を定めたとして、それを誰が認める? 誰も認めないし、正義なんてものはどこにもない。善悪に拘ることは全て無駄だ」
「………」
「所詮、最初から食い違う価値観なんだ。分かり合うことなど出来はしない……ならば、相手に自分の価値観を押し付けるしかないだろう。力とはその為だけにある手段だ!」
それがルシファーの考え。
他人の為だけに力を使おうとする間人とは真逆。
他人を認めず、自分を認めさせる為だけに力を使おうとする。
「『力』を得ているにも関わらず、そんなことも分からないなら…ここで死ね」
ルシファーは殺意を込めてそう言うと、ルシファーの周囲に人魂が出現した。
「!」
(アレは…!)
それに気付いた間人は、慌てて金属を放つ。
間人に向かって動き出した人魂と間人の放った金属は虚空で衝突した。
カッ…と人魂が強く光った瞬間、凄まじい衝撃と轟音が響いた。
「な…何が…」
白垣散瀬が耳を押さえながら間人に言った。
「オレも詳しくは分からないが、あいつの聖痕は人魂を爆発させることだ。単純だが、その威力がとんでもないことは身を持って知っている」
そういいながら、間人はルシファーが現れてからずっと無言で震えていた音実を散瀬に押し付ける。
「お前は音実を連れて逃げとけ。あいつはお前を狙っているようだし、オレの因縁に音実を巻き込むにはいかない」
「…格好いい! リアルでそんなことを言える人間なんて中々いない訳よ!」
ふざけた調子で散瀬は笑いながら言う。
「あのな、オレはお前達を巻き込まないように…」
「一人で死んで、それがこの子の為になると? 本当に大切な人を悲しませたくないのなら、格好つけずに逃げることも必要だよ」
少し苛立ちながら注意しようとした間人の言葉を遮って今度は真面目な顔で散瀬が言う。
「オレが死ぬかよ。これでも自称正義の味方だぞ?」
「磁力を操るようだけど、肝心の金属(武器)がもう無いんじゃないか?」
「………」
図星な為に間人は思わず黙り込む。
そうなのだ、間人の聖痕は『磁力』
だが、周囲に金属はない。
しかも、細かい操作の出来ない間人は金属を浮かばせて敵にぶつける程度しか出来ない。
必死にかき集めた武器も先程の爆発で吹き飛んだ。
手詰まりだった。
「話は終わったか? 悪いがそこの男は逃がす訳にはいかない」
ルシファーが散瀬を指差して言う。
「私の聖痕は『爆発限界』。爆発を起こすのではなく、爆発が起きてもおかしくない状況を作り出す聖痕だ」
再びルシファーの周囲に人魂が出現した。
「…状況を作り出す?」
「例えば、空中に一定以上の可燃性の粉塵が存在するなど、その『状況自体が起爆剤となりうる状況』を強制的に作り出す」
火薬やガソリンを用意する必要はない。
その状況自体が導火線で、起爆剤なのだから。
「貴様自身が起爆しろ、雑魚が」
ルシファーの言葉と共に人魂が動き出す。
既に爆発限界によって間人の周囲は人魂が触れるだけで起爆する、起爆剤となっている。
かわすことは出来ない。
防ぐことも出来ない。
助かる為の手段は『状況を変える』ことだけ。
最初に金属を障害としてぶつけたように。
だが、その方法は間人には使えない。
「…助かりたい?」
そんな間人に能天気な声がかけられた。
「助かるなら助かりたい…あいつを倒して音実を助けたい」
それに間人は間髪入れずに答えた。
「………それは贅沢ってものな訳よ」
困ったように散瀬は間人に言った。
その瞬間、
カッ…と再び人魂が強く光った。
だが、
「何…?」
何故か衝撃と轟音は響かなかった。
ルシファーの視界に入ったのは、焦げた地面でも、惨めな死体でもなく、
黄金に輝く壁だった。
それはシュール過ぎる光景だった。
明らかな異物なのに、空間に直接金メッキで塗装したかのように奇妙な一体感がある。
その黄金の壁は散瀬と間人の前に出現していた。
「何だ…何だ、何だ、これは一体何だ!」
「ヒステリックなのはよくないよ。女性は余裕を持っておしとやかな方が綺麗な訳よ」
黄金の壁が溶けて消えると散瀬がふざけた調子でルシファーに言った。
「オレの聖痕は君の力ように理由や過程なんてものはないんだ。オレの聖痕は『黄金掌握』…ただ、オレの手に触れたモノを問答無用で黄金に変えるだけの力さ」
「まさか、地面を黄金の壁に変えて爆発を防いだと言うのか?」
「違う。爆発の衝撃も轟音も爆風も熱も全て触れて黄金に変えた訳よ」
「なっ…」
ルシファーは絶句した。
爆発を黄金の壁で防いだのではなく、爆発自体を黄金に変えた。
あり得ない。
あまりにも不自然。
あまりにも不可解。
あまりにも非現実過ぎる。
「とあるミダースと言う王様には触れたモノを黄金に変える力が宿っていたと言われる。ミダースが触れたモノは石だろうが、枝だろうが、食事だろうが、自分の娘だろうが、黄金に変わった。そこに一つの例外もない」
「くっ…」
「オレの力の本質は『意識して触れずとも黄金に変えること』だ」
例え、握ることが出来ない煙でも、
例え、触れても気づかない音でも、
触れた瞬間に無意識に黄金に変わってしまう。
流石に周囲の大気や塵を全て黄金に変えてしまうと歩くことが出来ない為に多少の融通は聞くのだろうが、
反応仕切れない爆発の衝撃を無意識に黄金に変えてしまうことが出来る。
「もう爆発はオレには効かない」
「…凄い…意外とやるな、お前! これで助かる。勝てるぞ!」
「…何を言っているんだ。逃げるんだよ。助かる為にオレは聖痕を使ったんだ。さっさと逃げるよ。言っとくがオレは臆病者だぞ」
間人の言葉にテンション低めに散瀬が言った。