第四十九話 サンタ
「それで、お前はただのナンパだと?」
「その通り。この愉快で素敵な散瀬さんは、断じて怪しい者ではない訳よ」
両手を上げて無抵抗のポーズを取りながら、サンタクロースのような変人、白垣散瀬が言った。
「変な人だけど、悪い人には見えないよ」
「…音実がそう言うのなら信じようか」
音実の言葉に頷きながら、間人が言う。
「どうもありがとう。軟派な性格な自覚はあるけど、流石に彼氏持ちに手を出す程に飢えてはいない訳よ。心が裕福なので」
二人を指差しながら散瀬は言った。
「…それはそれとして、お前は聖痕使いなのか?」
「いかにも…な訳。奇跡と言うより手品に近い陳腐な聖痕だけどね」
「隙間の神か? それともそれに追われる違法聖痕使いか?」
目付きを鋭くしながら間人は散瀬に尋ねた。
惚けた風だが、油断は出来ない。
偽りは見逃さない…と心に決めた間人に睨まれた散瀬は少しだけ考えた後に…
「…どちらとも言えるな。オレは隙間の神でもあり、隙間の神に追われる立場でもある訳よ」
「…反逆者か?」
「それとも違う。説明すると長い。しかし、長く説明する時間はない。オレは常に追われる立場。追跡者は山ほどいる訳よ」
「?」
要領を得ない会話に間人は首を傾げた。
「江枕氏は散歩、軽根氏はデート…でしたか。羨ましいですね」
支部に一人残った祭月が独り言を言う。
「でも、二十歳過ぎて中学生の恋人はちょっと犯罪の臭いがしますね。ロリコンはいけませんよ」
誰も聞いていないのに一人で祭月は頷く。
「子供と言えば、江枕氏の妹さん…どこかで見たことあるんですよね…どこだったかな?」
喉に刺さった小骨が取れないような、歯痒さを祭月は感じた。
あの時は勘違いと思ったがどうにも見覚えがある。
だが、思い出せない。
祭月はこれでも記憶力はよい方で天才と呼ばれることもある男だ。
それ故にそれが無性に気になった。
「うーん………………あ。もしかして…」
頭を抱えて記憶を辿っていた祭月がふと顔をあげた。
その時、
支部に設置された探知機が鳴り出した。
「…は? 違法聖痕使い? このタイミングで!」
一瞬、固まった後に祭月は慌てて色雨に連絡した。
「痛え…痛えよ…」
「…今…何が…」
顔や腕に火傷を負った不良達が道に倒れていた。
不良達だけではなく、あちこちの地面も焦げており、この場で何があったのかを物語っている。
そんな不良達を見下ろす、一人の女がいた。
高級感溢れる服装をして、頭には立派な王冠を被っている『青い瞳』の女。
現実味のない格好をしているが、歴史に語られるどこかの女王がそのままここに現れたかのような、王者の気風を持つ女だ。
「鬱陶しいな。力を持たない出来損ないのくせに目障りだぞ」
ギロっと鷹のように鋭い目で王冠を被った女は不良達を睨んだ。
不良達はそれに怯えたが、身動きする気力はもう残っていなかった。
「なんぱ? だったか……相手を選んでするべきだったな。不愉快極まりない貴様らをこのまま消すのは簡単だが、あまりモタモタしていると隙間の神に邪魔に入られるな…」
そう言うと、王冠を被った女は懐から一枚の写真を取り出した。
「消すのは一人だ。私は無駄に時間を過ごすのが嫌いでな。綺麗に消して仕事を終わらせるとしよう」
王冠を被った女はその写真を握り潰した。
写真には白垣散瀬が写っていた。
「だから、何でついて来る訳よ!」
「何でついて行くんだ? 音実?」
「面白そうだから!」
道を歩く散瀬…の後ろの道を歩く音実…の後ろの道を歩く間人。
いつのまにか三人は電車のようになっていた。
「だーかーらー、オレは悪い奴らに追われてるの! 悪の秘密組織に狙われてる訳よ! お嬢さん、オレに触れたら火傷するぜ…」
散瀬が言い終わると同時に音実が恐る恐る散瀬の腕に触れた。
「火傷しないよ?」
「オーマイガッ! 何てこったい、何て純粋なお嬢さんなんだ。ヘイ、マイク。一体どんな育て方したらこうなるんだい?」
「誰がマイクだ」
テンション高めな散瀬に普段はどちらかと言えばボケ役の間人がつっこむ。
「やれやれ、音実も変なのに興味を持ちやがって…」
思わずため息をつく間人。
音実は正義の味方だった頃に間人が最後に救った一般人の少女だ。
偶然、違法聖痕使いが聖痕を使っていた光景を目撃した当時、ただの一般人だった音実は、違法聖痕使いに殺されかける。
そこへ、正義の味方を目指していた隙間の神の協力者である間人が駆け付けた。
隙間の神の協力者をしていたが、間人は協力よりも、人を早く救うことを選んでいた為に駆け付けた時には一人だった。
そして、正義の味方としての力を過信した、または敵を侮った…
もしくは、そもそも純粋に格が違い過ぎた。
理由は色々あるが、結果的に間人は悪に敗北した。
音実を救うことと引き換えに車椅子生活を送ることとなった。
「間人?」
だが、逆に言えば間人が車椅子生活を送る程度で音実の命が救えたと言うこと。
つまり、間人は少しもその時の選択を後悔していなかったと言うことだ。
「さて、音実。いい加減、二人でどこかへ…」
行こうか…と続けようとして間人は言葉を止めた。
「…ようやく見つけたぞ。私にこれだけ気にかけてもらえるなど、貴様は幸せ者だな」
王冠を被った威圧的な女が間人の隣にいる散瀬を睨み付けていた。
王冠を被った女が睨み付けていたのも、言葉をかけていたのも、散瀬の方だったが間人は思わず、その女を凝視してしまった。
「お前、まさか、あの時にオレを…」
名前は何だったか。
確か、あの時にも聞いたはずだ。
正義の味方であったあの時に聞いた敵の名前。
正義の味方としてのオレを殺した敵の名前は…
「私はルシファー。傲慢を推奨する悪魔だ」
王冠を被った女『ルシファー』は言った。